ダグラスの居場所

 皇妃アンドレアを救ったことで自信を持つことが出来たダグラス。

 彼は以前のように俯いていた頃とは見違えるように変わっていた。

 光を失っていた赤い目はルビーのように輝き、堂々としている。


 この日もダグラスはサンルミエール帝国でミリセントと共に穏やかな時間を過ごしていた。

 もちろん、場所はいつもの人気ひとけのないガゼボである。

「そうだ、ダグラス。この前の魔獣討伐で珍しいものが採れた。手を出してみてくれ」

 ミリセントに言われるがまま、手を差し出したダグラス。そんな彼の手に置かれたのは、キラキラと七色に光る鱗。

「魔獣の鱗だ。綺麗だろう?」

 相変わらず軍服姿のミリセントは、ニッと白い歯を見せて笑う。

「ええ、綺麗です。ミリセント様、ありがとうございます」

 ダグラスはルビーの目を嬉しそうに細めた。

「喜んでもらえて光栄だ」

 ミリセントも嬉しそうにアメジストの目を細める。

 ダグラスはずっとこんな時間が続いて欲しいと願うのであった。


 しかし、穏やかな時間は長くは続かなかった。

 ダグラスの母国である、ムヴェノワール王国がサンルミエール帝国に戦争を仕掛けたのだ。

(ムヴェノワール王国のこと……すっかり忘れていた……)

 ダグラスはため息をついた。


 当然、ムヴェノワール王国の王子であるダグラスは皇帝エイベルやサンルミエール帝国の重鎮達の前に呼び出され、尋問を受けるのであった。

 また、ダグラスはサンルミエール帝国に人質として送られて来ているので、彼を殺すか殺さないかも議論されていた。もちろん、その件に関してはミリセントが反対意見を示したのである。

 ダグラスも覚悟を決めていた。

「どうか僕をムヴェノワール軍との戦いの最前線へ行かせてください。どのみち、ムヴェノワール王国には僕の居場所はありません。僕は、サンルミエール帝国の為に戦いたいと思っています。……もし、やはり僕が信用出来ないと言うのならば、その場で殺していただいても構いません」

 エイベルや重鎮達にそう訴えかけるダグラス。

 彼のルビーの目は真っ直ぐ覚悟が決まっていた。

(もしも叶うのならば、僕の居場所は……)

 ダグラスはミリセントに目を向けた。

「ダグラス、本当に良いのか? ……ムヴェノワール王国は一応其方そなたの祖国であろう?」

 若干心配そうなミリセント。

 しかし、ダグラスに迷いはない。

「もうムヴェノワール王国のことは良いのです。ムヴェノワール国王父上は武力で周囲を脅して食糧を強奪していました。そんなやり方では周辺祖国との軋轢を生みます。そんな国家、長く存続するはずがありません」

 ダグラスはムヴェノワール王国がどのようなやり方をしていたのかなどをサンルミエール帝国に来てから学んでいたのだ。

「せめて、弱い立場にある平民達に被害が及ばないようにはしたいですが」

 ダグラスは悲しげに苦笑した。

 こうして、ダグラスはミリセントやサンルミエール帝国の騎士団と共に、最前線へ向かうことになった。






◇◇◇◇






 ダグラスとミリセント達はムヴェノワール王国軍を迎え撃つ準備をし、進軍していた。

「ダグラス、もう一度聞く。本当に良いんだな? 今回のことで、ムヴェノワール王家……其方の家族を殺すことになるかもしれないぞ」

 ミリセントはアメジストの目を真っ直ぐダグラスに向ける。

「……僕にはもう家族はいませんので」

 フッと笑うダグラス。

「それに、僕にはもっと大切な存在がいますから」

 ダグラスは穏やかな目でミリセントを見つめた。

「……そうか」

 ミリセントは若干頬を赤く染め、ダグラスから目を逸らした。


 その時、空気がヒリつくのを感じた。

 ムヴェノワール王国軍が向かって来ているのが見えたのだ。

「皆! 敵が来ている! 気を抜くな!」

 ミリセントは仲間にそう呼びかけ、臨戦態勢に移った。

(僕が守るべきなのはムヴェノワール王国ではない。サンルミエール帝国だ!)

 その時、ダグラス目掛けて風が刃物のように吹き付けた。

(この魔力は……!?)

 魔力属性、攻撃パターン。ダグラスは今の攻撃が誰からのものなのかすぐに分かった。

 ムヴェノワール王国では、今まで何度もそれで痛めつけられていたダグラス。

 あまり会いたくはない人物ではあるが、ダグラスは落ち着いていた。

「久し振りですね、兄上。まさかまだ生きていたとは驚きです。サンルミエール帝国で殺されたとばかり思っていたのですが」

 ダグラスの目の前に現れたのは弟のサイラス。サイラスはダグラスに侮蔑の笑みを向けていた。

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