第15話 《side:ニコラス王子》

「あの聖女め、王族であるこのオレをよくも侮辱してくれたな!」



 王城のとある室で、一人の男が机を叩いていた。


 彼の名前は、ニコラス王子。

 この神聖ウルガシア王国の第二王子だ。



「あの女、テレネシアといったな。封印だけが取り柄の骨董品の聖女に、勲章持ちのこのオレが負けるはずがない。あの時は油断しただけだッ!」


 ニコラスは近くにある物を手当たり次第、壁に投げつける 

 そうして物に当たったことで、冷静になった。


 そうだ、自分が聖女なんかに負けるはずがないのだと。


 伝承によれば、聖女は回復のエキスパート。

 戦闘力はほとんどなかったはず。



「それなのにオレをあそこまで追いつめるとは、聖女テレネシアは卑怯な真似をしたに違いない……あんなことをして許されると思うなよ!」



 ニコラスは街中で、部下とともに聖女テレネシアと遭遇した。


 最初は、一緒にいた顔見知りの孤児をいたぶってやるつもりだった。

 お気に入りの娼婦が死んでしまったから、ちょうど良いと思ったのだ。

 オモチャはすぐ壊れてしまう。

 その都度、ニコラスは新しいオモチャを仕入れていた。


 以前は顔を焼いて遊んだので、今度は腕を焼いてやろう。足を焼いて歩けなくするのも面白い。

 そうして陵辱して楽しんだ後は、ごみ捨て場に捨てればいい。


 そう考えていたのに、阻止されてしまった。

 

 あの孤児は、聖女のメイドになっていたからだ。

 そして、メイドを守るテレネシアに返り討ちにあってしまった。


 部下四人がやられただけでなく、王子本人も敗北してしまうなんていまだに信じられない。

 あの場でテレネシアに気絶させられたことで、王子の名誉は地に落ちた。


 そうしてニコラスの醜態しゅうたいは、王都中に響き渡ってしまった。

 このままでは、王族としてのプライドが許さない。



「だが、あの女は強い。真正面から戦っても、殺すのは難しいだろう」


 ニコラスは血の気が盛んだが、けっして愚かではない。

 王太子の地位をまだ授かってはいないものの、次期国王はニコラスで間違いないと思われるくらいには優秀であった。



「オレは軍人でもあるが、その前に王族だ。なにも王族が直接手を汚す必要なんかない……」


「だから殿下は、私をお呼びになったのでございますね」


 ニコラスの独り言に、応える人物がいた。

 いつの間にか黒装束の男が窓際に立っていたことに気が付き、ニコラスは驚いたように口を開ける。



「なんだ、ボロスか…………早かったな」


「殿下のお呼びとあれば、このボロス、いつどこにでも参上いたします」


 ここは厳重な警戒が日夜行われている王城の深部。

 それなのに、この男はいとも簡単に王子の部屋まで忍び込んだ。


「さすがは大陸に鳴り響く、S級暗殺ギルドのボスだ。オレでも気配が感じられなかったぞ」


 もしもこの男がニコラスを暗殺しに来ていれば、いま頃もう殺されていたはず。

 それほどの実力者。


 雇うのに高い金を払っているのは大変だが、それだけの価値がある。

 なにせこのボロスは大陸でも類を見ない最強の暗殺者だ。

 しかもS級暗殺ギルドには、他にも手練てだれの殺し屋がたくさんいるという。



「命令だ。教会にいる聖女テレネシアを殺せ」



 いくらあの聖女でも、S級暗殺ギルドには敵うまい。

 なにせこいつらから逃れられた者は、誰一人もいないのだから。



「教会となると、すでに殿下のご命令で手の者が多く潜んでいます。ですが聖女を殺すと本来の暗殺対象まで手が回らなくなるかもしれませんが、よろしいのですか?」


「聖女は《神聖完全再生セイクリットリジェネレート》が使えるらしい。嘘だと思っていたが、あの実力を見たら認めるしかないだろう」


「……ということは、《神聖完全再生セイクリットリジェネレート》をあの者に使われる前に、聖女を消すおつもりなのですね」



 オレがこの世で最も嫌う存在。

 その男が、教会にはいる。


 もしもあの男にかかっている呪いが、聖女の《神聖完全再生セイクリットリジェネレート》でかれるようなことがあれば、次期国王の座が危うくなる。



「ドルネディアスを殺すためにお前たちを雇ったが、むしろ幸運だったかもしれんな。なんだったら、聖女暗殺の責任を、ドルネディアスになすけてやろう」


 そうなれば一石二鳥だ。

 二人まとめてあの世に送ってやる。



「暗殺ギルドの名に懸けて、聖女テレネシアの暗殺を遂行いたします」


「油断するな、相手は1000年前の骨董品とはいえ、伝説の聖女だ。複数人で襲い、確実に殺せ」


「御意」


 その言葉と共に、ボロスの姿が煙のように消えていく。


 再び、部屋にはいるのはニコラス一人になっていた。



 ボロスがいったいどうやって部屋から出たのか、見当もつかない。

 やはり暗殺ギルドを雇ったのは正解だった。

 あれほどの腕を持った男を配下にできて、鼻が高い。


 この国で、S級暗殺ギルドのボスであるボロス以上の実力者など、ほとんどいないはず。


 しかも、ボロスたちは正面から戦うのではなく、暗殺が得意だ。

 どれだけの強者であろうとも、ボロスの手から逃れることは不可能。



 伝説の聖女とはいっても、ただの人間だ。

 いくらテレネシアとはいえ、無事では済まないはず。



「テレネシアめ、残念だったな。せっかく1000年振りに目覚めたのに、もう眠りにつくはめになんて」


 あの女が苦しむ姿を直接見れないことは残念だが、それでいい。

 殺した後に辱めを受けさせ、名誉と尊厳もろとも地に落としてやろう。



「聖女よ、ゆっくりと眠りにつくがいい。今度は二度と目が覚めることはないがな」



 今夜は酒が進む。


 月夜を眺めながら、ニコラスは不敵に笑った。




 ────────────────────────

【あとがき】


 いつもお読みいただきありがとうございます。


 今回はニコラス王子視点のお話でした。

 なにやら事件の予感です……!

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