電波障害少年たち 微糖

@Talkstand_bungeibu

電波障害少年たち(テーマ:幻覚)

時間が止まればいい、という人は明日来る悲しみを知っている人だ。


暗い家に入る。

静かだ。何も聞こえない。

この時間が一番好きだ。

聞こえてくる言葉は、クッキー(柴犬)の(誰か来たか変なやつ来てないだろうな)というものと、郵便配達の(ねみーねみー帰ったら絶対すぐ寝る)というものぐらいだ。

テーブルの上にグラタンがあった。

チンして食べていると、母さんが後ろから声をかけた。

「外寒くなかった?」(ほんとに毎晩毎晩外へ出て何をやってるのか考えただけで虫唾が走るわ)

(寒くないよ)

母さんがニュースをつける。

「ほら、また近所で事件あったみたいよ。こんな時間に外に出ると危ないじゃないの」(智和に比べてこの子はろくに学校にも出ないでむしろ強盗か頭のおかしな犯人に刺されたらいいのよ)

(いつまで子供扱いするんだよ)

僕はグラタンを残し、自分の部屋へと戻る。

「あったかくして眠りなさいね」(人の作ったものを途中まで手をつけて残して本当に私の産んだ子なのかしらこの子は本当にこの)

僕は耳を閉じる。


連続強盗放火窃盗通り魔誘拐暴行事件は一昨年の9月からS市で依然として続いていた。

このふざけていながら真実の名前は各種事件が一件以上、そして現場で見つかったDNAが全て一緒である事から名付けられていた。

僕たちは自分たちの住む街でそんな事があったんだ、とか、よく通る道にセンセーショナルな曲を流すニュース番組を見ていまいち実感が湧かずにいた。


昼寝をすれば夜中に眠れないのはどういうわけだ、という曲があるがまったくその通りでどういうわけなのかわからない。

とりあえず外へ出よう。そうするしかない。

家を出るタイミングで智和に会った。智和はずっとノートパソコンに向けて取り憑かれたように文字を打ち続けていた。窓を閉め切りテレビもネットも見ずに内なる心に従って。エンターキーが削り取られないか心配になった。

「外行くならモンスター買ってきて」

「またパシリか」

「またって言うほど頼んでないだろ」

話してる間もこっちに顔も見せない。

「母さんみたいに心配しないのか?」

「ん?」

「一応兄貴だろ」

「16ならどうするかぐらい自分で考えれるだろ。一応信頼してるよ」

そうでもなかったが、そういうことにしておいた。

「こんどの話もおもしれぇぞ〜」

「オチだけ教えてよ」

「そんなもん用意してるわけないだろ」

「なんだそりゃ」

「書いてるうちにいつのまにか降ってくんだよ」


智和は北枕一富士という名前で高校在籍時に作家として「牡牛座の国境線」という作品を創作し、覆面作家として文壇デビューを果たしている。現実とリンクするような作風でありながら文章に魅力が欠けている、なんて評論を昔笑いながら話していたのを覚えている。


そりゃ母さんもああやって思うだろう。そりゃそうだ。

俺と智和はまるで違う。俺が辛口で智和は甘口。俺は視力が悪くて智和は2.0。

智和はお前は俺の弟なんだから、俺ぐらい得意なことが見つかると言った事がある。

でも、こんな物いらなかった。


僕が正確に耳を開いたのはまだ幼稚園の頃だ。

幼稚園児なんて思ったことと言う事は大して変わらない。好きなものは好きと言うし嫌いなものは嫌いという。そこに二律背反はない。

小学生の時から、段々と変化していった。

村田が何を考えているか。

木本がどう感じたか。

有川の好きな人は誰か。

それを感じ取る事で、僕の小学校時代の生活はかなり有意義に暮らせた。

何を求めてどう思っているかを理解して立ち振る舞えたからだ。

中学になり、僕はこの能力を呪った。

「ありがとう、助かった」(調子に乗るんなよ、馬鹿)

「昨日休んじゃったからノート見せて」(汗くさいけど気弱そうだから言うこと聞きそうだな)

「健全な中学生としての心は…」(女子中学生を犯したくて仕方がない)

