第25話 【東大寺】4階層〜8階層【明王部】

 カオリは遂に4階層へと突入した。しかし、目の前には不動明王が座して、5階層への道を塞いでいる。


 不動明王…… その名の通り不動うごかずの明王である。その背には豪炎を纏い、見開いたまなこでカオリを睥睨へいげいしている。


「まさか1番目がお不動さんだとは思わなかったわ〜」


 カオリは困ったようにそう言う。なにせ攻撃もしてこないし、喋りもしないので一方的にカオリから攻撃する事になるからだ。

 基本的にカオリは攻撃の意思を感じて反撃するので、何もせずに動かない相手を攻撃するのは性格的に嫌なのだった。

 そして何よりもこの不動明王のご尊顔がタモツに似ているのもある。


「困ったわ〜、どうしましょう?」


 と悩むカオリであったが、その時である。不動明王の威圧感ある両のまなこから、カオリに向かって光線レーザーが飛んできた。


「あら、うふふふ。有難うお不動さん」


 ニッコリと微笑んでカオリは阿守羅を一閃する。不動明王は頭から股間まで斬線を見せてから塵となった。


「良かったわ〜、攻撃してくれて。あのままだとイヤイヤ攻撃するしか無かったもの。さっ、早く次に行きましょう!」


 こうしてカオリは不動明王を瞬殺して、5階層に向けて歩き出した。5階層では降三世明王がカオリを待ち構えていた。


『羅漢よ、何故にここに来た?』


「あら〜、喋るのね。えっと、妹にかけられた呪詛を解く為に来たのよ」


『ほう、すると愛染が目当てか…… 通るが良い』


「あら? 通して下さるの?」


『我は不動のように動けぬ訳ではないのでな。これまでも正当な理由があるのならば通してやっている。最も、この後に控える明王たちはそうはいかぬだろうが……』


「そうなのね。それじゃ、遠慮なく通していただきますね」


【降三世の本音】

『冗談ではない、明王である不動を一閃しただけで塵とかすような者の相手など出来るか…… まあ、我らはここで塵となっても本体が弥勒菩薩様の元に行き、分身が2時間後には復活するのだが…… 私は弥勒菩薩様の元になぞ行きたくないからな。それならばこの羅漢を通してやる方が良いだろう』


 この後、試しもせずに通したとして結局は弥勒菩薩の元へと強制送還され、有難い御高説お説教を1000年の間、聞かされる事になる降三世であった……

 ちなみに一閃で散った不動明王は3年で解放されたらしい。


 カオリは鼻歌を歌いながら先を進む。SSランクダンジョンである【東大寺】ではそれぞれの階層で出てくる敵は決まっているので道中では敵が出てこない。罠も無いのでサクサクと進んでいける。


「シオリちゃん、もうすぐだから待っててね。そしたら秘伝のトロロが…… うふふふ」


 カオリの頭の中には秘伝のトロロが渦巻いているようだ。


「タモツさんだけ食べると私が受け止めきれないかも知れないから、私もちゃんと頂かないとダメね。うふふふ、その日は近いわ!!」


 近いも何も日帰りするつもりのカオリなのだから下手したら今日だぞ……


 カオリの機嫌はかなり良い。6階層にたどり着き7階層へと続く階段の前には大威徳明王がカオリを待っていた。

 【大威徳】その名の通りとても大きな威圧と徳を持つ明王である。


『羅漢よ、ここを通るならば我が威徳を圧倒してみよ!』


 どうやら大威徳明王は攻撃ではなくその威徳で相手を推し量る明王のようだ。


「困ったわ〜…… そんな事を言われても私には威徳なんてないし。どうしたら良いのかしら…… こんな所で時間を使ったらタモツさんとの大切な時間が……」


 その時、カオリの心の奥底にチラリと苛立ちが芽生えた。それはタモツと過ごす筈の目眩めくるめく官能の世界の時間が減る事になる苛立ち……


 その苛立ちはカオリの背に白い炎として立ち上がったのだった。それを見た大威徳明王は、


『みっ、みっ、みごっ、見事なりっ!! 羅漢よっ! そなたは我が威徳を超えた! さあっ!! 通るが良いっ!! 遠慮はいらぬ! さっ、さあっ!!』


 と噛みながら何とか言い終えたのだった。

 

