第19話 Sランクは☓(バツ)

 カオリたちは探索者協会へと戻り、宇摩市探索者協会長のヘイジへと報告をしていた。


「それでだ、協会長。俺とヤヨイとミチオの3人でSランクダンジョンに挑戦する事になった。が、10階層まではカオリちゃんに着いてきて貰う事に決まった」


 Aランクダンジョンである発電煙突を攻略した報告を終えてからヘイジにそう言うテツヤ。


「むっ、10階層までで大丈夫なのか? 5階層で躓いたのだろう?」


 ヘイジは心配そうにテツヤに聞いた。カオリは他人事のような顔で聞いている。元々カオリはSランクダンジョンのパーティー攻略には興味がない。


 夫であるタモツと子供2人との生活が大切なのだ。カオリが強かろうともSランクダンジョンは数時間で攻略出来るものでない事はちゃんと分かっているのだ。なので、遅くとも午後3時までに家に戻りたいカオリはパーティーを組んでのSランクダンジョン攻略には興味が無いのだ。


 もしも独身ソロの頃であったならばカオリは攻略に乗り出していただろう。けれども今はその気は全くない。だが、もしも氾濫が起こりその危険が家族に及ぶようならばカオリは全力でSランクダンジョンを潰す事になる。

 

 今回は10階層までとテツヤたちが譲歩してくれたので、そこまでならばとカオリも引き受ける事にした。

 勿論だが、その10階層の様子を見てカオリ以外の3人では上の階層に向かうのは厳しいと判断した場合には全員で10階層から地上へと戻る事も約束させている。


 ヘイジの問いかけにテツヤは冷静に返事をする。


「ああ、だから10階層までカオリちゃんに着いてきてもらい、俺たち3人でも行けそうならその上を目指すけど、ダメそうならそこで引き返す事にしているんだ。これはカオリちゃんが着いてきてくれる条件になってるからちゃんと俺たちはその約束を守るつもりでいるよ」


「そうか、それならば何も言うまい。カオリも気をつけるんだぞ。もう若く無いんだから」


 その一言には全員が同い年なのでキレた。


「おいおい、いくら協会長とはいえ言葉が悪いんじゃねえか。32歳は働き盛りだよっ!」(テツヤ)


「若くなくて悪かったですねぇ…… カオリちゃんの叔父さんらしいけど、この協会に素材を卸すのは止めようかしら?」(ヤヨイ)


「はあ〜、僕も妻と一緒にこの協会とは別の協会に行こうかな?」(ミチオ)


「叔父様…… 父からいつも余計な一言が多いと怒られてましたよね。そういう所ですよね、私も、もう探索者としての復帰を止めようかしら?」(カオリ)


 ヘイジの背中とは言わず全身から冷や汗がダラダラと流れている。


『ヤ、ヤバい…… やってしまった…… 兄からいつも注意されてたのについ身内乗りでカオリに余計な一言を言ってしまった…… 目の前にいる探索者4人はこの協会支部の筆頭稼ぎ頭だぞ…… ど、どうする、ヘイジ…… 考えろ、考えるんだ、ヘイジ!?』


 そこで一旦思考を止めるヘイジ。その脳内には幼い頃に兄から言われた言葉がフラッシュバックしている。


『ハハハ、やっぱりヘイジは言い訳が上手いなぁ』


『そうだ、私は言い訳のヘイジだ! ここで何か上手い言い訳を言えば挽回出来るっ!! ハッ!? そうだ、コレだっ!!』


 ヘイジはさっそく思いついた言い訳を語り始めた。 


「ハッハッハッ、どうやら私の言い方が悪かったようだな。その点については謝ろう。ただ、コレだけは言わせてほしい。私がカオリにもう若く無いと言った意味は、君たちも含めてだが独身の時とは違い今は守るべきがあるだろうという意味であったのだよ。テツヤくんとヤヨイさんにはお互いが、それだけではなく各地に作った孤児院の子供たちやそこで働く職員たちもいる。ミチオくんには我が協会の可憐な花であるミズホくんがいる。カオリについては言うまでもないだろう?」


