第17話 暗殺ギルドのボスは顔見知り

 護衛騎士バルクの正体は、暗殺者でした。


 バルクは私の心臓に剣を突き刺しながら、無表情のまま口を開きます。



「いくら回復のエキスパートである聖女とはいえ、心臓を突き刺せば死ぬ」


「その魔法、《二重影体ドッペルゲンガー》ね。攻撃された時、あなたの手が二重に見えたわ」


 ボロスが使ったのは、自分の体を分身させることのできる高等魔法です。

 私に紙を見せる本体を陽動にして、自分の背後に作った分身で私を刺したのだ。



「さすがの私でも、初見でそれを避けるのは難しいわね」



 胸に突き刺さった剣を見ながら、他人事のように呟きます。

 バルクの技は、賞賛しょうさんするにあたいする剣技でした。

 まさか相手の体が、いきなり二つに分かれるとは思ってもいなかったから。



「バルク、あなたって実は強かったのね」


「俺の本当の名前はボロス。S級暗殺者ギルドのボス、ボロスだ」



 私が死ぬと確信しているのでしょう。

 いつもよりも饒舌じょうぜつになっています。


 でも、おかげでわかりました。

 先ほどの黒装束たちは、彼の部下だったのだ。

 そしてこの男は、S級暗殺者ギルドのボス。


 とはいえ、S級暗殺者ギルドのボスがどんなものなのか、私にはわからない。

 だって私は1000年前のことしか詳しくないんだから。



「ボロスというのですね。だけど、心臓を突き刺したくらいで、私が死ぬと思ったら大間違いですよ」


 普通のヴァンパイアであれば、これで即死だったことでしょう。

 でも、私は1000年前に最強の吸血姫と恐れられたヴァンパイアです。

 これくらいで殺されるようなら、魔王を倒す前にとっくに死んでいた。


「残念だけど、私を殺すには不十分だったみたい」


「なぜまだ生きている!? ま、まさか、心臓を刺された瞬間から、《神聖完全再生セイクリットリジェネレート》を発動していたのか!?」


 え、《神聖完全再生セイクリットリジェネレート》?


 またそれですか。

 私は今回、何もしていないのにね。



「恐れ入ったぞ、聖女テレネシア。さすがは伝説の『封印の聖女』、こんなに殺しがいのある相手は久しぶりだ」


 私の胸を突き刺さしたまま、ボロスがニヤリと笑みを浮かべる。

 そうして、ピクリと彼の腕が動いた。


 目にもとまらぬ、高速の突きが再び私を貫きます。


「俺のこの愛剣はただの剣ではない。規格外の神器チートアイテムだ」


 女神が人類に送ったという、規格外の神器チートアイテム

 まさか、その短剣もそうなの?