 カオリは訳が分からなかったが通してくれるならと


「あら、うふふふ。有難うございます〜」


 機嫌が良くなり大威徳の横を笑顔で通るのであった。


 大威徳もまた弥勒菩薩の元で500年の間、御高説お説教を聞くことになったのは言うまでもない……


 カオリは意気揚々と先に進んで行く。7階層を通ってしまえば8階層はすぐそこである。これは本当に今日中に明王部を攻略出来そうだとご機嫌なのだ。


 7階層から8階層へと続く道を守るのは軍荼利明王であった。


『我がもとまでやって来たのはそなたが5人目だ。我が名は軍荼利。羅漢よ、そなたの力を見せて貰おう。我が軍団を打ち破って見せよっ!!』


 軍荼利明王のその言葉によって現れた阿修羅に修羅、悪鬼羅刹たち。その数は凡そ300。とてもではないが人が相手に出来る筈もない数と力である。


 ……しかしカオリは……


 背にまた白い炎を侍らせて阿修羅、修羅、悪鬼羅刹たちに向かって行く。前方に展開していた悪鬼羅刹たち200はカオリの気迫に恐れ慄きあたふたしているうちにカオリの1振りで20〜30体が一気に消滅させられた。


『タモツさんとの逢瀬の時に弛んだ身体ではいけないから、頑張ってここで身体を引き締めなきゃ! 気合よ、私!!』


 そう、カオリは来たるべくタモツとの官能の世界への為にダイエットを志していたのだ。だから本来ならば1振りで阿修羅を含めて消滅させれる力を抑え、手加減して体を動かしているのである。


 カオリの内心を知ったなら悪鬼羅刹たちは自らが消滅する理由の理不尽さに抗議したことであろう……


 そうは言ってもみるみると減っていく軍団に軍荼利明王は内心で焦っている。


『な、何なのだ、この羅漢は? 我が軍団が300もいて動揺する事なく攻めてくる胆力。そして1振りでまとめて消し去る力に、あの木刀…… 我ら明王を上回る神聖な力を感じるが…… ハッ!? こ、このままでは不味い! 弥勒菩薩様の説教がっ!! ええい! ここは形振なりふり構ってはおられぬ! 我も攻撃せねばっ!!』


 軍荼利明王がそう決意した時は既に遅かった。阿修羅すらをも斬り伏せてカオリは目の前に阿守羅あすらを持って立っている。


 そして、


「それじゃ、通らせて貰いますね〜」


 とニッコリと微笑み1振り……


 軍荼利明王は弥勒菩薩の元へと旅立ったのであった……


「うふふふ、いよいよ8階層だわ。今回は裏ボスは無視していいから楽ね」


 カオリは愛染明王の神符を手にするととっととこのダンジョンから出るつもりだが、果たしてそう簡単に出られるのか?

 腐ってもSSランクダンジョンである【東大寺】は未だに誰にも踏破された事がない。ましてや途中で無傷で出てきた者もいないのである。


 このダンジョンは負けても死ぬ事はない。何故ならば仏のダンジョンだからである。しかし、無傷という訳にはいかない。

 ある者は片手を失った。またある者は胃を抜き取られてしまった。

 このようになって出てきた者は複数人居るが、勝った状態でダンジョンの途中から出てこれた者の話は今までにないのだ。


 果たしてカオリの運命は……


 と、先を進むカオリの前に愛染明王が現れた。


『人の子よ、何を求む?』


「私の妹が呪詛ずそにより苦しめられています。その呪詛を解く為の神符を求めます」


『ならば、我にその心を見せよ』


 愛染明王の言葉にカオリは気合を入れて阿守羅に気を通した。その気により8階層だけでなくダンジョン全体が揺れに揺れる……


『まっ、待てっ!? 人の子よ、分かったっ、分かったからっ、その辺で止めてくれっ!!』


 慌てて叫ぶ愛染明王である。


「あら? まだ半分も気持ちを込めてないのに? 『半分はタモツさんとの逢瀬の分を上乗せしようと思ったのだけど……』」


『いや…… もう良い。神符は渡そう…… そして、渡したら直ぐに外に出してやる故に早々にこのダンジョンから立ち去ってくれ。コレはこの先の菩薩様方からの意向でもある』


 そう告げるとカオリの前に2枚の神符が現れた。1枚は神符(解呪·中)で、もう1枚は神符(解呪·絶)であった。


「あら? こっちの神符まで頂いても良いのかしら?」


『構わぬ。聖観音様から手渡しておけと言われたのだ。もしも我の神符で解呪出来なかった場合に使用するが良い』


「あらあら、お心遣い有難うございます。それじゃ、先を急ぎますので出してくれます?」


『うむ。出来ればそなたは二度とここを訪れぬ事を願う…… ではさらばだ』


 愛染明王の言葉と共にダンジョンの外に出されたカオリ。その顔はにこやかであった。


「良かったわ〜、素直に出してくれて。攻略しなくちゃダメかと思ってたから時間の節約になったし。さっ、早く帰りましょう。タモツさんが…… あら間違っちゃった、シオリちゃんが待ってるわ!」


 そう言うとカオリは加速を最大限に使って日帰りするべく京都みやこへと戻るのであった。

 全てはタモツとの逢瀬の為に!!


 いや、心の片隅にはちゃんとシオリを解呪する事を覚えている! 覚えているよな?

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