窓を割るたびに、クラスメイトを殴る度に、表の愛想の良さと裏の声のギャップに苦しんだ。

母さんは心療内科に連れて行った。何個か病院を渡り歩き、僕の声は「幻聴」であるという診断を受けた。

僕にとってそれは途方もない屈辱だった。暴れる姿を見て母はあなたを殺して私も死ぬと言った。声は(こう言えばすぐに黙るだろう)と言っていた。智和は困ったような顔をしていた。

四度目の通院でテストをした結果、「幻聴」であると言う事がわかった。

自分は心拍音や瞳孔、目の動きから相手の事を想像し、それを言葉に当てはめる事を無意識のうちにしているらしかった。

だから自分が聞こえる「声」はいくら内容の是非に関わらずそれは幻聴なのだそうだ。


目が冴えたまま夜を歩く。

緑や青や場合によっては紫色に光る夜の街を歩いていくと、無限に続く(実際の意味での無限なのかは分からないが、17年の自分にとってのあまりに巨大な有限はもはや無限だろう)

宇宙を進むスペースシャトルはこんな風なのかと思う。

静かだ。何もない。

学校は自分にとっては真夏のロックフェスの真ん中のような環境だった。

その中で延々と数ⅠAを解き続けるのは控えめに言ってシュールだった。

こんな中で耳を開くと、人以外の声が聞こえる事がある。

それは夜に吹く風だったり街路樹が吐き出した二酸化炭素だったりコンクリートだったり野良猫の光る目が発する声だ。

全て幻聴なのだけれど。


(「…だが海月女はアスランドにまとわりつこうとして離れない。アスランドはやむなく生命力の結晶を放ち、海月女を焼き放った。だがアスランドは明日の日暮れまでに盲唖の火龍から「束の間の煌めき」を取り返さなければならない」)


天田がいた。

公園のトイレの裏手にあるベンチに座って、ジャケットを羽織っているだけだった。

空をぼっと見上げて、何かに思いを巡らせているようだった。

なぜ天田がいたか、という事とともに聞こえたこれまでに聞いたことの無い言葉に戸惑った。

(なんで清田が?)

やばい。ばれた。

「や」

「おぉ」(学校とか親に言うかな?)

清田はどこにでもいる感じのおとなしそうな、ただし何か含みをもった感じの男だった。

「なんかしてたとこ?」

「…別に何も」(別に何も、って変か。でも無理に言い訳したくないな)

「いつもこの辺いんの?」

「まぁね(あーもう、どこまでストーリーを組み立てたかわかんなくなったよ)」


物語というのは、紙に書かれるだけではない。時にそれは壁画に。それは口伝で描かれた。

本というのはあくまで情報手段だ。

清田が作っているのは清田の外へ出ることの無い、内側に籠った物語だ。

何回か聞いている内に段々分かってきたが、アスランドという勇者が世界を駆けるファンタジーらしい。清田が12歳の時、中学受験のストレスから作り始めている為かなり世界観は構築されているようだった。


僕は時々、清田が作る物語を聞きにきた。耳を開いてからこんなに楽しい「声」は初めてだった。

清田も鬱陶しがっていたが、途中から自分の事を受け入れてくれた。

物語を作っているとはいえ、夜中に一人でいるのが苦手らしかった。

「学校はなんか動きあった?」

「いや。特に変なことはないかな」(「アスランドは盲唖の火竜に向け飛びかかり、三日月斬りを見せたが火竜は長い首で交わしてみせた」)

「社会の益子もあの感じ?」

「まーね。相変わらず冴えない感じだよ(「アスランドは大剣から弓矢に武器を変えた。」)

「へー。あの感じかぁ」

「そーいや長津彼女できたらしいよ」(「飛んできた矢を火流は豪火で焼き払った」)

「うわまじか」

「なんとかって名前のソシャゲで知り合ったんだってさ」(「その間、アスランドは背中に周り鱗を探した。文字通り逆鱗を見つけるために」)

