第34話 覚醒の吸血姫

 覚醒かくせいした瞬間、イツキがどこで何をしているかを把握しました。


 私への攻撃がハートに防がれていると理解したイツキは、私が血を吸っている間に行動を起こしていたのです。

 私を守護する、人間の盾を壊すために。


 すでにイツキは、ハートを殺す準備ができていた。

 私が《血全覚醒ブラッドアラウザル》で全身から紅色の魔力を放出した時、イツキはハートの真後ろで『魂吸創剣スリピットメイクソード』を振りかぶっている時でした。


 ハートが殺される!

 いや、それだけじゃない。

 『魂吸創剣スリピットメイクソード』で斬られたら、ハートの魂が奪われてしまう!



「させないわッ!」


 ハートを守るように、腕で『魂吸創剣スリピットメイクソード』を防ぎます。


「素手で俺様の攻撃を防いだだと!?」


「魂を奪う聖剣……こんなものがあるから、いけないのよ」


 この剣に斬られた相手は、魂ごとイツキに縛られてしまう。

 魔王フェルムイジュルクもその一人。

 いまみんな、楽にしてあげるから。



くだけなさい!」


 全力で『魂吸創剣スリピットメイクソード』を握りつぶす。

 それだけで、聖剣は壊れてしまいました。

 いまの私に、できないことはない。



「俺様の『魂吸創剣スリピットメイクソード』をよくも……! だが、これは防げまい!」


 イツキが溶岩剣で、私の心臓を貫こうとしていました。

 あれはさっき、『魂吸創剣スリピットメイクソード』で作っていた溶岩剣。

 まだ武器があったのを失念していた。


 しかも、どういうわけか私の腕が動かない。

 いったいどうして!?



「う、腕が……聖剣に飲み込まれて……!」


 『魂吸創剣スリピットメイクソード』の最後の悪あがきだったのでしょう。

 私を道連れにしようと、封印石の中に引きずり込もうとしていました。


 いまの私なら、1000年前のように封印されることはない。

 でも、一瞬、動きが止まってしまった。


 そのすきを、イツキは逃がさない。



「死ねぇえええ、テレネシアぁああああああ!!」


 溶岩剣が私の心臓を貫く。

 そう思ったけど、私の体は無事でした。

 代わりに、温かい何かが私の顔に吹きかかります。


「え、これは……血?」


「テレネシア様、いま、ですぅ…………」


 ハートが私に、前から抱き付いてきました。

 でも、それは友愛の行動ではない。

 私を守るための、行動だったのです。


「このクソ女め、よくも俺様を邪魔したなぁああ!!!」


 ハートが私の盾となり、溶岩剣を防いだのだ。

 自らの体を犠牲にして。

 攻撃を防がれたことに動揺どうようしたイツキに、わずかな隙が生まれている。


 ハート、ありがとう。


 あなたが作ったこのチャンスを、絶対に無駄にはしない!



「どうやら死ぬのはイツキ、あなたのほうね」


「グハッ……」


 イツキの首に、手刀を突き刺しました。

 でも、まだです。

 魔王となったイツキは、これくらいの攻撃では死なない。


魂吸創剣スリピットメイクソード』によって最強の体を手に入れたイツキは、たとえ首を断ちきっても蘇るでしょう。

 だから、二度と起き上がれないようにすればいい。



 ──《血全奪吸収ブラッドアブゾーブ



 相手の体内の血を、全て奪い取る。

 対象となる人間の血管を直接触っていないと使えないけど、その代わり効果は絶大です。


 なぜなら人間などの動物は、血がないと生きていけないのだから。



「おお、俺様の、血が…………か、かえせぇ」


 イツキの体がしぼんでいきます。

 急激に減少する血液によって、体がからびているのだ。


「もう、やめてく、れぇ……あやまる、から」


「世界を滅ぼそうとしていた人間が、立場が変われば命乞いをするなんて図々ずうずうしいわね」



 血の吸引が完了する。

血全覚醒ブラッドアラウザル》で私が覚醒状態なこともあり、イツキは一瞬のうちにミイラになってしまいました。


「安心しなさい、殺しはしません」


 私は砕け散った『魂吸創剣スリピットメイクソード』から、封印石を取り出します。

 自分の魔力を強引に注ぎ込み、封印石の支配権を奪い取る。


「まずは妹を返してもらいます」


 封印石から、銀髪の少女が解放されました。

 気絶しているみたいだけど、トロメアは無事のようです。



「これで封印石に空きができたわ。後悔してるなら、この中で1000年間反省することね」


「や、やめ、ろぉ……」


 イツキが封印石に飲み込まれます。

 そして、完全に姿を消しました。


「私もこうやって封印されたのね」


 私ですら、内部から封印を破ることはできなかった。

 しかもイツキの血液は無くなり、ミイラ状態のまま動けないはず。

 これでイツキが外に出ることは二度とない。



 脅威はすべて去った。

 妹も取り返した。


 でも、まだすべて終わりではない。


「ハート!」


 倒れていたハートに駆け寄ります。

 私をかばったせいで、胸に大きな穴があいていました。



「う、うそ、でしょう…………」


 ──心臓が、止まっている。


 すでにハートの体は、冷たくなり始めていました。

 死んだ者は、私の《血肉再生ブラッドリジェネレート》でも治らない。



「でも、やってみないと、わからないじゃない!」


 ──《血肉再生ブラッドリジェネレート


 ハートの体から流れ出た血を媒介に、彼女の心臓を再生させる。

 これで胸に空いた穴は、すべて修復できた。

 あとは息を吹き返すだけ。



「どうして、目を覚まさないの!」


 いくら待っても、ハートが目を開けることはありませんでした。

 それはハートが、すでに死んでいたから。

 こんなに綺麗な顔をしているのに……。


 床に小さな染みが生まれます。

 もしかして私、泣いているの?



