第10話
「えぇ、えぇ・・・任務は遂行したわ」
限りなく透き通った夜空。技術が発展した影響か、遠くの星の瞬きを汚すような資源は消え、代わりに安心安全かつ量産可能な半永久的エネルギー資源が台頭した。
その名は『タキオン粒子』。
一つの空間内にある存在するタキオン粒子を光速以上の速度で回転させることによって、凄まじいエネルギーを生み出す化学工業。その効率は火力、水力、風力などの自家発電型とは一線を画す。
しかし、この『タキオン粒子』からエネルギーを取り出す方法は、主要な国家にしか存在しない。その中でも特に有力なのは科学国家『ラギアーク』と戦歴強国『アマデウス』、そして神聖滅悪の大国『ヴィヌマーラ』の三つである。
「・・・もちろん分かってるわ。次の任務までに調整しておくつもり」
何倍にも増強された月の光に寄って照らされる彼女は、視覚拡張デバイスによって何者かと会話をしていた。
手元にしっかりと握っている大槍は昏く、それでいて太陽の如き眩いオーラを放っている。
銘は【
狙った獲物を確実に穿ち、標的となったものは神すら殺すことが出来ると謳われるカテゴリーFile5相当の“神器”である。
「【
彼女が虚空に向かって話しかけるたび、キラキラと月光を反射する金色の髪がたなびき、彼女の足元を写す。
そこには赤、赤、赤、赤・・・と、窓を開けていても濃密な“血”の匂いが充満していた。
まさか地面に倒れて血を流す人間の全てが、一人の少女によって引き起こされたモノだとは誰も思わないだろう。そう錯覚してしまうほどの惨劇だった。
「えぇ、勿論よ。確実に仕留めるわ。次の
答えは単純だ。
祖国のため、家族のため、そして【
・・・否、最初から彼女はそうだった訳では無い。だが、生まれ育った環境が悪すぎた。自分のためではなく、他人と国のために命をかけることしか出来なかったのだ。
その結果がロボットのように淡々と命令をこなす人間の出来上がりである。
「それとね、聞いて欲しいの。私、好きな人が出来たわ。ミカちゃんっていうアンドロイドなんだけど、プラチナブロンドの長い髪と紫眼が似合う可愛い女の子なの」
しかし、そんな彼女にも気になる女性が出来た。
任務のために赴いた【
通話している相手はそんな彼女の話に興味がないのか、はたまた余計な感情を抱かれると困ると思っているのか、適当に流そうとする。だが彼女は止まらない。
「しかももう一人気になる男の子が出来ちゃったわ。ミカちゃんのご主人様で、ミカちゃんみたいに優しくて顔が良い男の子。“何故か”私の名前を知っていたからスパイの可能性もあるけど、度胸がある上に頭も回るの。名前は───トオル君って言ったわ」
熱を込めて話す彼女は、先程までの淡々とした報告とは違って実に楽しそうだ。ロボットに命が吹き込まれたように、青色の瞳に光が灯る。
声色から判断しても、トオルとミカという少年少女に執着しているのがはっきりと分かった。
「───そうだ。例の
興奮冷めやらぬという声色で彼女が告げたのは作戦の変更。本来なら半年ほど間隔を空けて転入し、怪しまれないように標的を殺すという旨だったモノである。それが今、変わろうとしていた。
この時から、『とある日常を願って』という作品は分岐した。いや、“最初から”もう分岐していたのかもしれない。
はっきりと分かるのは、この世界の既に決められた
願わくば、その世界が
叶うのなら、『幸福の在る世界を願って』
☆★☆★☆★
「酷い目にあった・・・」
こちら主人公の胸を触った男、『
左の頬を赤く腫らし、入学式の式典らしきものを受けている最中だ。
ただ勘違いして欲しくないのはラッキースケベが起きたのは俺のせいではないということと、ビンタしたのはサラカではないことだ。
まずラッキースケベの件だが、アレはどちらかというとサラカの専用【天啓】に近い。具体的には主人公特権と言った方が分かりやすいだろうか。
左の頬に関しては、思いっきり人様の胸を触った俺に対して、ミカが思い切りビンタしてきた跡だ。
だけどまぁ、これには理由がある。女尊男卑の比重が強い世界で、男の俺が女性の胸を触ったとなれば殺されても文句は言えないレベルだ。いやガチで。
だからミカは、滅茶苦茶強くビンタしたから、男の俺を許してあげて下さい!という思いでビンタしてくれたのだろう。
それにしては威力が強すぎたと思うし、一切の加減がなかった気がするが気のせいだ。
ちなみにサラカは特に気にした様子も見せず、「いいよいいよ、僕が悪かったしね」と笑っていた。どうやら許されたらしい。
「俺がトオル君でなければ、間違いなく切腹してた」
女性の、しかも主人公の尊きお胸に触りたもうことなど俺には到底無理である。これがただの悪役クソ雑魚モブとかだったら、間違いなく切腹かそれに準ずる何かをしていただろう。
そして今、話題に挙がっている主人公さんは壇上で生徒代表スピーチを語っている。周りの女子陣はサラカの美貌に釘付けだ。
なら男子達はどうかと聞かれれば、女子達程でもないにしろ盛り上がりを見せている。
そりゃそうだ。
プラチナホワイトパールの美しい白銀に、漆のような黒いメッシュが入ったロング。薄桃色の瞳は色気のある印象を醸し出し、見たものを虜にしそうなほど艶かしい。しかもスタイル抜群である。
容姿だけを見るなら、一人を除いて作中最高レベルだ。
「よしやれ、いいぞサラカ!そのまま百合ハーレムでも築いて幸せに暮らしやがれ下さい!!だが男は挟まるんじゃねぇ!」
百合にオトコ、ダメゼッタイ。
───『んんぅ、うるさいわねぇ。静かに出来ないの・・・ってアレ!?マスターいつの間に入学式してるの!?』
「っ、やっと起きたか寝坊助め。急に黙ったと思ったら、呼び掛けても全く反応返さなくて心配したぞ」
俺が周りにバレない程度の声量でサラカを応援していると、寝起きのような声色を響かせる
確認しておくが、コイツはAIであって人ではない。擬似的な精神を挿入されただけのAIだ。
なのに寝起きみたいな声を出すもんだから、まるで人みたいだなって思わず笑ってしまった。
───『あ、あれぇ?おっかしいわねぇ。私の記録じゃマスターが誰かとぶつかった辺りまでは覚えてるんだけど・・・ぶつかったショックで気絶しちゃったかしら?』
「うぅん、どうだろうな。ぶつかった相手はメインヒ、じゃない唯の女子生徒だったからその可能性が高いのかもしれんが、如何せん釈然としねぇ」
───『そうよね!?でも今は取り敢えず、原因の究明をしてみるわ!』
「あぁ、同じようなことがあったら困るから頼む」
またもや話さなくなったステータスをよそに、俺も次の展開を思い出しながら自身の取れる強くなる手段を思い出していく。
確かサラカは、この演説中に全校生徒に宣戦布告するはずだ。
たしか───「僕は君達を踏み台にして超えていくよ。でも君達だって僕を踏み台にして超えていくといい。切磋琢磨するつもりはないけど、強くなる為には踏み台にする覚悟もされる覚悟も必要だから───改めて君達に宣戦布告しよう。僕を踏み台にしてみろ」───だったか?
