第22話 移動中でも変わらない……

 車は瀬戸大橋を走っていた。タモツの言葉にカオリは静かに話し始める。


「落ち着いて聞いてね、あなた。私の実家がすめらぎという姓なのは知ってるでしょ。そしてあなたの姓はたちばなよね。私の実家は天煌陛下のお家である、煌家の槍と呼ばれているわ。そしてあなたの実家は煌家の盾と呼ばれているの」


 カオリがそこで一息ついたがタモツが静かに頷くのを見てそのまま話を続けた。どうやら一通りカオリの話を聞いてから質問をするつもりのようだ。


「それでね、あなたは幼少の頃から何も知らされてないのは私もお義父とうさんから聞いて知っていたの。でもそれはあなたの優しさを思っての事だと聞いているわ。あなたは子どもの頃に蚊に腕を刺されてもそのまま血を吸わせていたそうね。お義父さんが何でって聞いたらあなたは『この子だって生きてるんだよ、父さん』って答えたのよね。それを聞いたお義父さんは橘家の使命をあなたに背負わせられないと思ったと言っていたわ…… 良くも悪くも私たち皇家と橘家は天煌陛下をお護りする表の護衛の家系。その任務の中には時には血なまぐさい事もあるから…… あなたの性格では心が壊れてしまうと心配されたお義父さんがあなたに使命の事を伝えないと判断したそうよ……」


 カオリがそこまで言い運転するタモツの横顔を見た時にはタモツの眼差しは優しい光を帯びていた。


「そうか…… 僕は守られていたんだね、父さんや亡くなった母さんに…… そしてシオリにも迷惑をかけてしまった…… それならば僕はシオリを助けなくてはいけない。何があっても、カオリ、手助けしてくれるかい?」


 タモツは静かな口調でカオリに問いかける。恐らく内心で自分を責めているであろうタモツだが、その激情を表に出す事なく、今は義妹であるシオリを助ける事を優先する事にしたのであろう。

 そんなタモツの内心を正確に読み取ってカオリはこう思った。


『ああ、なんて素敵なの! 私の旦那様は!! また惚れ直しちゃったわ!』

 

 と……。車内で移動中で子どもたちが乗っているからダメだぞと天の声はカオリにダメ出しをしておいた。


「あなた、もちろんよ。シオリちゃんは私にとっても可愛い妹なのよ。それと、1つ間違いを訂正しておくわ。シオリちゃんはあなたにとても感謝していたのよ。イケメンのリョウちゃんの側仕えが出来て嬉しいって。面食いなシオリちゃんらしいでしょ、うふふふ」


 カオリの言葉にホッとする顔をしたタモツはそこでハタと気がついた。


「えっ! ちょ、ちょっと待って、カオリ! カオリがいつも親戚のリョウちゃんって言っているのは天煌陛下であらせられるきらめき遼一りょういち陛下の事だったのかい!?」


 気づくのが遅いぐらいだぞ、タモツ。


「あら、そうよ、あなた。私の実家の皇家すめらぎけの初代は初代天煌陛下のすぐ下の弟であったと言い伝えられているわ。それに、リョウちゃんの亡くなられたお母さまは、皇家の前当主である父の1番下の妹にあたるの。私にとっては叔母ね。だから近い親戚なのも本当よ」


「そ、そうだったんだね…… それじゃ、皇家のお義父さんに子どもたちを預ける前にちょっといいかな?」


 そう言うとタモツはSAである与島に車を入れて停車した。

 何をするのかとカオリが不思議そうにタモツを見ていたら、タモツは何かを念じるかのように目をつむり、そしてその手を京都みやこに向けて伸ばした。手を下ろしたタモツはカオリに言う。


「よし、何とか届いたよ。煌宮に盾を張ったから」


 タモツの言葉にカオリは驚愕する。


「ええっ!! 嘘でしょ、あなた!?」


「うん? 僕がカオリに嘘を吐いたことは無かった筈だけど……」


 確かにタモツはカオリに嘘を吐かない。その事実に気づいたカオリはウットリと自分の夫を見た。


「あなた……」

「カオリ……」


 2人の顔が今にもくっつきそうな時にタカシが目を覚ました。


「父上、おしっこに行きたいです、ムニャ……」


 半ば寝ぼけているがその言葉に2人はハッとし顔を見合わして苦笑しあう。


「よし、タカシ。頑張って起きれるかな? お父さんと一緒にトイレに行こう」


 カオリもカレンを起こしてトイレに連れて行く。



 …… …… …… 


 その頃、妖蓮ようれんは首を傾げていた。


「何故じゃ? 橘家の小娘が倒れて当主が盾を張ったがあんなものは無いに等しいから呪詛ずそをずっと送り続けて、確実に煌宮に届いておったのに…… いきなり我が呪詛ずそが届かなくなりおった…… 何か秘密の神符でも煌家で隠し持っておったのか…… まあ、それでも【神護】ぐらいが関の山じゃろう…… その程度で我が呪詛が届かなくなると安心しておっては痛い目を見るぞ! 九尾の妖狐のみならず、異界の邪神をも喰らい力をつけた我が呪詛を喰らえ、天煌めっ!!」


 今までとは比べ物にならない強力な呪詛を送り込んだ妖蓮。だがしかし、その呪詛はタモツの張った盾により、妖蓮自身に跳ね返った。


「ぐわっ!? ば、馬鹿な!! 何故じゃ!? くっ、しもうたわ…… 2日は動けぬか…… まあ、良い。その2日の間に何が煌宮を守っておるのか調べてくれるわ!!」


 そう言うと妖蓮は式神を虚空に息だけで飛ばしたのだった……



 …… …… ……


「瀬戸大橋を渡り終えたな。それじゃ、このまま走り続けるよ」


「あなた、適当な所で運転を変わるわ」


「大丈夫だよ、カオリ。僕は車の運転じゃ疲れを感じた事が無いから」


 夫婦2人だけがまた起きている。子どもたちはトイレに行った後に直ぐに寝てしまったのだ。そのスキに2人は先程できなかったキスを素早く、いやらしくして、我慢できなくなりそうだったのだが理性で何とか抑え込み、移動を再開したのだ。


