第21話 魔王の使徒

 王都の中心で、魔王の使徒が暴れている。


 近隣の住民は逃げたようで、ここにいるのは私と兵士たちだけ。

 でも、ただの兵士には荷が重すぎる。


 いまも、魔王の使徒によって殺されそうになっているのだから。



「そこの兵士たち、逃げなさい!」


 ──《血破剣ブラッドブレイク


 兵士を襲っていた使徒の腕を、魔剣で防ぎました。

 その隙に、兵士たちを遠くへと逃がす。



「ここは私に任せて、あなたたちは住民の避難を誘導しなさい!」


 私がそう言っても、兵士たちはその場を離れようとしません。

 勇敢ゆうかんなのは良いけど、無謀と勇気をはき違えてはダメ。



「俺たちは兵士です。住民を置いて逃げるわけにはいかない」

「おい見ろ、銀髪の美女で、水操魔法の魔剣を使う女……もしかしてテレネシア様じゃないか?」

「あの伝説の『封印の聖女』の!?」


 どうやら私の正体が誰だかわかったみたい。

 こうなれば、話は早い。



「魔王と比べたら、あんな怪物は私一人で問題ありません。それよりも、あなたたちは民を助けなさい!」


「「「かしこまりました!」」」



 『封印の聖女』という肩書は、想像以上のものでした。

 兵士たちが、まるで将軍を前にした時のように従順に命令を聞いてくれます。


 おかげでこの場にいるのは、私一人になった。


 これなら、周囲を気にせずに魔王の使徒をほうることができる。



「まずはボロス。あなたです!


