第3話


「.....何のつもりですか。」



扉を開けてすぐにその言葉がこぼれ落ちたのは

机に乗った黒いケースの、その形に見覚えがあったからだ。



ありすぎた。



......悪夢に見るほど。





「お前へのプレゼントだよ。昨日届いたんだ。」


「ソレを、俺に弾けって?」



バイオリンケース。

藤木さんの触れた手で、そっと開く。

天井の光に照らされたそれと久しぶりに目が合って、心臓が握り潰されるように痛んだ。



「こんな良い楽器、俺も久々に見たよ。」


「......そこまでして俺を連れ戻したいんですか。親父に何か吹き込まれたんなら無視してください。俺はもう、あいつを親だなんて思ってな」


「送り付けてきたのは隆之さんじゃない。リチャードだ。」


「......は、?なんで、リチャード先生が」


「次の公演で来日が決まったんだ。

お前に会いたがっていたから、もう弾いてないと言ったら"楽器を送るから必ず彼を次の舞台に乗せてくれ"って。」


「......いくつだと思ってるんですかね、俺のこと。もう10年もブランクがあるのに。」



リチャード・ルブライアント

小学4年生から2年間、オーストリアで留学していたとき、付きっきりで朝から晩まで俺を音楽の海に沈めてくれた先生の名前だ。


あの時は楽しかった。

一生この楽器を弾いて、

この音と生きていくんだって思ってた。


あの人のような大人になりたいと夢見てた。



「冷静に考えて、無謀でしょ。

10年も弾いてない俺を、先生の指揮で藤木さんの楽団の演奏会に出すなんて。

次の公演って、あと3ヶ月でしょ、頭おかしくなったんですか?」



解っていた。

どれだけ乱暴に吐き捨てたとして、



「それだけ、お前には才能があった。」



この人だけは俺を見捨てようとはしない。





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