 どうだっとばかりにヘイジがそう言うと、4人ともコロッと信じてくれた。


「あ、ああ、何だ、そう言う意味だったのか。悪かったよ、勘繰ってしまって」(テツヤ)


「ま、まあそうよね。私はちゃんと分かってたわよ」(ヤヨイ)


「いや、僕の妻は確かに可憐な花ですからね。必ず守ってみせます」(ミチオ)


「やだもう、ヘイジ叔父さんったら。それならそう言うふうにちゃんと言葉を選ばないとダメよ〜」(カオリ)


『フッ、チョロい。言い訳のヘイジここに在りだっ!!』


 ここにヘイジの兄であるカオリの父が居ればヘイジの言い訳を見抜いたのであろうが、残念ながらここには居ない。

 4人はそれからヘイジと詳細を詰めて来週の水曜日に宇摩市に出現したSランクダンジョン【製紙の名残】に挑戦する事を決めたのであった。


 それからカオリとヤヨイが買取窓口へと向かう。手にした素材を換金する為に来たのだが、2人が向かうと買取職員たちが恍惚とした表情を浮かべながら応対してくれた。

 そして、ゲンジからは驚きのお知らせがあった。


「ヤヨイさん、カオリさん、実は奇特な方からの寄付があって、それなりの高額の買取資金があるから遠慮せずに出しまくって下さい!!」


 そう、天煌陛下ことリョウちゃんからはさっそく振込があり、宇摩市の探索者協会、買取窓口の買取資金は3015億円もあるのだった。

 

 そう聞いたヤヨイもカオリも死蔵していた素材を出し始めたのだが…… 5分後にはゲンジが真っ青になって2人に土下座を決めていた。


「すみません、私が悪かったです。今日の所はいま出されたものをしまって頂けますでしょうか? 本日、買取出来るのはここまでが限界です…… ヤヨイさんのはココまでで、1200億88万円です。カオリさんのはココまでで同じく1200億59万円となります。何とかコレで今日の所はご勘弁願えませんでしょうか?」


 2人に向かって土下座をしたままそう言うゲンジに困惑しながらも、ヤヨイもカオリも了承する。


 ゲンジは侮っていた。そもそもヤヨイもS級探索者である。そして、これまでにも沢山の素材を手に入れてきていたが、買取出来る上限をだいたい把握していたので、死蔵していた素材が富士山並(積み上げた高さ)にあるのだ。

 それらの素材はヤヨイの魔法で作った拡張バッグに入れられ、若い頃にカオリが空間支配を使って中の時間停止を施していたので腐らずにあるのだ。

 そして、カオリとても同じである。自身のスキルで作った異空間に放り込んである素材はエベレスト並にある。今回は2人とも高さで言えば10メートル分ほどの素材しか出していないのだが、ゲンジが恐れ慄くほどの高額素材のオンパレードだった。


 ヤヨイもカオリもはしたである万円単位を現金で受取り、1200億円は口座に入れて貰っていた。


「ふう、これで少しは生活に余裕が出来たかしら?」


 そのカオリの呟きにヤヨイがチラっとカオリを見て内心でこう呟いていた。


『相変わらずね、カオリちゃん。また独身時代と同じように兆円まで貯金するつもりね…… そんなに要らないのよって若い頃は諭したものだけど、この年までそう信じてきたなら、今さら諭しても聞いてくれないわよね……』


