第1章 幼き将校:Impuls

 朝、柔らかい日差しと小鳥の囀りで僕は目が覚める。

 少し待っていると硬い木製の扉がノックされ、1人のメイドが入ってくる。

 「おはようございます、坊っちゃん。本日もお早いお目覚めで……」

 いつもと変わらない世辞の言葉に「おはよう。」とだけ返しながら朝の支度を進める。

 僕の名前はグラン・ヴァルター。お父様はこのリヒトブルク領の領主様だ。この屋敷の人も街の人たちもみんな僕によくしてくれる。たまに怖い人もいるけど、悪い人は僕の魔法を少しかけてやれば大人しくなるし、すぐに大人が来て守ってくれる。

 今の僕が思い通りにならないことはほとんど無い


……ただ一人の存在を除いてだけど……


 今日もいつもと同じように学校へ行って勉強と訓練をする。支度を終えて玄関へ向かえばすでにあいつは来ていた。僕と同じ7歳で、僕たちヴァルター家から分派した家の中でも戦闘に特化した家筋のヴェルナー家長男、“ヴァレンシア・ヴァルナー”だ。

 ヴァレンは慎重な僕と違って少し考えなしなところがある。いつも僕の思った通りにはならない彼とはよくケンカもするけど、その突拍子も無い行動が彼の面白い所でもある。だから僕はそんなヴァレンのことが好きだし、あいつも僕の近くによく来るし多分同じなのだと思う。

 そんなことを思いながら僕たちは屋敷を後にした。僕たちが通う“リヒトブルク軍学校”の敷地内にある幼年舎に着くと僕たちは午前の座学の授業を受けるため講堂

に向かう。

 ここリヒトブルク軍学校はリヒトブルク軍に志願する人なら誰でも入学することができる。しかし、僕とヴァレンシアが通う幼年部には良家の子供により質の高い教育

を受けさせることが目的であり、貴族やそれに準ずる家柄の子供しか入学することができないことになっていた。

 僕たちはここを卒業すると特別な試験を受ける必要もなく、そのままリヒトブルク軍学校に入ることができる。でも、僕はどうしても自分の実力を試したいと思って、ここリヒトブルクよりももっと優秀な人がいくことができるという“中央軍学校”に僕は行ってみたかった。

 お父様からは好きにしなさいというお許しが出て、僕は文武に励む学生生活を送っていた。隣のヴァレンも僕と一緒に王都に行きたいと言っていたが、彼は座学が苦手で、前回の歴史の考査では学年最低点を叩き出し、とうとう怒りが頂点に達した先生に捕まって補習を受けていた。

 いつも彼が授業の間に眠ってしまっているのが原因なのは言うまでも無いのだが。

午前の座学は何事もなく終わった。僕の隣に座るヴァレンシアはいつもより頑張って起きていたみたいだけど、最後はやっぱり寝ていた。ちなみに先生は起こすのを諦めているようで、こっちを見てため息を一つこぼして続きの説明を始めた。

 今日は基本的な戦術の運用と対策、まだ幼い僕たちには少し難しいがとても興味深い内容だった。とはいえ、お父様の書斎で同じような本を読んだことのある僕にとっては知っている内容がほとんどで、歳をとった先生のゆっくりした話し方は僕でも眠くなる。

 どうにか乗り越えると遠くの方から正午を告げる教会の鐘の音が聞こえてきた。

 「今日はここまでとしよう。復習はしっかりしておくように。」

 先生がお決まりの台詞を言い終え教室を出ていくと生徒たちも一斉に立ち上がって食堂の方へ向かっていく。

 僕はヴァレンシアを揺すって起こすと「座学で寝るな」と軽く頭を叩いて屋上のテラスへ連れていく。この時間になると屋敷からメイドが2人分の昼食を運んでくる。

 「おぉ!今日の昼メシはなんだ?腹減ったなぁ、楽しみだぜ!」

 ヴァレンがメイドから昼食が入った籠を勢いよく受け取った。

 「お、おいバカ!そんなに思いっきり振るなよ!中身が崩れちゃうじゃないか!」

 僕がヴァレンから籠を取り上げて中を確認すると、隙間なく箱に入れられたサンドイッチが入っていた。

 ……どうやらメイドはヴァレンがこうすることをわかっていたようだった。

 僕たちがサンドイッチを屋上で頬張りながら他愛ない会話をしていると、それに気がついた生徒たちは屋上からいなくなり、ここに残ったのは僕とヴァレンと付き添いの者たちだけになった。

