第11話

───“ボッチ”。

それは世の中の学生が最も恐れる単語であり、友達はおろか話す人間すらいないひとりぼっちの人物のことを指す。


え、俺が何を言いたいかって?そんなの簡単だ。


「へぇー、貴方って剣が得意なの!?凄いじゃない!」

「私は遠距離武器ばっかり使ってるんだけど、胸が大きいと邪魔になるんだよね〜」

「サラカちゃんかっこよ過ぎて惚れそう」

「この後一緒にスイーツ食べに行かない?」


「・・・ふぅ」


俺が B O T T I だからである。

もうね、周りは女子ばっかりだから居心地が悪くて仕方ないんですよ。話しかけようにも俺以外の男子達は一人しかいないのに、その一人は休みと来た。まぁ、ゲロ天賦のせいで話しかけれるかどうかは別だが。


兎も角として俺は、絶賛ボッチを満喫中なのだ。


話したいなら女子達に混ざれ?ぶっ〇すぞ(殺意マシマシ)

あんなに楽しそうに話してる女子達に俺みたいな雑草が話し掛けたら、除草剤撒かれて枯れてしまう。百合に挟まる男は死罪、基本です。


「あの男子、なんか怖くない?」

「わかる。顔はカッコイイのにずっと無言だし・・・」

「笑うくらいしてくれないと話し掛けにくいよね」

「でもサラカさんが目を付けてる子ってあの子なんでしょ?」


「・・・すぅ」


聞こえてます、はっきり聞こえてますよぉ〜?必死に聞こえてないですアピールするのも限界なんだが。


話しかけれない、笑顔も出来ない、その上俺が男であるという負の三拍子。前にバベルでゲロ天賦の成功確率を試したら、なんと脅威の九割だった。つまりサラカやアキネさんレベルの強者、もしくはたまたま失敗した相手じゃないと話しかけることすら出来ないのである。


友達?無理ですね、対戦ありがとうございました。


半ば友達作りを諦めながら、女子たちのキャッキャウフフを間近で見てニヤニヤ(脳内)していた俺の肩を、誰かが後ろからポンポンと優しく叩いたきた。


振り返ると、いやらしい笑みを浮かべたサラカが耳元で囁いてくる。


「ふふ、なぁに辛気臭い顔してるのさトオル君?」

「っ、誰のせいかなぁ?」

「お?僕の胸を揉んだ奴が何か言ってるなぁ〜」

「誠に申し訳ありませんでしたァ!!」


サラカにギリギリ聞こえる程度の声色で謝罪した。流石にこの勝負は分が悪すぎる。でも胸は揉んでないです!!たまたま当たっただけなんですぅ!


「よろしい、まぁ君になら特に揉まれても気にしないよ」

「そうしてください、犬・・・いや、蚊に血を吸われたくらいの認識でお願いします」

「・・・あれ?おかしいな、結構ドキッとするセリフ言った気がするんだけど、僕がおかしかったりする?」


何故か頬を染めたサラカに危機感恋愛フラグを幻視した俺は、それをへし折るべく大袈裟に振る舞う。


「自分がおかしいって気付いてなかったのか!?」

「ふんっ!!」

「ヴッ!?」


凄まじいべキッという音ともに、目論見通りへし折れる音がした。恋愛フラグじゃなくて俺の骨から。

ちなみに呻き声にもゲロ天賦の判定があるため、限りなく最小限の動きと声で痛がるという高度すぎる対策をしている。


その筈なのに、何故か周りの女性陣の興奮度が上がった。


「ねぇ見てあれ、やっぱりサラカ様と親しいんだわ!」

「きゃあ!!男子と女子の禁断の愛よぉ!!」

「美男美女カップルか・・・」


やめなさい?否定したいのに声出せないから本当にフラグが立ちかねないんだから。しかも殴られただけで黄色い声出されてるって何だよ。殴り合いが愛情表現に入るのかよこの世界は、こえぇーよ。


