おはよう滅亡、よろしく終末
空からは、灰色の雪が降り注いでいた。
重い瞼は、随分と長い間主人の許可なく、勝手に閉じられていたらしい。
知らない間に仰向けになっていた身体には、微熱を帯びたその雪が積み重なっていて、俺はそれを緩慢な動作で払い除けようとして、違和感に気づく。
利き腕である右腕が、なくなっている。
ああ、そういえば、勇者に斬り飛ばされたんだっけか。
代わりにあの丈夫な勇者のことは三回ぐらい殺した気がしたけれど、まだ生きているのだろうか。
結局、決着はついていない。
なぜなら、勇者と戦っている途中で世界規模の大噴火が起き、火砕流に飲み込まれてしまったからだ。
(というか、ここどこだ?)
慣れない左手で顔にかかった火山灰を叩き落として、上体を起こしてから、やっと俺は自分がいる場所が見知らぬ海辺だと知る。
おそらく、
この《ダーク・リ・サクリファイス》の世界には、ファストトラベル機能の役割として、魔力の異常濃集によって限定的な空間移動のようなものができるポイントがある。
おそらく、星の崩壊と共に、局所的な魔力嵐が至るところで発生してしまい、俺はそれに巻き込まれてしまったのだろう。
(つまり、ここは今、人類滅亡後の世界、ってことか)
おはよう滅亡、よろしく終末、って感じだ。
雪のように降り積もった火山灰のせいで、海も砂浜も一面灰色に染まっている。
海の瀬には死んだ魚が大量に打ち上げられていて、腐臭のようなものも鼻につく。
もう、この世界は、毒に満たされている。
すでに、世界は、終わってしまっていた。
(俺がまだ生きてるのは、魔王だからか。毒無効が、この人類を滅亡させた猛毒にも効いてるってわけだ)
ダーク・リ・サクリファイスには状態異常のシステムも存在していたが、魔王ギルオデオンには状態異常無効化のスキルがある。
わりと状態異常攻撃が役に立つゲームだったが、ラスボスには効かないというわけだ。
かなり難易度高めの死にゲーだったから、俺も何度魔王ギルオデオンに殺されたか覚えていない。
本来はエピローグ時点では魔王ギルオデオンは死んでいるため、この人類を滅亡させた猛毒も無効化できるのかは不明だった。
しかし、今俺が生きているということは、状態異常無効化のスキルは、この世界を終わらせた毒の灰と雨にも効くということだ。
(ってことは、可能性は、あるな。俺が仕込んでいた一つの保険が、意味をなした可能性が、ある)
人類滅亡後の世界。
正直、エピローグ後の世界で生き残れる可能性は、たとえ魔王だとしても低いと思っていた。
だが、事実、俺はまだ生きている。
ということは、彼女もまた魔力嵐に巻き込まれただけで、どこかで生きている可能性がある。
「……アリシアも、まだ生きているかもしれない」
“自刎の耳飾り”。
防御力が低下してしまう代わりに毒の無効化、という能力を宿した
念の為に、俺はそれをアリシアに身につけさせていた。
彼女には傷一つ付けさせるつもりはなかったから、防御力の低下なんてどうでも良かった。
俺にこの世界規模の猛毒が効いていないなら、システム的にアリシアの自刎の首飾りも効果を発揮しているはず。
期待はしていなかったが、保険が役に立った。
(問題は、どこにいるか、だな)
俺と同じように魔力嵐に飲み込まれたのだとしたら、どこに行ってしまっていてもおかしくない。
でも、全く心当たりがないわけじゃない。
俺とアリシアの間には、共通の思い出がある。
長い時間をかけて積み重ねてきた、二人の足跡を、もう一度なぞればいい。
誰のものでもない、二人だけの絆。
俺は、いや、俺たちは今から、日常を取り戻す。
空は暗く、海は灰色。
だが、俺の心はまだ、青く澄んでいる。
「思い出を、辿ろう」
きっと、君も俺と全く同じことを考えているはず。
だから、この思い出を辿る旅路の道先は、必ずどこかで交錯している。
小さな幸せを取り戻すには、まだ遅くない。
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