 僕とヴァレンのことを遠巻きに見ている周りの生徒は、領主家出身の僕のことをいつも腫物扱いする。当然だ、僕の周りにはいつも付き添いがいる。僕の付き添いとも

付き合いが長いヴァレン以外は見張りが常にいる会話なんて弾むわけが無かった。

 外は危険が沢山あると言って、日常生活でさえ普通にさせてくれない周りの大人が僕は嫌だったが、生まれてからずっとこの生活なのでもうあまり気にならなくなっていた。

 そんな僕はいつも大体一人で居たので去年まで昼食の時は一度屋敷に帰っていた。しかし、周りに僕以外で一緒に昼食を食べる友達がいたヴァレンがそんな僕のことを見て「学校で弁当が食べたい」と言い出してこの形に収まった。

 彼なりに僕のことを気遣ってくれたのは嬉しかったが、僕といることで今まで一緒にいた周りの子たちはヴァレンから距離を置くようになってしまったのが申し訳ないと思っていた。

 僕がヴァレンにそのことを謝ると「気にすんなよ!お前は俺の相棒だから一緒に居るんだ!周りがどう思おうが関係ねぇよ!」と僕の肩を目一杯叩いた。

 そのせいで僕は肩を次の週まで痛める事になるのだが、僕はヴァレンと顔を見合わせて笑い合ったのだった。


 昼食を食べ終えてメイドが屋敷へと帰った後、僕たちは午後の訓練の準備をしていた。

 「グラン!今日は対人訓練だったよな?魔法使ってもいいかな?」

 「僕とお前の魔法は使っちゃだめだってお父様に言われているだろ?だめだよ。」

 答えなど分かりきっているはずなのにいちいち伺いを立ててくるヴァレン。一度許可なく使ってお父様に叱られたのがよほど堪えたらしい。彼は顔を顰めて悔しそうに呟いた。

 「ちぇ、わかってるよ……。でも、たまには使いたいよなぁ……」

 「まあね。帰ったらうちでやろうか。」

 僕が叶うかもわからない提案をしてみると、ヴァレンの目が輝き始めた。

 「やったぜ!絶対約束な!絶対だぞ!!」

 そんな会話をしていると更衣室の扉が開いた。開けた生徒は一瞬ギョッとして立ち止まったが、僕たちが支度を終えて出ていくと気まずそうにしながら中へ入って

いった。

 今日の訓練は予告通り対人戦闘の訓練だった。と言ってもすぐに対人訓練は行われず、ウォーミングアップと称した地獄の筋トレメニューで体力を持っていかれる。隣のバカはすこぶる元気そうだったが。

 少し休憩してからペアを組み、教官の合図で木剣による戦闘訓練が始まった。木剣を握った僕たちの周りには誰も近づいてこない。それは当然分かり切ったことだった。

 ヴァレンシアは座学こそ全くできないが、武術の授業となると人が変わったかのような優等生だった。彼は体術訓練では毎度他の生徒の見本としてみんなの前で先生との戦いを披露して見せたりもしていた。そんな彼の周りにはいつも人だかりができていた。

 …………僕と一緒に居るようになるまでは。

 僕はヴァレンの身体の使い方の癖を知っているので、いつも戦っても互角なのだけれど、この脳筋はいつでも本気になってしまうらしい。僕になかなか一手を当てられず、得意な炎魔法を撃っては先生に説教を喰らっていた。