「ちょっと、そこの男!いい加減にサラカから離れて!」

「・・・?」

「あれ、エルちゃんじゃん。でもどうしてここに?」

「べ、別に貴女が居ないから寂しくて来た訳じゃないわ!変な男に絡まれてるのが見えたから助けようと思っただけよ!」


サラカの攻撃をいなしながら授業の始まりを待っていると、金髪ツインテールの如何にもといった外見の美少女が話しかけて来た。

アニメの記憶が正しいのなら、彼女の名前はエル───“天霧=Rルヴァン・エルビアーナ”とかいうクソ長ネームだったはずだ。


そして彼女も、『靂楼ノ天凜ヴォルフガング』所属の祓魔師ヴォイドである。主人公の幼なじみで、金髪ツインテールのツンデレとかいう属性てんこ盛りなのが彼女だ。

『とある世界』の筋書きシナリオが『靂楼ノ天凜ヴォルフガング』からの任務でオキザリスに潜入するストーリーなのだが、エルはこの物語におけるキーパーソンに近い。


「・・・ッ!」

「へぇ?入学式の時も見たけど、やっぱり貴方無視するのね?最底辺ドベの癖に、サラカを無視するなんていい度胸じゃない」

「あ、あの、エルちゃん?トオル君には話せない事情があって・・・」

「いいのよサラカ、心配しないで。ここは全て私に任せなさい!」


おうふ、これ我詰みでは?ここで喋れば九割の確率で吐かれるし、喋らなければ無視する最低野郎になる。詰みな上に罪を重ねる所業だ(激寒ギャグ)


一体どうすればこの状況を打破出来るか悩んでいると、天霧=Rルヴァン・エルビアーナ───長いからエルと呼ぶ───が太腿に取り付けられたガンホルダーから銃を取り出して、俺に突きつけた。


「決闘よっ!!貴方、サラカを掛けて私と戦いなさい!」


「・・・え?」


ギリギリまで抑えた声は誰にも響くことはなく、「僕のために争わないでー」なんて棒読みで叫ぶサラカと共に訓練所に連れ去られた。


☆★☆★☆★


この世は全て不条理に満ちている。

才能がある者とない者、顔の良い者とそうでない者。十人十色とはよく言ったものだが、その十人の中でも一番上と一番下のものが存在しているのだから。


平等?公平?ちゃんちゃらおかしい。この世で平等なのは死ぬことだけ。公平なのは生まれることだけだ。

幼い頃から虐待され、犯罪組織に売り飛ばされた私からすれば、世の中の格差というモノをハッキリと可視化できる。


気に食わないと思わないか?自分が苦しんでいる横で、のうのうと生を謳歌する愚か者達が。

煩わしいと思わないか?自分が悲しんでいる横で、楽しそうに笑顔を浮かべる愚鈍共が。


だから私は組織に所属した。気に食わないやつを殺し、幸せそうな表情を浮かべている脳足りん共に地獄を見せるため、殺しの技術を磨いて来た。

そして今日、ようやくその“技”を生かせるときがやってきた。


「ふふ、ふはは、ふはははは!遂にやってきたぞオキザリス学園ンン!!」


うむ、なかなか気分がいい。何のコネも要さずに自力で入学出来たのだから、私は中々に強くなったと我ながら思う。


「さて、この学園の低脳共の面でも拝んでやるとするか」


制服をしっかりと着こなして歩く私は優等生にしか見えんだろう。今回の任務では、我が組織の宿敵である『靂楼ノ天凜ヴォルフガング』の観察だ。

対象は、齢十五にして『靂楼ノ天凜ヴォルフガング』のルーキーと謳われる祇園 沙羅華。そしてその相棒である天霧=ルヴァン・・・なんちゃら?の監視を主とする。そのため出来るだけ目立たずに優等生を演じるのが好ましい。疑われないためにな。


だがまぁ、私はエリートだからなぁ?こういった潜入捜査はお手の物だ。例えばそう、誰かが金で私のことを吊ろうとしても、鋼の意思で跳ね返すと誓おうではないか。


ふっ、金に釣られるような安い女に見えたら大間違いだ。


「あ、百円玉───ッ!?」


床に落ちていた百円玉を拾おうとしてしゃがんだところで、私の頭上スレスレを何かが通過した。今頭皮が軽く抉れたぞ!?


飛んできた方角は一時の方向、速度は音速と並ぶレベルだ。私は飛んで来たものの正体を確かめるべく、ゆっくりと飛んで来た場所まで歩みを進めた。

ちなみに百円玉はしっかりと回収している。お陰で今日はもやし料理から一旦離れられそうだ。流石は名門校、金が実っているなぁ!


「むっ、あれは・・・我らが宿敵、祇園 沙羅華ではないか!?ってぇ、なんであの男はまともに打ちあえているんだ!化け物か!?」


茂みに隠れながら見えた景色は、あまりの強さから『バケモノ』と呼称されている祇園 沙羅華相手に、真正面からビームサーベルを鍔迫り合う男の姿だった。

男と言えば脆弱でひ弱、しかも【天啓】も持たないクソザコナメクジなのに・・・その常識が目の前で、ガラリと崩れていくのを感じた。


勿論、完全に互角という訳では無い。祇園 沙羅華は涼しい表情をキープしたままなのに対し、男は苦しい表情を浮かべている。だが問おう、組織から出回ってくる情報では、『絶対切断《In this world, there is only something that I can cut》』とかいう意味の分からん【天啓】を持っている沙羅華相手に───何故打ち合える?


まさかコイツも【天啓】持ちか?