こんな風に僕と清田は会話に近い何かを続けた。


10時。眠たい目をこする。

かなり久々に学校に行った。といっても前を通っただけだ。

僕は耳を閉じる事に決めた。そうする事で騒音にかき乱される事はすくなくともないだろう。

少しずつ学校に近づいていけば学校にいた頃の生活に戻れるはずだ。

「あ、清野」

陸上部の女子だ。確か名前は…。村原だ。

「…久しぶり」

「最近学校こないね。何か悩みでもあるの?」

「いや、そういうわけじゃないけど」

ふと気づく。村原に、というか女子に制服以外の姿で会うのが初めてだった。

今の僕はジャージにスウェット。それも上下別。

息が荒くなる。顔が赤くなる。

「何、なんかいじめられたりしてるの?」

「違う」

「先生呼んでこよっか」

「別にいい」

聞きたい。

知りたい。

ああ。


「お、またでてくのかー」

「いいって。つーかどんだけぶっ通しで仕事してんだよ」

「自分のペースで仕事は進めてるよ、うっせうっせ」

「たく」

「雨の前に戻れよ」

「わかってる。すぐ戻るから」

家を出る。朝焼けが見え始めている。少し遅れたらしい。

公園にやはり、天田はいた。

前と似た感じで、消えかけた星空を眺めていた。

「や。待っててくれたんだ」

「まーな」(当たり前だろ)

「…この前さ、学校の前まで行ったんだけど、やっぱ行けなかったわ」

「へー、でも前は全然こなかったんだろ?」(…アスランドが飢えに耐えながら龍骨山を登り、3日が経とうとしていた)

「まーね。でも全然だめだ」

「全然だめってことないだろ。自分の価値観だけで見るのはよくないぞ」(アスランドは草の根にしゃぶりつき、少しでも飢えと渇きをごまかそうとした)

「いや…。だめなんだ。言えないけど」

「そうかぁ」(そうかぁ)

(そうかぁ)

(こいつと話してる時間は)

(悪くないのになぁ)


「にしても、本当静かだな」

「まぁ、あれのせいじゃない?」(ゼモゲ鳥の丸焼きで腹を満たしたアスランドはさらに北を目指していた。)

「なに?なんかあった?」

「ほら、連続強盗…」(アスランドは北風に混じった砂で視界を奪われるのを感じた)

「あぁ。あれで街の不良も外へ出ないんだ」

「まーそのせいで街が浄化されたといっても過言じゃないね」(なんだあれ)