「テレネシア様、そうです。俺もろとも攻撃してください!」



 なにを勘違いしたのか、ボロスは自分ごと攻撃しろと叫んでいる。

 そんなこと、私がするはずないのに。



 ──《血大槌ブラッドハンマー


 血でできたハンマーを作ります。

 そして魔王の使徒の口めがけて、振りかぶりました。



「ボロス、頭を下げなさい!」



 魔王の使徒の歯に挟まっていたボロスは、体を縮める。

 私は大きく開いた使徒の口に、ハンマーを叩き込みました。



「グルラァアアアアアアアッ!!」


 人体の弱点の一つである、歯。

 それらをハンマーでくだいたのだ。

 いくら魔王の使徒とはいえ、痛みを感じるはず。


 私の攻撃によってひるんでいるすきに、動けなくなっていたボロスを救助します。


 少し離れた建物の影まで運んで、ボロスの体を確認します。

 何か所もある大きな傷も酷いけど、なによりも目に余るのは火傷のあとです。


 溶岩ようがんが溢れ出さす岩のゴーレムとなった魔王の使徒に、ずっとへばりついていたのだ。

 こうなるのは仕方のないことです。


「お、俺は、もう、だめ、だぁ…………」


「安心しなさい。私を誰だと思っているの?」



 ──《血肉再生ブラッドリジェネレート



 これでボロスは大丈夫。

 あと少し助けるのが遅れていたら、熱に焼かれて死んでいたでしょう。



「ケホッケホッ…………なぜ、俺を助けた!?」



 傷が癒えたボロスが、起き上がりながらそんなことを尋ねてきます。

 まったく、つまらない質問です。



「敵だろうと、私の目の前で誰かが死ぬのは嫌なのよ」



 1000年前に、嫌というほど見たのだから。


 あんな酷い世界は、もう二度と目にしたくはない。

 だから私は、魔王を討伐しようとすべてを捧げたのだから。



「ボロス、あなたは住民の避難を優先しなさい。魔王の使徒は私がやります」


「む、無茶です! いくらテレネシア様でも、あんな化け物は人間じゃ勝てません」


「忘れたの? 私は人間じゃなくて、ヴァンパイアなのよ」


 ボロスを置いて、魔王の使徒の元へと向かいます。

 でも、その前に。



「私がヴァンパイアだってことは、秘密にしてちょうだいね」



 ボロスにかけた《魅了チャーム》は、すでに解除されている。

 だからボロスが口を割れば、私の正体は明らかになってしまいます。


 それでも私は、ボロスを殺すつもりはない。


 人間は、あやまちを起こすもの。

 だから、一度くらいは改心する機会をあげてもいいと思うから。



「承知いたしました。テレネシア様、ご無事で」



 ボロスが闇に消えます。

 どうやら私の言うことを聞いてくれるつもりみたい。


 暗殺者ではあるけど、悪い男ではないのかも。



「さてと、待たせたわね」



 街を焼き尽くす、魔王の使徒を見上げます。


 この魔王の使徒は、溶岩のゴーレムのような形状をしている。

 つまり、生半可なまはんかな攻撃は、溶岩によって防がれてしまう。



 なら、どうするか。

 溶岩の皮膚すらも破壊する、強烈な一撃を入れればいい。



 ──《血死鎌ブラッドデスサイス



 血を媒介にして、巨大な鎌を作り出します。


 これはただの鎌ではありません。

 私の血を濃縮させた、特別性の鎌です。


血死鎌ブラッドデスサイス》が脅威に映ったのでしょう、魔王の使徒が大きく口を開けて、咆哮を放ちます。



「ギギュァアアアアアアアアッ!」



 灼熱の光線が、魔王の使徒から発射されました。

 轟音と共に周囲の景色が焼け焦げていき、辺り一帯が包まれました。



 ──《血日傘ブラッドパラソル》!



 その光線を、私は血の傘で受け流します。

 空へと弾き飛ばせば、被害は最小限に抑えられる。


 その代わり、防御するのにかなりの魔力を消費してしまった。

 次で決めないと、後がない。



「ニコラス王子、すぐに楽にしてあげますよ」



 血の大鎌を回転させながら、魔力をり上げる。

 魔王の使徒に向けて鎌を横にぎ払います。


 ──《血破一閃ブラッドバースト》!


 鎌が通り過ぎた場所の空間が、割れました。

 その座標ごと破壊する、私の渾身の一撃です。



「グルラァアアアアアア…………」



 体を真っ二つに切られた魔王の使徒が、倒れていく。

 同時に、先ほどまで燃え盛っていた体の炎が消えていきました。


「オレハ、王子ナノニ、ナンデコンナ、化ケ物ニ……タ、助ケテ……」



 使徒の体は、ずみのように跡形もなくなりました。

 風が吹くたびに、魔王の使徒だった粒子は夜空へと舞い上がっていく。



「ニコラス王子、安らかに眠りなさい」



 最近、教会で覚えたばかりの言葉を口にします。

 人間にとって、これが死者への手向たむけのことばらしいから。


 聖女のように祈りを捧げてから、辺りを見渡します。



 王都を蹂躙じゅうりんした魔王の使徒は、退治した。

 それなのに、街はまだ災害の最中。


 とはいえ、魔力はもうほとんどありません。

 せっかく回復したけど、使徒を倒すのにすべて使ってしまったから。



 でも、そんなことは関係ない。

 一人でも多くの人間を助けるため、私も救助活動に参加しないと!



「ククク、使徒を倒すとはさすがはテレネシア。朕が認めた女だ」



 瓦礫がれきの影から、一人の男が現れる。


 なぜか小柄になっているが、その姿は間違いない。

 魔王フェルムイジュルクだ。



「1000年ぶりだな、テレネシア」


「魔王、二度と会いたくなかったけど、会えて嬉しいわ」


「なんだ、ついに朕の妻になる覚悟ができたのか。さあ、愛しい妻よ、こっちにおいで」


「黙りなさい! あなたはまた、罪を犯したわ……!」



 高貴なる者は、民の幸せを願わなければならない。

 それなのに、魔王は世界を滅ぼそうとする。


 だから、許せない。



「再会できたのなら、同じことを繰り返すまでよ。1000年前のように、私がお前を倒す!」

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