第11話 ニコラス王子へのお仕置き

 王子ニコラス。

 あなたは私を、怒らせました。


 私のメイド──ハートを傷つけたことを、後悔させてあげます。



「この時代の人間の力がどれほどのものか、試させてもらいましょう」



 私がニコラスに笑みを向けると、彼は憤怒ふんぬの形相に変わりました。

 王族なのだから、もう少し平然とすることを覚えないといけませんよ。


「もはや聖女だとしても許せん。お前たち、死なないように痛めつけてやれ」


 王子が命令を下し、背後に控えていた軍人たちがこちらに進んできます。

 部下に任せるのはいいけど、無駄です。


 抜刀しながらこちらに突進してくる軍人二人を、日傘でいなしました。

 体勢を崩した相手の首に、手刀を叩きつけます。


「ぐはっ」

「うぅ……」


 バタリと、二人の軍人が道に倒れた。

 こんなものね。



「もう少し歯ごたえのある相手は、いないのかしら?」


 残る軍人二人に、目を向ける。

 すると彼らは、見たことのない細長い筒のような物を向けてきた。


「そんな物を出して、何をするつもり?」


「こいつ、魔銃を知らないのか? 早く撃ってしまえ!」


 王子の命令で、軍人たちがつつについている引き金のようなものを動かす。

 すると、破裂音とともに何かが飛んできた。



「……危ないわね」


 完全に避けきれなかったせいで、ほほから血が出てしまった。

 あの筒の穴から、鉄の塊が飛んできたみたい。


 なるほど、これが魔銃。

 教会の本に書いてあった、転生者がもたらした新兵器の一つね。


 避けるのは難しくないけど、かなりの威力。

 当たれば、ただでは済まないでしょう。


「あの女、魔弾を避けたぞ?」

「信じられない……」


 軍人たちが驚くように私を見ている。

 その隙に、私は後方を確認します。


 良かった、ハートや周囲の通行人には当たらなかったみたい。

 こんな危ない物を、街中で使うなんてどうかしている。

 王子としての自覚がないにもほどがあるわね。



「ぐ、偶然だ! 魔銃を避る人間などいるはずない!」


 うろたえる王子が、部下たちに次の発射を命令する。

 でも、遅い。


「弾も小さいし、発射角度がわかれば避けるのは簡単ね」


 魔弾を避けながら、軍人たちのふところに入り込む。

 続けざまに二人の首に、手刀をお見舞いしてあげました。


「これで部下は全員倒したわ」


 あとは王子、あなただけです。



「このあま、そいつらを倒したくらいで調子に乗るなよ……これを見ろ!」



 どういうわけか、王子は胸についている勲章くんしょうを見せびらかせてきました。

 ピカピカと光っていて、立派に作られているわね。


「この銀十字勲章は、帝国との戦争で手に入れたものだ。オレが敵兵を一人で200人倒した功績としてな」


「それ、ここで自慢する必要があるの?」


「こ、こいつ……殺してやるッ!」



 王子がこちらに手のひらを向けてきました。

 この殺気、どうやら本気のようです。



「《火炎龍牙フレイムファング》!」



 ドラゴンの頭をした火炎魔法。

 上級火炎魔法が使えるとは、思ったよりやるみたい。

 人間相手であれば、骨まで燃え尽きるような即死の魔法です。


 でも、その威力では1000年前の激動の時代を生きた私には通じない。



「えいっ!」



 日傘を大きく振りかぶる。

 音速で放たれた日傘により、風による衝撃破の壁を作り出しました。


 魔法の炎だろうと、それ以上の風をぶつければ雲散うんさんしてしまうもの。

 最強の吸血姫であるこの私を、舐めないでもらいたい。



「あら、日傘が壊れちゃったわ。気に入っていたのに」


 王子に弁償してもらうことにしましょう。

 そう思っていると、王子が震えながらこちらを指さします。


「オレの火炎龍牙フレイムファングを防いだ……いや、それよりも、なんだいまのは!」


「なにって、大したことはしていないのだけど」


「う、嘘だ! だっていまのは、どう見ても《神聖風壁セイクリッドウィンドウォール》……1000年前の聖女のくせに、絶対防御まで使えるのか!」



 ──《神聖風壁セイクリッドウィンドウォール》?