「テレネシア様、無駄ですよ……」


 誰かが、私の肩に手を置いた。

 振り返ると、ドルネディアスが立っていました。

 いつの間にか、意識を取り戻していたみたい。


「残念ですが、その子はもう…………」


 言いたいことはわかる。

 ハートはもう、死んでいるのだ。


 でも、諦めない。

 たしかにハートの心臓は止まっている。

 けれども、それだけです。

 体は再生したから、あとは息を吹き返すだけ。



 死んだ者を生き返らせる魔法は存在しない。

 それはわかっている。


 だけどこの世の中には、不死に近い生物は存在している。


 その一つが、ヴァンパイア。


 太陽の光という弱点はあるけど、他は首を断たれるか心臓を潰されるでもしないと死なない不死の生物。

 そしてハートの心臓は復活している。


 つまり、ヴァンパイアであれば、よみがることができる!



「この技を使うのは、本当に久しぶりね」



 これを使うつもりは、もう二度とないと思っていた。

 なぜなら私に、大きな責任が生まれるから。

 一人の人間の人生を、大きく変えてしまうほどの力。


 それでも、いまは使うしかない。

 ハートを生き返らせるために、ヴァンパイアの王族にしか使えない秘技を使う!



 ──《血鬼眷属化ブラッドデペンデント》!



 ハートの右のまぶたから、紅色の光がれます。

 そして、ハートの体が内側から変化する。


 ──ドクン、ドクン。


 心臓の鼓動が、聞こえる。

 ハートの心臓が、動き出したのです!



「けほっけほっ…………あれ、あたし、死んだんじゃなかったっけ……?」


「良かった!」


 目を覚ましたハートに抱きつきます。

 イチかバチかだと思ったけど、成功して本当に良かった。



 ハートが生き返ったことに喜んでいる私とは対照的に、ドルネディアスは驚愕きょうがくの声をあげます。


「ひ、人が生き返った……まさか蘇生魔法!?」


「…………え?」


「間違いない、まさか神話の魔法を再現するなんて信じられないが、他に説明できない…………テレネシア様は女神にしか使えない《神聖死者蘇生セイクリットリリサシテイション》を使われたのだ!」




 え、違いますけど!?

 そんな魔法、知らないのだけど!


「奇跡だ、神の御業みわざだ!」


 どうせ経典に載っているだけで、誰も使えない神話の魔法でしょう。

 でも、いまはそういうことにしておきます。

 人間として生きていた、ハートのために。



「テレネシア様、あたしはどうやって生き返ったのでしょうか?」


「ああ、それはね…………」


 

 ドルネディアスは国王の側に移動した。

 いまなら、誰にも知られることはない。

 

 ハートの口元に手を差し伸べる。

 彼女の歯には、牙のような鋭利な犬歯が生えていました。



「ごめんなさい。こうすることしか、あなたを救うことができなかったの」


「まさかあたしも、ヴァンパイアに………」



 ヴァンパイアは普通、どうやって増えるか。

 子供を産んで増やすこともできるけど、それ以外にも方法がある。


 それは、人間をヴァンパイアにすることです。

 ヴァンパイアの王族である吸血姫の私だからこそできる能力。


 その条件は、人間に私の血を流し込むこと。


 これまで私はたくさんの人間を助けて、血を飲んできた。

 でも自分の血をその人間に流し込んだことは、ほとんどない。

 最近では、ハートくらいです。


 では、私がいつハートに血を送り込んだか?

 答えは、ハートの右目にある。


 ハートの右目は、私の血を媒介にして作り上げた。

 つまりハートの右目は、私の血そのものなの。

 だから眷属化が使えたのだ。



 死んだあとに眷属化できるとは、思わなかったけどね。

 覚醒状態だったおかげで、不可能を可能にできたのかも。


 その代わり、ハートをヴァンパイアにしてしまった。

 永久に生きる、魔族にしてしまったのです。



「あたし、嬉しいです……」


 ハートがあたしの手に、自分の手を重ねます。

 人間じゃなくなったことで、嫌味を言われると思っていた。

 なぜヴァンパイアにしたんだと。


 けれども、違いました。



「テレネシア様と同じ存在になれて、嬉しいです…………あたしをヴァンパイアにしてくれて、ありがとうございます」



 ハートが私の体を、強く抱きしめてきます。

 少女にしては、あまりにも強い力で。



 ハートはヴァンパイアになっても、私を拒絶しなかった。

 それがなによりも、嬉しい。



「あなたは私のメイドなのよ。これからずっと、一緒に過ごすんだからね……覚悟しなさい」



 こうして私のメイドは、ヴァンパイアになった。



 そして、月日は流れます。

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