僕も遠くを見た。

人間のようで人間でないものが路上に転がっていた。

なぜそう見えたか分かった。

人間の首のあるべき場所に首がなかったからだ。


連続強盗放火窃盗通り魔誘拐暴行事件が

連続強盗放火窃盗通り魔誘拐暴行猟奇殺人事件と名前を変えた新聞が出回る頃、第一発見者である僕と天田を智和が迎えにきた。

天田を親に預け、自分と智和は夕立の中車を走らせた。

「なぁ、詳しく取材させてくれよ」

「人間の死体見た弟にそんなこと聞くかね」

「頼むよ、なかなか殺人事件の第一発見者なんて会えねーんだから」

「…俺と天田がやったとか考えないのか?」

「俺の弟がそんな馬鹿するかい」

街を曇り空を分けた日の光が照らしている。

「…幻聴が聞こえてても?」

「それとこれとが同じなわけがねーだろ」


真夜中に外出した事で親からコテンパンに怒られた俺と天田は、事件のこともあり一旦一週間休学し、それからちゃんと復学すると親に話した。

いわゆるモラトリアムの終わりってやつである。

生活リズムを整えようと、俺から天田に言って昼間街のあちこちを自転車で巡って歩いた。

多分それは、耳を閉じても問題ないと言うことを感じるためだったのだろう。

6日が過ぎた。


「や」

「おぉ、なんか久々だな」

智和はまたノートパソコンに向かい文字を打ち続けていた。

「大丈夫か?明日から本格的に戻るんだろ?」

「まーね。一足先に人間的な暮らしをさせてもらいますよ」

「だれが人間じゃねーって?」

俺はビニール袋の片方をひっくり返し、駄菓子をテーブルにぶちまける。もう片方をソファの上に置く。

「今日駄菓子屋行ってきたからさ。3000円分おみやげ」

「おお、駄菓子屋って『だがしのまつむら』?この時間になると甘いものが欲しくてな」

「あんたはいつもだろっつの」

智和と共に駄菓子を頬張る。


「今度はどんな作品?」

「今度はあれだ。最近量子力学の研究が面白いからな。時空旅行は可能か?という究極のSFといったところだな」

「可能なの?」

「それをいっちゃぁ面白くない」

「やるねぇ」

「ま、俺の予想ではこれで対象取るのは間違いなしってとこだね」

そういいつつチョコブラウニーを食べる。

「時空旅行といえば、タイムパラドックスってあるじゃん」

「あるな」

「ニューコムのパラドックスってのもあるんだけど」

「聞こうか」

「ある占い師があなたの元にやってきてゲームを挑んできました」

「帰ってください」

「いやです。ゲームの内容はこう。AとBそれぞれ二つの箱があり、Aは透明な箱で、中には10万円が入っています。Bは不透明な箱で、中は空か100万円が入っています」

「いぇあ?」

「あなたはAとB両方か、Bのみを選ぶ事ができます」

「あーはん?」

「占い師の的中率は100%。箱Bの中身は、あなたがAとB両方開けるとすれば空。Bのみ選ぶとすれば100万円が入っています。あなたは占いの結果を知ることはできません。さて、あなたは箱Bを選びますか?というもの」

秒針の音が空間を刻む。

「箱Bを選ぶと、あなたはBを開けたから100万円が手に入ります。でもAとB両方開けることを選択すれば、合計110万円が手に入ります。ただし、それさえも占い師が予知できているならBは空になり10万円しか手に入らない。ならやはりBの箱だけ選択するべきなのか?…って思考がループしていくんだ」

「俺なら占い師を脅して110万円手にするね」

「つまりこの問題が言ってるのは」

「聞いてや」

「運命というのはあらかじめ存在しているのか?人間の選択は自由なのか?って事」

「…なるほどな。なかなか面白い話だった。そういう話とかもできるように成長したとは」

そのタイミングで、僕はもう一方のビニール袋にしまっておいた金槌を振り上げてノートパソコンの上に叩きつけようとした。

が、その場所にノートパソコンはなく、既に智和の腕の中にあった。

ノートパソコンの画面には

トムがハンマーをジェリーに向けて殴りかかっているアニメが映っていた。

ニューコムのパラドックスだ。


「連続強盗放火窃盗通り魔誘拐暴行猟奇殺人事件。この事件が連続強盗事件だった頃、僕と同じ能力を身につけている人が犯人だと考えていた。こんなにやりたい放題の犯罪をできる普通の人間なんていない。って」

ハンマーを智和の顔へと振りかざし、殴りかかる。

「なるほどね」(右)

「でも違った。」右へ狙ったハンマーは空振りした。

「最初に疑問に思ったのが『雨が降る前に帰ってこい』というセリフだった」

ハンマーをフェイントに蹴りを腹へと入れこむ。

「兄としては普通の事だと思うが?」(スウェーバック)

「パシり以外に兄らしい事なんかしてねーだろっ」スウェーを踏まえてより深く出した蹴り足を捉えられ、ハサミをふくらはぎに刺される。痛い。

「テレビもネットも消して、カーテンも閉め切った部屋で夕方から雨が降るのを予想するなんてできない」

「それだけでピンとくるかな?」

「もう一個きっかけになったものがあった」

おかしい。もうそろそろ来るはずなのに。

「きっかけ?」(ドアドア)

ドア側を見ると、薬でも盛られたか眠りこけた天田が見えた。つかえねー。

「僕のこの幻聴、智和には使ってなかったんだ」

「ほー」

「怖かったから。親に否定されて、最後に智和にまで否定されたら生きていけないと思った。だから何を感じてるかは、ブラックボックスだった。」

「うん」

「だから俺はこの街中、全部の家を回ってどんな思考をしているか、一週間で周り切ったよ」

「ごくろうさん。他の街から来ている事は考えなかったのか?」

「警官の頭の中身も確認した。事件の頻度から言って他の町に犯人がいる事は考え辛いらしい。僕が夜の散歩をしている間に抜け出してたんだろ?」

「なるほどね」(ハサミを抜き、右の肋に突き刺す)

