第3話 戦える聖女だと勘違いされました

 私はヴァンパイアの王女。

 最強の吸血姫テレネシアとして、多く者から恐れられる存在だった。


 そのはずだったのに、なんでこんなことになっちゃったんだろう。



「聖女テレネシア様、万歳!」


 教会という建物の一角で、人間たちが私をたたえている。

 私のことを、聖女だと誤解しながら。


「あなたたち、誤解です。神聖魔法なんて私は知らないんだから」


「ということは、神聖魔法が何かわからないのに、無意識に使ってしまったということですか……て、天才だ!」


「そういう意味ではないのだけど、でも私が天才ということについてだけは、認めてあげてもいいでしょう」



 私はヴァンパイアの中でも、天才と呼ばれていた。

 博愛主義だったこともあり、仲間たちにはあまり馴染むことはできなかったけど。


 それにしてもこの男、大神官ドルネディアスといったかしら。良い目をしているわね。

 よく見たら、どことなく勇者の顔つきに似ている気がする。


「なんだか疲れたわ……食事にしたいわね」


 長いこと封印されていたからでしょう。

 紅血魔法を使ったこともあり、魔力が足りない。

 喉が渇いた。


「テレネシア様のお望みでしたら、最高級のお食事をご用意いたしましょう」


「いいえ、食べ物ではなく飲み物がいいわ。できれば、赤いアレ・・が欲しいのだけれど……」


「赤いアレ・・、でございますね。教会秘蔵のコレクションをお持ちしましょう」


 もしかして、赤いアレで伝わったのかしら。

 人間に血を保存しておく文化があるとは知らなかった。

 褒めてつかわすわ。



「こちら、30年ものの赤ワインでございます」


 ワイングラスに、赤色の液体がそそがれていく。


 違う、そっちじゃない!

 たしかに赤い飲み物だけど、今はお酒の気分では……。


 ──ゴクリ。


 でも久しぶりに、一口くらいなら悪くはないかも。


 見たところ、人間が作るワインも美味しそう。

 知らないうちに、人間の技術は向上していたみたい。

 ワインではこの飢えは満たされないけど、喉の渇きくらいなら癒えるでしょう。


 グラスのワインをくるくる回して、スワリングをする。

 うん、良い香りじゃないの。

 これはこれで、楽しみね。


「では、いただくとするわ」


 口を近づけた瞬間。


 何者かの咆哮ほうこうと破壊音が響くのと同時に、壁が崩れ落ちたのでした。



『グワォオオオオンッ!!』



 瓦礫がれきとなった壁の向こうから、一匹の魔物が現れました。

 その姿を見た神官の一人が、魔物を指さしながらこんなことを口にします。


「こいつです! 外で公爵令嬢を襲ったのは、この魔物です!」


 闇のオーラをまとった、巨大な狼のような化け物がこちらを見下ろしています。

 家よりも大きなその魔物の名前は、ヘルハウンド。


 でも、そんな魔物の出現よりも、大変なことが起きてしまった。

 壁が崩れたときに、驚いて手をすべらせてしまったのだ。


 ──ガチャン。


「あ、私のワインが…………」


 床に広がっていく赤色の液体を、静かに見つめます。

 この騒動のせいで、大神官が持ってきたワインボトルも砕け散っていました。


 さっきから喉が渇いているっていうのに。

 それなのに、この犬っころめ。

 よくも私のワインを!