こうしちゃ何だが本当に高校生か?って思うような言葉ばかりだ。傲慢に思えるかもしれないが、傲慢に振る舞えるほどの自身と実力があるアイツが言うと説得力しかない。
まぁ、裏でちまちま強くなって最強を目指す俺からすれば、主人公陣営に絡むことは殆どないから先の戦闘が最後の交流だろう。
あんなに完成度の高い作品に俺みたいな雑音が入り込んでしまった場合、不協和音になるか、それともメロディーの一部になるかは神のみぞ知るからな。不確定要素は削除したい。
目立ちたくないとは言わないし、どうせ俺のポイント狙いで戦いに来るやつが居るだろうから必然的に目立つだろうが、数ヶ月もすれば収まるはずだ。
「その頃にはきっと、一人で楽しく強くなってるだろうな」
あぁ、胸が膨らむ。
主人公達のイチャイチャを空気となって眺めて(最優先)、その後は強くなるために原作知識を使っていく。うむ、完璧だ!
え?友達?ゲロ天賦があるのに作れるわけがねぇだろ!!(血涙)
強制ボッチとか舐めてんのか!?
と、世の中の理不尽を嘆いているとどうやらスピーチを終わりに差し掛かっていたようで、聞き覚えのあるフレーズが聞こえてきた。
「僕は君達を踏み台にして超えていくよ。でも君達だって僕を踏み台にして超えていくといい。切磋琢磨するつもりはないけど、強くなる為には踏み台にする覚悟もされる覚悟も必要だから───改めて君達に宣戦布告しよう。僕を踏み台にしてみろ」
「きゃー!!」
「一生着いて行きますぅ!!」
「こっち向いてぇ〜!!」
「カリスマすげぇ・・・」
普通ならブーイングが飛び交いそうなものだが、カリスマパワー侮るべからず。むしろパフォーマンスの一環として受け入れられていた。中には目をハートにしている女子生徒もいた。どうやってんのそれ?
しかも一人二人とかじゃなくて数十人レベルだ。
「けどまぁ、これでスピーチは終わりか」
そう思って目線を逸らした時───気のせいだろうか、サラカと目が合った気がした。いやでも今、確実に俺の方見てたよな?・・・頼むから、誰か違うと言ってくれぇ!!!
信じてもいない神に、気のせいでありますように!と願う俺。だが、やはり世の中は理不尽である。
「それともう一つ、そこに座ってる君─── 『
「・・・?」
「僕は君にも宣戦布告をしよう───“次は”僕が勝つよ?」
サラカがそう告げた瞬間、響いたのは数百名のド轟。
ある者はきゃあ!と叫び出し、またある者は名前を呼ばれた生徒を探し出そうと躍起になり、またある者は面白いモノを見たと笑い出す。
───コイツ、さっきの意趣返しだろ!?
裏でひっそりと強くなるつもりが、完全に全校生徒に周知されてしまった。まだポイントが高いだけなら撃退すれば済むが、名前を覚えられてしまったら終わりだ。
ピクピクと痙攣する口元を抑え込みながらサラカの顔を見れば、清々しい顔を浮かべていた。確信犯である。
「返事を聞かせてもらおうか、トオル君?」
「・・・ッ!!!」
「あらあら、スルーされちゃった。どうやら彼は、僕なんか眼中に無いみたいだね?」
「・・・ッッッッ!!!!」
いや性格わっっっっる!!!
俺がゲロ天賦のせいで喋れない上に笑顔も浮かべられないのを知ってる上で、返事を返さない事を逆手にとったスピーチ。味方なら百点満点と誉めそやすところだが、生憎と今は敵に近しい。
───仕方ない、
「・・・」
「「ッ!?もしかして宣戦布告返し!?」」
俺は腹を括り、全校生徒が見ている前で立ち上がった。
数千名の教師と生徒、そして保護者たちの期待の籠った眼差しを受けながらゆっくりと歩き出す───トイレへと。
数十分後、何食わぬ顔で列に紛れ込んだ俺は、生徒指導の先生のありがたーい話に耳を傾けていた。
・・・だが何故だろう、周りの視線が痛かった。
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