闇の魔力を持つ王子
蓮
虐げられた第一王子ダグラス
ムヴェノワール王国王宮の地下牢にて。
枷で首と手首が固定され、動けなくなっている少年がいた。
「忌々しいムヴェノワール王国の面汚しが!」
地下牢の番人により、少年の腕には熱で真っ赤になった鉄が押し当てられる。
「ぐっ……!」
少年はその熱さに苦痛で顔を歪めるが、もう声は出ないようである。
「それにしても、まさか
もう一人の番人がニヤリと下卑た笑みで少年を思いっきり鞭で叩く。
「あっ……!」
その痛みに表情を歪ませる少年。
その漆黒の髪に赤い目の少年は体中火傷や傷だらけボロボロだった。
今の状況を見て、誰がこの少年が王族であるだなんて思えるだろうか。
その少年−−ダグラス・ムヴェノワールが地下牢暮らしになったのは今から十年前。彼が七歳になった時であった。
ムヴェノワール王国では、子供が七歳になったら神殿まで魔力判定に行かせる義務がある。
第一王子であるダグラスもそれは同じであり、国王夫妻は彼を神殿まで連れて行った。
この世界には魔力が存在する。基本的にこの世界の人間は炎、水、風、土の中のいずれかもしくは複数の属性の魔力を持つ。
それに加えて更に希少な光の魔力もある。この魔力は浄化、治癒作用があり重宝されている。
そして闇の魔力。この魔力は人間や動物、更には魔獣に幻覚を見せたり洗脳することが出来る魔力である。使い方によっては人や動物などの心を操ることも出来るのだ。
ムヴェノワール王国を始め、周辺諸国や大陸全体で信仰されているファートゥス教。女神アナンケーを唯一神とする宗教である。
女神アナンケーは、心を操ることは運命を捻じ曲げることだと考えており、闇の魔力は禁忌の力だと見なしていた。
それにより、人々は闇の魔力を忌避するようになった。
闇の魔力を持つものは異端者と見なされ、ことごとく投獄されては拷問を受けていた。中には獄中で亡くなる者も少なくない。
神殿の魔力判定で、ダグラスの魔力属性は闇であることが判明した。
ムヴェノワール王国の王族に闇の魔力を持つ者が生まれるなど前代未聞のことだった。
国王アーロンと王妃バーサは闇の魔力を持つダグラスを冷たく見捨て、右手首に魔力を使えなくさせる魔封じの腕輪を着けさせて地下牢へ投獄したのだ。
ダグラスの存在をなかったものにした。我が子であるにも関わらず。
そこからダグラスにとって地獄のような日々が始まった。食事も満足に与えられず、平民の門番に痛ぶられ、拷問を受ける毎日。
体に傷がない日など一日もなかった。
「お前達、ご苦労だな」
その時、ダグラスにとって一番聞きたくなかった声がした。いや、今となってはもう慣れたもので、その声を聞いても心は何も感じなくなってしまった。
これから来るであろう凄まじい痛みに耐えるだけてある。
ダグラスより二つ下の弟サイラスである。
ムヴェノワール王国第二王子サイラス・ムヴェノワール。ダグラスと同じ漆黒の髪で、目の色は緑。彼は七歳の時、神殿の魔力判定で光と風の魔力を持つことが判明した。複数の魔力、おまけに希少な光の魔力を持つことから、彼が次期国王、すなわち王太子となった。
サイラスが十歳になった頃からダグラスがいる地下牢に来るようになった。
その目的は、風魔法でダグラスを痛めつけること。
「さて、今日はどうしてやろうか……? 兄上、特別に選ばせてあげますよ」
ニヤニヤと下卑た笑みのサイラス。
しかしダグラスは何も答えない。答えても答えなくても同じだからだ。
「つまらないなあ」
サイラスは舌打ちをし、風魔法を発動させた。
風は刃物のようにダグラスの体を切り裂く。
風魔法で喉も圧迫され、思うように声が出ないダグラス。ただその体に刻まれる痛みに耐えるしかなかった。
サイラスは風の魔力で人を殺さないよう訓練と称して毎日ダグラスを痛めつけていた。
(女神アナンケー様……僕の魔力が禁忌だと仰るのなら……どうか今すぐこの命を奪ってください……)
七歳の時から地下牢に繋がれ、拷問を受けたり痛めつけられるだけの日々を送るしかなかったダグラス。
彼にはもう何も望まない。唯一望むのだとしたら、己の死のみであった。
◇◇◇◇
そんなある日。
「陛下がお呼びです」
国王の側近がダグラスの地下牢までやって来た。ダグラスに対してぞんざいにそう言う。そしてダグラスはいきなり地下牢から出されるのであった。
最低限の身だしなみを整えられ、王宮の謁見の間まで連れてこられたダグラス。
玉座に座る国王アーロン。そしてその両隣には王妃バーサとサイラス。三人とも冷たい目でダグラスを見ている。闇の魔力を持っているというだけでこの扱いだ。
「ダグラス、お前にはサンルミエール帝国に行ってもらう」
アーロンの口から冷たくそう言い放たれた。
「……え?」
ダグラスはしばらくの沈黙のうち、ようやく声を絞り出せた。
「サンルミエール帝国から同盟国に王子や王女を差し出すように求められた」
面倒そうに説明するアーロン。
サンルミエール帝国は、大陸南部に位置する広大な国である。ファートゥス教の女神アナンケーが初めて降り立った地とされ、恵まれた気候風土と豊かな資源を持つ、大陸一の強国だ。
ムヴェノワール王国は大陸北部に位置するそこそこ大きな国だが、サンルミエール帝国程ではない。金属資源は豊富で軍事力はあるが、農業に向かない土地なので食糧自給率が低い。よってムヴェノワール王国は近隣の小国を武力で脅し、食糧を巻き上げていた。
しかし、近隣諸国の食糧もどんどん減ってきており、ムヴェノワール王国は新たに食糧を供給してくれる国を探していた。
そこで見つけたのがサンルミエール帝国。
近隣の小国とは違い、それなりに軍事力がある国だった為、武力による圧力ではなく同盟を結んで食糧を得ることにしたのである。
サンルミエール帝国は同盟を結んでまだ浅い国々に対し、反乱の意思がないことをする為にその国の王子や王女を一人ずつ預けるよう要求した。要するに人質である。
「本来はサイラスを送るよう要求されているが、世継ぎのサイラスをサンルミエール帝国に送るわけにはいかん。代わりに闇の魔力を持つお前が行け」
ダグラスは実の息子であるにも関わらず、冷たく言い放つアーロン。
ダグラスは嫌でも察してしまう。
国王は恐らく食糧を求めて今後軍事力を高め、サンルミエール帝国に戦争を仕掛けるつもりであると。
そうなった際、サンルミエール帝国に人質として行った自分は殺される。
自分に残された時間は残り僅かなのだと悟ったダグラス。
「承知いたしました」
ダグラスはそう答えるしかなかった。
(僕は何も求めてはいけない……。平穏さえも……)
もう随分前から全てを諦めてしまったダグラス。
その赤い目は光を失い、死んでいるようなものであった。
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