「けど、あなた。あなたのスキル盾はどうなってるの?」


「う〜ん…… どうなってるんだろうね? 僕にもいまいち良く分からないけど、与島から届くかなと思ってやってみたら届いたから、かなりな距離まで届くみたいだよ」


 規格外すぎるぞ、タモツ。


「そうなのね、本当に私の旦那様は素敵だわ!」


 とカオリはタモツの左手を右手で握る。やめておけ、せっかく我慢したのに!


「あ〜、カオリ、その、我慢できなくなるから、今はちょっとやめておこうかな」


 年の功でタモツが残念そうにそうカオリに告げる。カオリも残念そうに賛成しながらこう言った。


「全く、何処の誰か知らないけれども、私とあなたの愛の営みを邪魔してくれたんだから容赦しないんだから!」


 カオリのこの宣言により、妖蓮の運命や如何に!?


「とりあえず、子どもたちをお義父さんに預けた後に煌宮へ行く前にその…… どっかに寄ろうか?」


「あなた! 天才ね! ホテルに予約を入れておくわ!!」


 緊迫した状況のハズなのだが、この夫婦2人には緊迫は通用しなかったようだ。


 それから車は順調に走り、カオリの実家である皇本家横の離れに到着した。カオリが5歳から24歳までは伊予州の宇摩市で極秘任務で生活していた皇家だが、任務を終えた後に京都みやこに戻っていたのだ。それは橘家も同様である。


 寝てしまっている子どもをそれぞれが抱えて呼び鈴を押そうとしたら玄関が開き、好々爺が現れた。


「おお、来たか。タモツくんも久しぶりだ。カレンもタカシも寝てしまっておるの。ささ、まずは入りなさい。婆さんが子どもたちが寝られるように準備しておるからの」


「お父さん、ただいま。今回は子どもたちをよろしくお願いします」


 カオリがそう言うと、好々爺は申し訳なさそうに2人に言う。


「本来ならば市井しせいにおりた2人を頼るのは間違いなんじゃが、スマンな…… 今回だけは助けてくれるか、タモツくん、カオリ」


「お義父さん、頭を上げて下さい。僕の妹のことです。もちろん、何でもやるつもりですよ!」


 タモツの言葉にカオリの父、平一へいいちは有難うと頭をまた下げた。


「でもお父さん、宗一兄さんや宗二兄さん、それに宗三も居るのにダメだったの? それに橘のお義父さんの神亀盾もあるのに?」


 カオリからの質問にヘイイチは子どもたちを寝かす部屋に案内しながら答えた。


「シオリを橘の当主が盾で覆ったのだが、誰もシオリを運ぶ事ができなかったらしい。宗一は呪詛ずそを軽く受けてしまったようじゃ。それを見て陛下がとりあえずシオリに触れる事を禁じられたのじゃ」


「そう…… でもお義父さんの神亀盾で覆ってもダメだったなんてよほど強力な呪詛なのね」


「そうじゃ、カオリも覚えておろう…… さきの天煌、煌后陛下がお亡くなりになられた際に取り逃がしてしもうた術師を…… 恐らくはアヤツの仕業じゃ」


 ヘイイチの言葉にカオリがハッとする。


妖蓮ようれんと名乗った術師ね! 間違いないの?」 


「シオリが意識を失う間際に残した言葉じゃ、間違いなかろう」


 ヘイイチの言葉にカオリの心は激情で満たされた。


『私の大切な叔母様やお優しい方だったリョウちゃんのお父さんを呪い殺した術師、妖蓮。あの時は逃がしてしまったけど、今回は逃さないわよ! 何よりも私とタモツさんの愛の営みを邪魔した事を後悔させてやるんだからっ!!』


 カオリの内心を知ってか知らずかタモツがヘイイチにたずねる。


「それで、お義父さん。僕とカオリは直ぐに煌宮へと向かったほうが良いのでしょうか?」


「いや、今は夜ゆえに明日の朝に向かえば良い。煌宮の直ぐ側にカオリがホテルを取っておるんじゃろ? そちらで呼ばれるまで待機しておいて欲しいそうじゃ」


 ホテル取ってるのバレてるーっ!! と内心では焦ったタモツだったが、待機しろと言うならばそうしようと思い、ヘイイチに子どもたちをお願いしますと言って車でホテルへと向かった。


 チェックインを済ますとタモツはいま一度、煌宮の方へと意識を向けて、今度は近くで見えているからか、与島からよりもより強力な盾で煌宮を覆った。


 それによりシオリの体内を蝕んでいた呪詛も少しずつではあるが減っていっているのは誰も気が付かないままであった。


 やるべき事を終えたタモツはカオリにシャワーを浴びてくるよと言って浴場へと向かう。

 当たり前のようにその後を着いていくカオリ。


「カオリ?」

「なに、あなた?」


「いや、カオリも疲れてるだろうし、僕も1人でシャワーを浴びれるよ?」

「うふふふ、何を言ってるのあなた? 私はあなたの横で座ってただけだから疲れてなんてないわ。それよりも疲れた夫を癒やすのが妻としての役目よ!」


「カオリーッ!!」

「あなたーっ!!」


 スキ者夫婦2人は午前4時まで励んだらしく、7時に迎えに来た煌宮の者は1時間ほど待たされたという事だ……



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