第20話 橘家のシオリ

 天煌陛下の秘書にして護衛の要でもある橘シオリは23歳である。

 橘本家の養女ではあるが、当主の弟が父であったので血の繋がりはある。


「はあ~。今日の陛下も格好良かったですわ…… あの凛々しい横顔だけでご飯が3杯はいけますわ」


 シオリはイケメンの横顔をオカズに食事が可能らしい。


「それにしても今日も大変だったわ。呪詛がこれでもかと陛下に向けて飛んできてたし、風の刃とか一体誰が飛ばしてきてるのかしら? 私の大盾も5回も張り直したぐらいだし…… でも陛下をお守り出来るのは本当に嬉しい」


 どうやらリョウちゃんは常に命の危機に晒されているらしい。それをシオリが防いでいるようだが、シオリの仕事が終わった今はどうなっているのか?


「ふう、義兄にいさんに教わって24時間大盾を展開出来るようになって良かったわ。最初は出来なかったけど、義兄さんから『僕でも出来るんだからシオリなら直ぐにマスターするよ』って言われて諦めずに頑張って良かった。2ヶ月もかかったけど…… 何で義兄さんはあんなに直ぐに出来るようになったのかしら? 愛の力だよとか言ってたけど、私だって陛下をお慕いする気持ちは負けてないんだけどな……」


 シオリよ、お慕いするだけでは弱いのだよ。心の繋がりも大切だが、体の繋がりも大切なのだ。タモツとカオリがそれを証明している。


「まあでも義兄さんだしね。気にしたらダメだよね。明日からもちゃんと陛下をお守りしないと」


 とシオリが決意を新たにしていた時に扉がノックされた。


「はい? どなたですか?」


 シオリの居るのは天煌陛下の住まう煌宮内にある部屋である。その部屋をノック出来る人物は限られている。


「お仕事終わりに申し訳ありません、シオリ様。少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」


 返事をしたのは影の棟梁であった。


「あら、シゲさんなの。もちろん大丈夫ですよ」


 シオリはそう言うと扉を開けた。


「有難うございます、シオリ様。失礼いたします」


 そう言うと影の棟梁ことシゲさんは女性を1人伴ってシオリの部屋へと入ってきた。女性は、


「お久しぶりです、シオリ様。お元気そうで何よりでございます」


 とにこやかにシオリに挨拶をする。


「まあ、本当にお久しぶりですね、ミネさん。今日はご夫婦お揃いでどうしたのかしら?」


 にこやかに2人を部屋に招き入れるシオリに影の棟梁シゲとその妻であるミネもにこやかに笑いながら返事をした。


「実は親父殿から自然薯が届きましてな。シオリ様にも食べて頂いてくれと手紙も入っておりまして」


「私がすりおろして料理したから、夜食にというか久しぶりにシオリちゃんと飲みたかったのよ」


 ミネは部屋に入るとシオリ様からシオリちゃん呼びに変えて話を始めた。


「まあ、うれしいわミネさん。シゲさんも有難う。ヤイさんはお元気そうね。私からのお礼を伝えてもらえるかしら?」


「勿論です、シオリ様。シオリ様がこんなに喜んで下さるから親父殿も張り切って掘ってますからね」


 話の合間にミネさんがカバンから自然薯を使った料理の数々を取り出す。

 トロロ、素揚げ、短冊切り、炙りなどなど栄養満点の自然薯料理の横にシゲさんがそっと酒を置く。


「まあ!? コレは!!」


「へへへ、シオリ様の驚きの顔が見たくて伝手つてを頼って仕入れました。銘酒【ダブル】です」


「シゲさん! 有難う!! 死ぬまでに飲めないかもと思ってたウィスキーが目の前にっ!?」


 シオリはウィスキーに目がなく、スコッチウィスキーはもとより、バーボンも手が届く範囲で飲んでいる。しかし、この幻とも言われるウィスキーであるダブルは半年に5本しか造られずにまたかなり高価な為に高級取りであるシオリでも買えない金額なのだ。

 一本2億円である。


「さあさあ、それじゃ食べましょ、飲みましょ!」


 ミネがそう言いグラスにダブルを注ぐ。水割りだ。酒4、水6の香りが最も際立つ割合で差し出されたグラスを少し震える手で受取りシオリは鼻腔一杯にその香りを嗅いだ。


「フワァ〜、すっごくいい香り!!」


 シオリは一嗅ぎでその香りに魅了されたようだ。そこに入口とは違う扉が突然開いて誰かが入ってきた。


「シオリ〜、小腹が空いたのだ。何かつまみを…… なっ、何故、ここに居るのだ?」


 入ってきたリョウちゃんは中に影の棟梁とその妻が居ることに動揺していた。


「あらあら、陛下、今晩は。ですけどレディのお部屋にノックも無しで入って来るとは…… もう一度教育する必要があるのかしら?」


 ミネがそう言うとリョウちゃんは慌てて言い訳を始めた。


「い、いや、待て、ミネ!? ノ、ノックならしたぞ! お前たちが気づかなかっただけではないか?」


「ほう〜…… 陛下に申し上げます。腐ってもこのシゲ、影たちをまとめる身故にいついかなる時でも周りに気を配っておりますが、その私が気づかなかったとおっしゃいますかな? そうなると私は役立たずとしてお役御免を願い出ねば……」