「この短剣の名前は『絶死の三連突剣トライデスダガー』。三度突き刺せば、必ず相手は死ぬ特殊能力が付与されている」



 私はすでに、二回刺されています。


 つまり、あと一度でも刺されたら、即死するということ。

 それが本当なら、いくら吸血姫の私でも命はないかも。



「これで最期だ…………死ね、テレネシアッ!」



 ボロスの短剣が、私の胸に突き刺さります。


 これで三度目の攻撃。

 つまり、当たれば私は即死──そう、当たれば。



「な、なんだそれ、何が起こったんだ!?」



 ボロスが慌てています。

 なぜなら私の体に短剣が刺さらずに、そのまますり抜けたからです。



「体が赤い霧に……お前、いったい何者だ!?」



 一時的に体を血の霧に変化させる吸血姫の魔法。


 ──《血霧体ブラッドミスト


 いまの私には、物理攻撃は効かない。

 なぜならこの体は、すべて血の霧に変化している。


 血霧によって、ボロスの短剣は無効化しました。

 実は最初のひと突き目から、《血霧体ブラッドミスト》を使用していたの。


 だから私は無傷です。

 残念でしたね。



「人間にしては強いけど、相手が悪かったみたいですね」


 霧の体のまま、ボロスの背後に移動しました。

 そのまま彼の体を、血霧で拘束します。



「う、動けない…………《二重影体ドッペルゲンガー》ごと俺を捕まえたとでもいうのか!?」



二重影体ドッペルゲンガー》を使って、逃げるつもりだったのでしょう。

 あなたの考えることはお見通しです。

 逃がしませんよ。


 下半身を霧の状態にしたまま、上半身を実体化させて元に戻します。

 これで顔を見ながら話ができる。



「よくもこの俺を……だが、なんだこの匂いは。もしかして、血か?」


「さすがは暗殺者の親玉。血の匂いは嗅ぎなれていたみたいね」


「なぜ聖女が血を操る? しかも霧になるなんて聞いたことがない」



 もしかしたら、ヴァンパイアの仲間はこの時代にはいないのかもしれない。

 これほどの実力者が、ヴァンパイアの秘技を何も知らないのだから。


 もう同族はいないのかもしれないと思うと、心臓が締め付けられるように苦しくなる。

 この寂しい気持ちを、捕まえている敵に向けて発散することにました。



「その短剣は危ないから、渡してもらいますよ」


 『絶死の三連突剣トライデスダガー』を奪い取ります。

 これは私を殺すことができる武器。

 悪用されないよう、預からせてもらいます。



「さて、あなたの命があとどれだけ続くかは、私の気分次第です。この意味がおわかりかしら?」



 獲物を見定めるように微笑します。

 1000年ぶりの血がたかぶる戦闘のせいで、油断していました。

 つい、見せてしまったのです。



「なんだその牙は。まるで伝承に出てくるヴァンパイアのよう…………ま、まさか!?」


「あら、やっと気がついたの」


「う、ウソだ! ヴァンパイアは転生者によって絶滅したはずなのに!」



 やはりヴァンパイアが絶滅していたのね。

 それは知りたくはなかった。


 私は1000年間封印されていせいで、最後のヴァンパイアになってしまったのだ。

 


「な、なんで聖女がヴァンパイアに? いや、まさか『封印の聖女』が、元々ヴァンパイアだったのか!?」


 かなり混乱しているみたい。

 歴史上の英雄が、実は人間ではなかったと知ったら、そりゃビックリするかもね。



「クスッ、私の正体を知ってしまったのなら、教えてあげましょう。私の名前はテレネシア・ヴラドツェッペリン、誇り高きヴァンパイアの王族です」



 そう微笑みかけながら名乗りを上げました。

 震えるボロスを安心させるため、彼の耳元で優しくささやきます。



「か弱い人間さん。あなたの血は、いったいどんな味なのかしら?」


 もちろんこれは、脅しです。

 私は敵の血を飲まない主義。

 飲むのは、命を助けて私に感謝してくれた人間だけなのだから。



「ま、まさか俺の血を、飲むのか!?」


えさを生かしたまま、死ぬまで血を飲むのが好きなの。あなたはどんな叫び声をあげてくれるの?」


 もちろん、それも嘘。

 ボロスを脅しているのには、理由があります。



「死にたくなければ、言いなさい。あなたはなぜ、教会に潜伏していたの?」



 護衛騎士バルクは、暗殺ギルドのボスだった。

 でも、そんな偶然ってある?


 たまたま教会に、暗殺ギルドのボスが潜伏していた。

 私でもわかる、さすがにそれはおかしい。


 なぜなら私を殺そうとニコラス王子が暗殺者を雇ったのは、ここ数日のはずだから。

 それなのに、護衛騎士バルクは私が封印から目覚めた日から教会にいた。


 きっと、私を殺すという目的以外にも何かあるのだ。



「あなたを雇ったのは誰? なぜ私を殺そうとしたの?」


「雇い主のことは裏切れない……それが暗殺ギルドの掟だ」



 どうやら教えてくれないみたい。

 それなら、無理やり口を割らせてもらおう。



「どうせ黒幕はニコラス王子なのだろうけど、この際はっきりとさせたいわ。だから、強制的に喋ってもらいます」



 特別なヴァンパイアである私は、《魅了チャーム》が使える。

 これに掛かった相手は、私の意のままの傀儡くぐつになるのだ。


 ボロスと目を合わせる。

 そして、《魅了チャーム》をかけようとした瞬間──ボロスが血を吐きました。



「まさか、自決じけつしたの?」



 口の中にあらかじめ毒を用意していたのでしょう。

 任務失敗とともに、秘密をらさないよう自害する。

 この男が暗殺者として一流だということを、再認識してしまいました。


 服毒した毒素が全身を回るのには、まだ数秒かかるはず。



「何も言わないまま、死なせないわよ……!」



 私はボロスの口に、自分の血を流し込みます。



 ──《血浄化ブラッドピュリフィケーション》!



 血を媒介として、体内の毒素を分解し、浄化します。



「私の前で勝手に死のうなんて、1000年早いわ」




 これでボロスは毒死からまぬがれた。


 だから、教えてもらいましょうか。



 私を殺そうとした犯人の名前を。




 ────────────────────────

【あとがき】


 いつもお読みいただきありがとうございます。


 ここでご報告です。

 もしかしたら、今日は何度も連続更新をするかもしれません。

 更新強化日間です!


 どれくらい更新することになるかは、実際の更新にてお知らせいたします。

 どうぞよろしくお願いいたします。

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