いや、ありえない。男は【天啓】を“持てない”のだから。


ということはコイツ、何の小細工もなしで素で沙羅華と戦ってるのか?

さては頭おかしいに違いない、なぜなら私の周りも似たような奴ばっかりだからだ。


「間違いなく組織に告げるべきだな。監視対象の二人程ではないにしろ、それに食い下がれる程度の強さを持つ男・・・信じて貰えるだろうか?」


報告するべきだ。今後我らの敵になりうる存在は警戒しておいて損は無いからな。ただ、男がそこまでの強さを持つこと自体、信じられることでは無い。


距離が遠いせいで何を話しているか聞こえないが、骨格から見ても間違いなく男だ。男装している女という可能性は低い。

或いは“特殊建造物ダンジョン”由来の特殊なアイテムで性転換している可能性もあるが、態々そこまでするだろうか?


「ますます分からない。男の方はまだ発展途上ではあるが、動体視力や判断力においてはエリートである私と引けを取らないレベルだぞ。何故あんな猛者が今になって・・・」


謎の男についての考察を重ねるうちに、二人の戦いは佳境に入ろうとしていた。その間で毅然と立っている黒服の女からも果てしないオーラを感じたが、それよりも今は二人の剣戟に夢中になっていた。


早く重い斬撃に対して、柔らかく受け流す斬撃。フェイントを交えた斬撃に対して、逆にノーフェイントで返す実直な剣技。

以前として涼しい顔の沙羅華に対して、我武者羅に見えるほど剣を振るう男の顔は───笑っていた。


それを知覚した瞬間、私の背中を薄ら寒いものが襲う。


恐怖?動揺?はたまた畏怖?なんなんだこれは。わからない、全く分からない。まさか本当に恐怖だとでも言うのか?否、エリートのこの私が恐怖なんて抱いていいはずがない。なら、この込み上げてくるものはなんだ?


「ッ!?ぐ、かはッ・・・はぁ、はぁ」


身体が強ばり、胃から強烈にせり上がってくる異物に、思わず吐いてしまった。ありえない、なんだこれは。あの男の攻撃か何かだろうか?

いや、それなら対峙している沙羅華が吐いていないのはおかしい。


ならば、あの男が放つ気迫───否、覇気によるモノとでも言うのか?


「ははっ、戯けたことを言うな!たかが男の覇気で、このエリートの私が嘔吐?馬鹿にしているのか!!」


沸き立つ怒り。だがそれは、事実を認めたくない子供の駄々に近しいものだと理解している。しかし実際、私はあの男の笑顔を『見た』だけで嘔吐した。


───くっ、嗚呼良いさ!認めてやろうじゃないか。

私の目が節穴だったと。唯の男だと馬鹿にするのは愚かであると。


遥か北東、人類の叡智が及ばない魔境では、存在するだけで吐き気を催すレベルの強さを放つ絶対的な君主が居るという。

対面したことはおろか、存在すら曖昧な人物だが・・・あながち間違いではないのかもしれない。


いや、待てよ?この場合ならむしろ、この男こそが北東に根ざす君主であると見るべきではないだろうか。沙羅華なんて目じゃない程度の、圧倒的な強者であると。


私は震える身体に鞭を打ち、二人の戦いを観戦しながら手元の情報記録媒体で戦闘映像の録画を続ける。


そして───。


「───いつから、お前主人公が勝つって錯覚してんだ」


「ッ、うぅ・・・」


今度はハッキリと男の声が聞こえてきた。そして、先程吐いたはずなのにまた込み上げてくる吐き気で、私は確信する。


北東に根ざす君主?いいや、コイツはそのレベルじゃない。エリートのこの私が感知しえない程の圧倒的強さを誇る、この世の王たる資質を持つ化け物であると。


───しかも沙羅華相手に、お前が勝つと錯覚していたと宣える自信。だがそれは過信ではなく、実際に彼は勝つことが出来てしまうのだろう。

そう考えると、沙羅華と男は敵同士?・・・いや、違うな。私の優れたエリート脳が否定している。


ここまで強い人間が、いくら男とはいえ異性を囲わないはずがない。だとすれば───沙羅華は男のハーレム要因なのではないか!?


なんて、ことだ・・・この世のあり方に反している。異端とも言っていい。


嗚呼、我ながら荒唐無稽な報告だな。

私なら絶対に信じないし、部下の病気を疑うだろう。

だがきっとこれは真実だ。あの沙羅華と打ち合って笑えるような人物がどこにいる?声を聞き顔を見ただけで吐いてしまうような奴が、一体どこにいると言うんだ!?


「はぁ、はぁ・・・ふう、やはりこの世は不平等だ」


しばらくして落ち着きを取り戻した私は、報告書の最後にこう付け加えた。


───その強さ、測定不能。見るべからず、聞くべからず。

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