 2人が去った買取窓口では屍のようになったゲンジを、ゴウキが所要から戻ってくるまで誰もどうする事も出来ないのであった……



「あなた、ただいま〜。今日はとっても稼ぎが良かった1200億円の! だからちょっとだけ奮発してお夕飯はお寿司の出前を取りましょう!!」


 家に帰ったカオリからそう聞かされたタモツは、


「そうなのかい、凄いね。こんなにも一所懸命に稼いでくれる12万円ぐらい?妻がいて僕は幸せだよ。僕の小説の方も書籍化に向けて動き出しているし。これならあと数ヶ月したらど、どうかな?」


 と最後は少し吃りながらカオリに聞く。


「あら、あなた、何をするの?」


 カオリは検討がつかずにキョトンとしてタモツに聞き返す。


「さ、3人目は僕は男の子でも女の子でも良いと思うんだ! ど、どうかな?」


 一世一代の告白のようにタモツがそう言うとカオリは頬をポッと赤らめ、


「まあ! 私の心が読めるのかしら? あなたってやっぱり素敵だわっ!! そうね、私は今からでも良いんだけど……」


「カオリーッ!!」

「あなたーっ!!」


 いざ始まろうとした戦いは非情にも玄関の開く音によって中断されてしまった。


「お父さん、お母さん、ただいま〜」

「父上、母上、戻りました」


 カレンとタカシが学校から戻ってきたのだ。2人は顔を見合わせ、昂ぶった気持ちを鎮めるように微笑み合い、子供たちにお帰りなさいと言ったのだった。


 その夜、寝室のベッドでは夫婦の会話がなされていた。


「ええっ!? そ、それじゃ10階層までとはいえSランクダンジョンに挑戦するのかい? テツヤくん、ヤヨイさん夫婦とミチオくんが居るだろうけど…… 僕は心配で仕事が手につかなくなってしまうよ、カオリ……」


「うふふふ、あなた。そんなに心配しなくても大丈夫よ。私もだいぶ昔の勘を取り戻しているし。それに、今回はあなたのスキルをかけて貰ってから行くつもりなの。私が怪我をしないように掛けてくれるでしょ、あなた?」


「勿論だよっ、カオリ。黙ってたけど子供たち2人とこの家を中心にして半径200メートルには毎日24時間スキルをかけてるんだ。だから来週の水曜日にはカオリにも確りと盾をかけるからね」


「有難う、あなた。毎日守ってくれてたのね。嬉しいわ!」


「カオリーッ!!」

「あなたーっ!!」


 今度は邪魔も入らずに1回戦健全な夫婦の営みが始められたようだ。 


 その夜は抜かずの2回戦をタモツが行い大いに夫婦2人は満足して寝たとか何とか……


 こうして、タモツにも報告を済ませて来週にはSランクダンジョンに向かう事となったカオリ。今回は攻略するのが目的ではない為に気軽に行って帰ってくるつもりでいたのだが、そう出来なくなりそうな予兆がカオリの近辺では起こっているのをまだ誰も気がついていなかった……


 翌朝、子供たちを送り出しタモツを起こしてからカオリはDランクダンジョンに向かった。

 そのダンジョンでは奇跡の義手や義足が手に入るので、探索者協会が探索者たちに探索を推奨しているダンジョンでもある。


 カオリもD級となったのでこのダンジョンで奇跡の義手、義足を手に入れて買取窓口に持っていくつもりなのだ。買取価格は義手、義足ともに一つ1000円である。それを探索者協会から各病院に1100円で卸し、必要な人に一つ2000円で販売するのだ。

 産まれつき手足が不自由な人たちは医療技術の進んだ現代といえども数多くいて、予約が殺到している。そんな人たちの助けになるようにカオリは今回のダンジョンを探索する事にしていた。


 そんなカオリの後方、凡そ100メートル後ろに不審な者たちが3人いる事にカオリは気がついてなかった。


 Dランクダンジョンにカオリが入ったのを確認してから3人の不審者は何処かに電話をしている。そして、そのまま動かずにいると更に不審者の数が増えた。総勢8名となった男たちはカオリの入ったDランクダンジョンへと静かに入っていくのだった……


 


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