 シゲの言葉にさらに慌てるリョウちゃん。


「待て、待ってくれ! ど、どうやら私の気の所為だったようだ。ノックをしたつもりになっていたのだな。だから、ミネよ、人ならばそういう事もあるだろう? 今回限り故に見逃して欲しい」


 再教育はイヤだと言外に懇願するリョウちゃんを見てシオリが助け舟を出した。


「ミネさん、シゲさん、陛下をあまりいじめないで下さい。さ、陛下もどうぞお座り下さい。ヤイさんから自然薯が届いたそうで、今からご相伴にあずかるところだったんです」


「あら、シオリちゃん。その言葉は間違いよ。私と主人がシオリちゃんのご相伴にあずかるのだから。これは義父がシオリちゃんにって送ってきたものなのよ」


 ミネがシオリの言葉を訂正するが、


「でも調理してくださったのはミネさんですし、美味しいお酒を用意してくれたのもシゲさんだから、私としてはご相伴にあずかりますっていう気持ちよ」


 とシオリもミネにそう返した。そんな2人のやり取りを聞きながら座ったリョウちゃんにシゲがオン・ザ・ロックで銘酒ダブルを注いで手渡した。


「おう、コレは。まさか、ダブルか? どうやって手に入れたのだ?」


 銘酒であるダブルは天煌陛下であるリョウちゃんでもなかなか手に入らないお酒らしい。


「フフフ、そこは企業秘密とさせていただきます」


 シゲさんは笑ってそう誤魔化した。


「さ、陛下も一緒に食べましょう。滋味溢れる自然薯ですよ」


 シオリがリョウちゃんにそう声をかけるとリョウちゃんも箸を手に取り食べ始めた。


「美味い! ヤイの採ってくる自然薯はやはり美味いな!」


 一口食べてそう言うリョウちゃん。その言葉にシゲは頭を下げて礼を言う。


「お口に合いましたようで良かったです。今の陛下のお言葉を親父殿に伝えます。きっと大喜びいたします、有難うございます」


 その大仰な言葉に手を振って


「シゲよ、今は公務ではない。そんな言葉遣いは必要ないぞ」


 とリョウちゃんが言うと、ミネが


「それならばやはり先程のノックの件についてお話しましょうかね、リョウくん」


 とリョウちゃんが幼い頃の教育係だった口調で言うと、


「そ、それは無しだ、ミネ」


 と即座に却下したリョウちゃんであった。


 それから小1時間ほど談笑しながら飲み食いしている時に、ソレは突然やって来た。


「シオリちゃん!?」

「シオリ様!!」


 ミネとシゲがシオリに突然声をかけ、それに答えるようにシオリが自身のスキルである大盾を強化すると、その強化を突き破ってリョウちゃんに向かってどす黒い靄が迫る。


「陛下!!」


 それを見たシオリは咄嗟にリョウちゃんに大盾を何重にもしてかけ、自身をその靄に向かって飛び込ませた。


「シオリ!!」


 靄に包まれたシオリはその場にドッと倒れ伏す。そのままシゲとミネに向かってシオリは切れ切れに言葉を紡いだ。


「よ、妖蓮ようれん、の呪詛ずそ、です… わ、私には触れない、ように…… 橘本家に、連絡を、か、可能ならばすめらぎ家、の助力を…… できれば、に、義兄にいさ、んに、来て、もら、って……」


 そこまで言うとシオリの意識は途切れたようだ。

 

 リョウちゃんはシゲに抱きとめられている。


「離せ、シゲ! シオリをそのままにするつもりか!! 早くベッドに運ぶのだ!!」


「成りませぬ! 陛下! 妖蓮の呪詛ずそならばシオリ様に触れれば陛下まで影響されてしまいます! シオリ様の大盾があったとて無謀にございます! ここはシオリ様のお言葉通りに動く時にございます! ミネ!」


「ハッ! 棟梁!」


「急ぎ橘本家へと連絡を! それと、皇家にもだ! 事は一刻を争う! 影の御守護は恐らく既にヤられておろう! その手配もするのだ!」


「ハッ!!」


 返事をして消えるミネ。そしてシゲに諭され自身の部屋へと導かれるリョウちゃん。その顔は苦悩に満ちていた。


「おのれ、妖蓮! 父や母だけでなくもしもシオリまでが犠牲になったならば許さぬ! シゲ! 妖蓮の居場所を探れ! 今の私ならば妖蓮にも負けぬ!!」


「居場所はもちろんこれまでも探っておりました。しかし、例えその場所が判明いたしましても陛下にお伝えする事はできません。皇家にお伝えします」


 冷静にそう答えるシゲを苦々しい顔で見るリョウちゃん。


「私は私を守ってくれた者の仇もうてないのか……」


「陛下の御身に何かあっては困りますので……」


「くっ…… 分かった…… シオリはどうなるのだ?」


「シオリ様は守の橘家の方にございます。例え妖蓮の呪詛ずそといえども直ぐにどうこうとはなりますまい。しかし、早く呪詛を解く必要もあります…… 場合によってはカオリ様にもお声掛けが必要になるかと……」


「ならぬ!! カオリ姉さまは今は市井しせいの者だ。勿論だかその主人であるタモツもだぞ! シオリの最後の言葉は聞かなかった事にせい!」


 リョウちゃんの言葉にシゲは頭を下げて返事をするのだが、しかし……


 やがてカオリたち夫婦もこの騒動に巻き込まれて行くのであった。




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