 一方で僕は一年の時、初めての訓練で一緒に組んだ子が僕に少しアザをつけただけで罰を受けた。

 二年の初めで同じくらいの実力の子にペアを頼もうとして断られた時、その子は1週間学校に来られなくなった。

 その後も何回かそういうことがあったのでどうしてだろう、とお父様に話したら全部“不敬罪”にあたるから罰した、と。

 そんなことだからみんな領主からの怒りを買うのを恐れて僕の周りにはいつもヴァレンと先生たちしかいない。

 でも、寂しくはない。もし、他の友達ができたら楽しいだろうとは思うけど……


 そんなことを考えていたら頭を軽く叩かれた。その後間もなく心配そうなヴァレンの声が聞こえてきた。

 「おい、グラン?お前、調子でも悪いのか?見学にしとくか?」

 なんてあいつに顔を覗き込まれていた。

 そもそも人に具合が悪いかを聞こうと思っていたのならそんな強く頭を叩くなとも思うが、訓練中に余計なことを考えてしまったことに変わりはない。戦場で考え事は命取りだと兄上も言っていた。僕は木剣を構え直し、まっすぐ前を見て「もう大丈夫」とだけ伝えた。

 心配していたヴァレンもさっと構え直して互いに一歩踏み出した、時だった。

 一瞬、どこか禍々しい気配を感じた。はたと立ち止まった僕に対してヴァレンは隣で何か言っていたがすぐに静かになった。あいつも気がついたのだろう。“何か”がいる。


 2人で気配を探っていると生徒たちを引き連れた教官が駆けて来るのが見えた。

 「2人とも無事か!“魔獣”が出た。すぐに避難をしてくれ!」

 僕たちは誘導されるまま教室へ避難した。きっとすぐにお父様たちが助けに来てくれる。そう信じて窓から訓練場を眺めていた。

 「なぁ、グラン。あのさ……」

 「どうしたんだヴァレン?もしかして怖いのか?」

 僕が少しからかったように笑うと妙に真剣な顔をしてあいつは言った。

 「バカ言うな。そうじゃなくて……おれとお前ん家の領主様たち、しばらくは王都へ行ってるんじゃなかったか?」

 「……!!」

 そういえば日曜の夜、夕食の席でそんなことを言っていた気がする。

 もちろん、お父様とヴァレンの父の部隊以外にも強い人は大勢いるが、魔獣となれば話は変わってくる。魔獣は魔法でしか倒せないということくらい最初の方の座学で教わる。

 僕のお父様やヴァレンのお父様のような強い魔道士は魔獣討伐のためにいろんなところに赴き討伐する。前の日曜の夜、お父様は王都に魔獣が出たので倒しに行くからと僕たちにお土産は何がいいか聞いて下さったかな……

 今はそのお土産のことなど考えられない。早く、早く僕たちでなんとかできないだろうか?

 実際に窓の外を見てみると、今訓練場で魔獣を討伐しようとしている人混みの中から水や火の魔法が飛び出しているのが見える。が、押されているように見えるのも事実だった。僕とヴァレンは顔を見合わせると護身用におもむと持たされていた細身の鉄剣を取って教室を監督している先生の目を盗んで外へ飛び出した。


 この世界には“2種類の魔法使い”がいることを、僕はヴァレンと走りながら思い出していた。

 一つは魔法の素質を持っていなくても魔道具を使って魔法を使う“魔術師”。そしてもう一つは僕とヴァレンのような生まれた時から魔法が使える“魔道士”。

 魔術師より強い魔道士は数が少なくてお父様の部隊にも数人しかいない。そんな貴重な魔法使いが簡単に出てくるわけがない。僕たちはまだ未熟だけど兵士の中の魔術師より戦える。お父様のようにすぐには倒せないだろうけれど、ヴァレンと2人なら、もしかしたら倒せるかもしれない。

 僕がぐるぐると思考を巡らしていると、ヴァレンが脇腹を小突いて僕に笑いかけてきた。

 「グラン!考え事もいいけどさ。お前、魔法はオレより使うの上手いんだから、ちゃんと戦えよな!」

 「……っ!お前に言われなくてもわかってるよ!」

 そう言って物陰から走り出すと数人の兵士が僕たちに気がついたのだろう。「なぜ!」や「お逃げください!」と口々に叫んでいる中を2人でかき分けて、ようやく魔獣の前までやってきた。