「主人はどこにいるのかしら、礼儀がなっていないワンちゃんのようね」


「テレネシア様、お逃げください! ヘルハウンドにしては大きすぎる……こんなの見たことありません!」


「たしかにちょっと大きいけど、ワンちゃんには変わりないから平気よ」



 それにね、このヘルハウンド。

 さっきから、私のことしか見ていないの。


 どうやら目的は私のよう。

 私に反応して、建物を壊して会いに来たというところかしら。


 それにこの犬からは、魔王と同じ匂いがする。


 魔王の瘴気しょうきから生まれた魔物かもしれない。

 ということは、さっきの人間の少女の体を噛み千切ったのは、こいつということね。


 ヘルハウンドが大きく口を開く。

 このワンちゃんはただの大きい犬ではない、なんと火を吹くことができるのだ。


 灼熱の息吹が、ヘルハウンドの口から放たれる。

 どうしてやろうと考えていると、大神官ドルネディアスが私の肩をつかんで己の背中に隠した。



「《聖障壁ホーリーウォール》! テレネシア様、俺が時間を稼いでいるうちにお逃げください!」


 命がけの行動だったのでしょう。

 丁寧な口調だった若者の言葉が、ただの青年のようにくだけたものになっていた。


 この男が魔法を使えるとは思わなかった。

 人間とはいえ、私を守ろうとした行動は賞賛しょうさんあたいします。

 とはいえ、勝手な行動は許しません。


「ドルネディアス、守れと命じたつもりはなかったのだけど?」


「俺はこの教会の責任者です。だからみなの安全を守る義務がある……なので、早くここから逃げてくれると助かるのですが」



 誰かに守られたことなんて、いつ以来かしら。

 それが人間とはいえ、家族以外の異性の男性というのは、もしかしたら生まれて初めてのことかもしれない。


 別に人間に守られても嬉しくない。

 守られなくてもこれしきの攻撃、私には無力なのだから。


 それなのに、命をかけて私のことを守ろうとするなんて……。

 人間のすることは、よくわからない。

 だけど、これだけは理解できます。


 上の者が下の者を守るのは、当然のこと。

 その言葉には、強く共感できる。


 この男、ただの人間にしてはやるようね。

 大神官ドルネディアス、覚えておきましょう。



「だから、今度は私の番よ」


 か弱い人間を守るのは、高貴こうきな存在であるこの私の役目。

 あなたたちが私のためにワインを用意してくれたこと、忘れはしませんよ。



「どきなさい、ドルネディアス。この行儀の悪いワンちゃんに、しつけをしてあげないと」


「テレネシア様、無理です! 聖女は治癒に特化しているため、戦闘能力は低いというのに」


 あら、そうなの。

 でも、私には関係のないことなのよ。


 だって私、聖女じゃないんだから。



『グワォオオオオンッ!!』



 火の息吹が効かないとわかったヘルハウンドが、こちらに飛び掛かって来る。

 きっと私のことを、旨そうなえさだと思ったのでしょう。



 ──バクリ。


 私の体が、ヘルハウンドの口内に閉じ込められる。

 食べられてしまったみたい。


 でも、勘違いしないでちょうだい。

 これはわざと噛まれたの。


 ヘルハウンドの牙に裂かれた私の右腕から、真っ赤な血が流れています。

 これで、準備は整った。


 狩られるのはあたなのほうなのだということを、教えてあげましょう。



 ──《血破剣ブラッドブレイク


 自分の血を媒介にし、魔剣を創造する。

 振りかざすだけで、紅色の衝撃が走った。



「魔王のしもべとはいえ、こんなものね」



 音もなく地面に着地し、瞬時に魔剣を消し去ります。

 ヘルハウンドの頭が吹き飛んだからでしょう、周囲に血の雨が降りました。



 ──赤ワイン、飲みそこねちゃったわね。


 また用意してくれるかしら。

 でもそれも、もう無理みたい。



 頭から血を被った私を、大神官ドルネディアスが呆然ぼうぜんとしながら見つめている。

 ヘルハウンドの頭部が跡形もなく消し飛んでしまったことで、やっと悟ったのでしょう。


 聖女というのがどんな存在なのかは知らないけど、これほどの力を見せればさすがに気が付くはず。


 私が人間ではなく、吸血姫であるということを。



「テレネシア様はお強いのですね! さすがは伝説の聖女様。この大神官ドルネディアス、感服かんぷくいたいました!」



 逃げていた神官たちが戻って来る。


 そして、「聖女様が魔物を討伐されたぞ!」「さすがは伝説の封印の聖女様だ」「治癒だけでなく戦闘もできるなんて!」「聖女様、万歳ー!」


 と、私のことをあがめ始めた。



 ──なるほどね。


 やりすぎたと思ったけど、それがむしろ起爆剤になって「この人は凄いからなんでもできる」という先入観を植え付けてしまったみたい。

 そのせいで、余計に私のことを『聖女』だと強く認識してしまったようでした。



「どうしましょう……」



 私、聖女じゃなくて吸血姫なのに!



 どうやらさらに、誤解させてしまったみたいです。

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