咄嗟に右の腹をガードした僕の左頬を、智和の刺したコンパスの針が穴を穿つ。

「無駄だと知っていても、相手の心を確かめようとする。それじゃあ兄弟喧嘩は永遠に勝てないよ」

コンパスが引き抜かれ、血と脂肪の入り混じった液体が頬から流れる。

「能力はどうやって気付いた?」

「これは8割ヤマカン。ただ、俺と同じように特殊な力があるとするなら智和の書いた現実に即した作品は、想像したのじゃなく実際に予言したんじゃないか。そう思ったけど、確証にはならなかった。だから最後にしたテストが、あの駄菓子」

袋を見る。

「ランダムで半分に唐辛子の粉が混ざってる。甘党の智和が選ぶわけがない」

「予言ができても辛いものを食べられるようにはならいからな」

くへぇ、という表情をしてみせる。

僕の負けだ。


「なんでこんな事?」

「そうだな…。能力に使われたんだろうな。俺の予言する未来には失敗する事がない。なぜなら失敗するような運命を予言して、それを避けるように行動した未来が見えているから。だからつまんなかったんだよ」

「だからって」

「足掻いた結果がこれだよ。予め決まった運命のレールに反するように、わざとバレバレの犯罪をしても、それに逆らうように未来が修正される。ちょっとしたバタフライエフェクトでね。それがあのバカみたいにながったらしい事件を招いたんだ」

「こっからどうするの?」

「どうするじゃなくてどうなるかだ、未来は確定してる」

「自首すれば?」

「その世界線は872通りあった。全部証拠が偶然によってかき消された。そして同じ未来にたどり着く。」

「同じ未来?」

「前言ったよな、オチがわかってて作る物語がつまんないって。」

智和の胸に、包丁の刃先が見える。

天田だ。

「つまんない物語にすんなよ」


連続強盗放火窃盗通り魔誘拐暴行猟奇殺人事件は、清野智和が生前に書き残した遺言と犯人であろう人物のDNAが一致した為、幕を閉じた。

街は冷たいスリリングな熱狂から遠ざかりぬるい日常へと戻っていった。

警察からあれこれ聞かれ、僕らは予言だのテレパシーだの時代遅れの証言をするわけにもいかず、必要な事だけに答えた。一応、僕も怪我して天田も薬を飲んだから緊急避難となったらしい。


前から予定してた通り僕は学校に通い始めた。

耳を開くことはしなくなった。

無駄だとわかっていても、相手の心を確かめようとする弱さ。

それが最後の兄弟喧嘩から学んだ僕の弱点だ。


「数学ってこんな眠気を誘発させるもんかね」天田が言う。

「俺なんてその倍だからな。やべーわ」

「ま、どうせあと2年だしな。ぼちぼちこなしてくか」

どうせあと2年。

智和は予め自分が死ぬ日が決まっており、全ての行動が予め決められていた行動を全うした。

それは悲劇だったんだろうか?

いや、運命が決まっていたとしても、その中で智和は精一杯どう生きるかを考えてベストを尽くしたし、運命の範疇の外側に思いを馳せたはずだ。

僕との会話のなかで「うん」や「はい」と答えても運命の結果は同じだった。でも「あーはん?」と答えた。

そこが運命の範疇の外側だ。

2年間学校にいて卒業するという運命は変わらない。

その運命の外側はどこだろう。


スマホに保存されたファイルを開く。

智和の遺作だ。時空旅行が可能か、という究極のSF。

警察に押収される前に転送しておいた。特定はされているだろうけど、何も言ってこないという事は問題ないだろう。

智和が言っていた言葉を思い出す。

お前は俺の弟なんだから、俺ぐらい得意なことが見つかる。

この作品は大賞を取るのは確実。

これが予言なのかどうかは分からない。

でも物語が書かれているのは途中までだ。

ならそれを実現させよう。

幸い、北枕一富士は覆面作家だ。

人間表現が苦手とされた初代を覆す、まるでテレパシーでも持っているかのような人間描写。

そして、リアリティから解き放たれた、脳内の妄想が飛び出してきたような独創性。

そんな風に書き変わるかもしれない。

「天田、サークルってなんか入ってる?」

「いや、入ってない。なんか入ろっかな」

「俺たちで作ってみないか?」

「いいじゃん、どうする」

「文芸部なんてどうだ?」

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