 “ソレ”は大きな黒いトカゲのような形をしていた。黒い影はこちらに気がつくと嬉しそうに目を細め、大きな口を開けて話しかけてきた。

 「アレレェ?なんか小さいのがいるねェ!ボクと変わらないくらいかなァ?ハジメマシテェ!ぼくはアルトって言うんだァ!・・・ンフフフフ!仲良くしようよォ!!」

 不敵な笑みを浮かべるアルトに向けて剣を突き出すとそいつはより一層口角を上げて巨大な腕を振り上げる。

 「エンリョ……はいらないよネェ?」

 アルトは突っ立っているヴァレンシア目掛けて腕を振り下ろした。刹那、ゴゥと大きな音がしてそいつの腕が燃えた。ヴァレンシアが自身の炎で近づいてきた腕を焼き払ったのだった。

 「あっつい!アツイヨォ!でも、でもねェ!!アルト、タノシイナァ!もっと、もっとあそぼうよォ!!!」

 アルトはそう言いながら腕の炎をいとも簡単に振り払って見せた。僕はすかさずヴァレンの腕を掴んで叫んだ。

 「バカ!ヴァレン!最初は出力抑えろよ!」

 「大丈夫だって!丁度いい相手が見つかったからよ?……ついつい、な?」

 そう言いながら獲物から目を離さないヴァレンは心の底から楽しそうに笑っていた。そんな様子の彼に僕は小声で続ける。

 「……せめて予告くらいはしろよ。周りが驚いてるぞ。」

 「っはは!悪かったって、グラン。いや、久しぶりに使えると思ったらワクワクしてきてさぁ!これって全力でいいんだろ?」

 僕の忠告にも笑って答える彼を見て僕は少し笑みをこぼすと、アルトに向き直ってヴァレンを挑発してみせた。

 「ふふ!……まあね?どっちがアレに強い魔法を食らわせられるか勝負でもしようか?」

 なんてやりとりをしていれば、舐められたと思ったのかムッとしたような顔でアルトが腕を振り下ろす。それを僕が雷を当ててあしらい、驚いた表情のバケモノを睨みつけた。

 「それしかできないのか、アルトくん?」

 そう僕が軽く挑発してやると、アルトはニヤリと笑い体勢を低くして何かの呪文を唱え始めた。

 「“我の黒き血よ、我に仇なすものに復讐の炎を与えたまエ”。」

 周りの兵士たちが息を呑む声が聞こえた。拙い詠唱ではあるが、今の呪文はお父様から聞いたことがある、確か古代から魔族が使う“黒魔術”のもので、聖なる力である“白魔術”でしか対抗できないという。


 ……しまった油断していた!

 僕が「逃げろ!」と叫んだ頃には大きな黒い炎の渦が迫ってきていた。ほとんどの兵たちは逃れられたようだが、一部巻き込まれた者たちが断末魔を上げ、炭となっていく姿をみてしまった。


 ……許せない。否、許さない。


 目の前でニヤニヤと笑うソレに僕は怒りが抑えられなかった……そこからの記憶が僕にはあまり無い。

 次に目が覚めると僕の屋敷にある自室のベッドの上にいた。目を覚ましたことに気づいたヴァレンシアが安心したような顔をして無言で部屋を出ていくと、怒った顔

の兄上と母上、心配そうな姉上、泣きそうな顔の弟を連れて僕の元に戻ってきた。

 聞いた話によると、ヴァレンシアはその後も炎で応戦し、僕はヴァレンですら見たことのないような大きな雷をあのバケモノに直撃させたという。

 その後派遣された”灰色の猫の魔道士”があのバケモノを蹴散らし逃げ帰るバケモノの姿を見届けると同時に倒れたらしい。

 もちろん、僕は兄上と母上にはこっぴどく叱られた。姉上には泣きながら抱きつかれたし、弟は今も僕の膝の上で泣いている。

 一通り説教が終わった後母上が部屋へ戻ると、兄上“ジョージア・ヴァルター”は僕の頭を撫でながら言った。

 「お母様たちを心配させたのは良くないよ?グランくん。でもね?お父様たちがいない今、あそこで君たちが戦ってくれていなかったらあの学校はなくなっていたかもしれない……だから、頑張ってくれてありがとう。」