 なにか誤解をしているみたい。

 私はただ、日傘で風を起こしただけなのに。



「この女、まさか本当に神聖魔法が使えるのか!? 1000年前の、旧時代の人間のくせに!」


 たしかに私は1000年前の住人だけど、旧時代の人間ってわけではないの。

 だって私は、ヴァンパイアなんだから。



「おっといけないわね。壊れた日傘の代わりを作らないと」


 ──《血日傘ブラッドパラソル》。


 ほほから流れる血を使って、血の日傘を作り出しました。

 これで日光対策は万全です。



「お前、水操魔法まで使えるのか。まさかトマトジュースで傘を作るなんて」



 いつの間にか、地面には赤い液体がこぼれていました。

 この騒動が原因で、お店に飾ってあったトマトジュースの瓶が割れてしまったようです。

 そのせいで、トマトジュースで日傘を創造したと勘違いしたのでしょう。



「まだ来店できていないのに、お店に迷惑をかけてしまったわ。そんなことをした悪い子には、お仕置きをしないとね」


「く、来るなっ!」


 王子が《火炎龍牙フレイムファング》を連発してきます。

 私はゆっくりと近づきながら、《血日傘ブラッドパラソル》で風を起こして炎をすべて吹き消していきました。


 そうしてニコラス王子の前までたどり着くと、彼の右腕をつかみます。

 発動しかけていた《火炎龍牙フレイムファング》の炎だけが、彼の右手にとどまりました。



「ハートが味わった痛みを、自分でも受けてみることね」


「う、動かない……女のくせに、なんて力だ」


 王子の右腕を強引に動かし、彼の顔に近付けました。

 広げた手のひらを握れば、発動した魔法は解除される。

 でも、私がそれを許さない。



「や、やめろっ……近づけるな!」


「いまからハートに謝罪してくれれば、やめてあげてもいいけど?」


「王族であるオレが、汚い娼婦の娘なんかに謝るわけないだろう!」


「そう。なら、死になさい」



 王子の手のひらを、自身の顔へと近づける。

 彼の頬に、炎が触れた。



「や、やめろぉおおおお!!」


「…………なーんてね」



 人間の顔を焼くなんて、そんなこと私がするはずがない。

 いくら相手が悪人でもね。


 こいつがハートを殺していれば、躊躇ためらうことはなかったけど。



「これでわかったかしら。悪いことをしたのだから、きちんと謝って反省することね」



 手を離すと、バタリと王子が地面に倒れた。

 

 驚くことに、なんと王子は気絶していたのです。

 これくらいのことで失禁してしまうなんて、王族として恥ずかしい男ですね。



 通行人の邪魔にならないように、王子と軍人たちを道の端っこに退けるべきか悩んでいると、人垣ひとがきの向こうから見回りの兵士たちが現れました。

 魔法を使ってこれだけの騒動をしたのだから、無理もない。



 兵士は倒れている王子を見ると、私に槍を向けてきた。

 どうやら私を、王子襲撃の犯罪者だと思ったみたいね。



「ち、違います!」


 私と兵士の間に、ハートが割り込んで来た。

 涙でぐちゃぐちゃになった顔のまま、大きく叫びます。


「テレネシア様は、あたしを助けてくださったんです。これは正当防衛です!」


 ──ハート。


 私は良いメイドを持ちました。

 それがわかっただけで、今日は収穫があったというもの。


 ハートの頭を優しくポンポンとなでながら、私は兵士たちに向けて言い放ちます。



「私は聖女テレネシアです。私のメイドを傷つけるのであれば、たとえ王族でも容赦ようしゃはしません!」




 こうして私の名前は、1000年後の王都に鳴り響くことになります。



 でもまさか、この騒動によって民たちの信頼を得ることになるとは、夢にも思いませんでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る