 僕は黙って弟の頭を撫でながら聞いていた。


 1週間後、王都から戻ったお父様に僕とヴァレンはリヒトブルク軍の執務室に呼び出された。執務室にはヴァレンシアのお父様もいて、僕たちが部屋に入ると2人とも僕たちを抱きしめて、褒めてくれた。守ってくれてありがとう、と。もちろん、その後少々過激だった魔法の使用について叱られはしたが。

 「なぁ、グラン?よく本を読むお前だからあのバケモノについてなんか覚えてたりするか?」

 執務室から出た直後、唐突にヴァレンから聞かれた。

「……は、はぁ?いきなりどうしたんだ?そんなこと僕に聞かれても……いや、そういえばこの前屋敷の古い本棚に……」

 ヴァレンの質問の意図を聞く前に僕は先月見つけた“古書”の内容の一部が頭に引っかかり、とりあえずヴァレンと一緒に僕の屋敷へ帰った。

 「……えぇっと……あ、あったよ!これだ、“東洋見聞録”。これ、言葉が古くて途中で断念したんだよな……まだ半分も読めてないけど、どこかに……」

 本棚から僕がその古書を抜き取りパラパラと手繰って引っかかった部分を探す。長年開かれていなかった古書のカビ臭いような独特の匂いが隣のヴァレンの鼻を刺激したのか、彼がものすごく大きなくしゃみをして古書のページが進められる。

 「おい!ヴァレン!貴重な本なんだよ?大切にしなきゃ……」

 「……あぁ、ごめんな。なんかこの匂いにやられたみたいだ……お、どうした?グラン?」


 __見つけた。このページだ。“バケモノ”の記述があるページ。


 その単語がこの本に出てきたことが僕の頭に引っかかっていたんだ。僕はヴァレンに古書を持っておいてもらって別の本棚から辞書を持ってきた。

 なぜだろう。これは読んでおかないといけない、と思ったからだ。



 “私は焼け果てた砂漠の首都で一匹の猫に遭遇した。

 猫の体は灰まみれで、ぐったりとして可哀想だと思ったので、

 我々は彼の近くで目覚めを待つことにした。

 その猫は目を覚ますと口を開き人の言葉を話した。

 彼は獣人だった。

 しかし話を聞けばこの惨状は彼が作り出した物だというのだ。

 彼の力は尋常ではない。

 都市を一夜で一つ、地図から消したその力。

 私は目の前の“バケモノ”に可能性を感じた。

 恐怖よりも好奇心が優った私は彼を冒険に連れていくことにした。

 灰かぶりの猫は呆れたように尻尾を揺らして了承してくれたのだった。“



 “砂漠の国”の章をようやく読み終えて、僕は座学以上に頭を使いどっと疲れて机に突っ伏した。メイドに何か甘いものでも頼みたい気分だ。ヴァレンは……途中から寝ていたらしい、彼は気持ち良さそうに僕の正面でいびきをかいている。

 「おい、ヴァレン、起きろ。読めたから、お前も多分知っておいた方がいいと思う。」

 「……んん、んあ?お、おう、やっと読めたのか?もう夕方だぞ……ふあぁぁ、いい夢を見ていたのになぁ」

 こいつ、人の苦労を……

 「……とりあえずその眠気を覚ましてやろうか?ヴァレンシア、さん?」

 僕が手の中でバチバチと電流を出して見せるとヴァレンは背筋を伸ばして姿勢を正した。僕がヴァレンに古書の要約をした紙を手渡すと、さっきの腑抜けた顔から真剣な表情に変わっていき、読み終えた時に僕と目が合った。

 「……グラン、俺たち、こんなバケモノとこれから戦うのか。」

 「……かもしれない。あのアルトもこの猫みたいに魔力が異常だったことしかわからないけれど……地図が変わってしまう、なんてな……」

 その日、僕たちは決意した。このリヒトブルクを絶対に護ってみせる、と。そして絶対にみんなで笑って暮らせる場所にして見せよう、と。

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バケモノ戦記  桃園 朝彩陽 @MA_novel

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