モフモフブラッシング
朝日が容赦なく顔面に降りかかるせいで、本来真っ暗なはずの視界が赤っぽくなる。
寝返りを打って太陽の光を遠ざけ、往生際悪く二度寝を試みていたのだが、強烈な日差しのせいで完全に目が覚めてしまったので観念して目を開いた。
ベッドに寝転がったまま鏡台の方に目をやると、一足先に起きた彼女が鏡台の前でブラッシングをしているのが見えた。
起床後のブラッシングは彼女の日課だ。
生え代わりの時期でなくても日常的にかなりの量の抜け毛が出てしまうから、毎朝丁寧にブラッシングをし、かつ気が付いた時にはブラシをかけるように習慣づけているのだとか。
少なくとも一日に一度はブラシをかけることが、獣人として当然のマナーらしい。
艶々と美しい毛並みは獣人にとって一種のステータスであり、美しければ美しいほど仲間内での評価があがるのだという。
また、反対に毛並みが悪かったり、荒れすぎたりしていると、モテないどころか評価が最低にまで落ちてしまうらしい。
その話を聞いた後、
「獣人にとっての毛並みって、女性にとっての髪のようなものなの?」
と、何気なく問いかけたら彼女はう~ん、と唸ってしばらく考えた後に、
「私たちには髪っぽい毛はあっても、髪そのものは生えてないから断言はできないんだけど、多分違うと思う。何だろう、全体的な容姿もあるけど、それよりも清潔さとか雰囲気が関わってくるから……凄く毛並みが荒れた人を見ると、一週間くらいお風呂に入ってない人を見たような気分になるんだ」
と、答えてくれた。
兎にも角にも、毛並みというものは獣人たちにとって非常に重要なものらしい。
俺は人間なので極端に荒れていたり、それこそフケがういていたりしない限り獣人の毛並みに思うところはないし、良い毛並みと普通の毛並みの差もよく分からなかったりする。
しかし、それはそれとして、彼女が一生懸命にブラッシングしている姿は可愛いと思う。
『そして、ちょっとエッチだ……』
キャミソールの紐をずらして丁寧に肩のブラッシングをする彼女を眺め、ついニヤけた。
すると鏡越しに彼女と目が合う。
「一人で頷いてどうしたの?」
彼女はブラシを持ったまま、キョトンと首を傾げている。
「いや、なんかいいなって思っただけ。それにしても、毎朝ブラッシングって大変じゃないか?」
ベッドから降りて、彼女の隣へ向かいながら問いかけると、彼女はフルフルと首を振った。
「ううん。もう慣れちゃってるし、むしろブラッシングにはマッサージ効果もあるからね、気持ちいいくらいだよ。今日は休日だから、沢山時間をとれるし」
「なるほど。でも、自分の手じゃ届かない所もあるし、ほぼ全身ブラッシングするんだろ。やっぱり大変なんじゃ」
そう言いながら、俺はもう一本ある金属製のブラシを手に持つ。
人間用のブラシよりも猫用のブラシに近い形状をしており、怪我をしたり痛い思いをしたりしないか不安になったこともあったが、彼女が言うには肌も毛質も猫に近いため、むしろ金属製のブラシでないと上手くブラッシングできないらしい。
同棲したての頃に性能の良い金属ブラシをプレゼントしたら物凄く喜ばれた。
「もしかしなくても、『手伝って』待ち?」
ブラシを持ったままソワソワとしている俺を見て、彼女が苦笑いを浮かべる。
バレていたか……
まあ、俺の趣味はブラッシングする彼女を眺めることだが、これに加えて彼女を直接ブラッシングし、思う存分モフを堪能するのも大好きだ。
定期的にブラッシングの手伝いを申し出ていたし、特に休日の朝はブラシを持って彼女ににじり寄ったりしていた。
要求がバレている事など当然である。
コクコクと頷くと、彼女はおかしそうに笑った。
「そんなに楽しいものじゃないけどな。でも、ありがとう。じゃあ、肩から背中にかけてをお願いね」
彼女がごく自然な手つきでキャミソールの紐を両方ずらし、背中を出す。
すると、布のあった面積がモフモフな毛皮の面積へと変わる。
これは、ちょっとセクシーすぎるかもしれない。
獣人をそういう対象としてみていない人間が見ればド健全な姿だが、獣人大好きでスケベな俺には刺激が強すぎる。
スケベすぎだ。
『こんなスケベモフモフをモフモフブラッシングしていいんですか!?』
俺はテンションをぶち上げると、さっそくブラッシングに取り掛かった。
熱は籠るが力は込めない。
せっかく彼女がボディソープからこだわって作り上げたモフだ。
決して毛や肌を痛めぬよう、マッサージ効果も期待しつつ優しく丁寧にブラシをかけていく。
俺の腕も結構上達したと思う。
チラリと鏡越しに彼女を見ると、気持ちよさそうに目を細めていた。
自身のモフを整える手は止まりがちになり、うっとりと俺のブラッシングに身をゆだねている。
どことなく幸せそうだ。
獣人にとって、他者からブラッシングをしてもらうというのは一種の愛情表現らしい。
髪っぽい部分や手先くらいなら友達にもブラッシングを許可するし、俺も付き合いたての頃にモフる許可をもらえたりしていた。
しかし、背中やお尻などのデリケートな部分は配偶者やそれに準じる者にしかブラッシングさせないらしい。
そして、心を許していればいるほど、モフらせてくれる面積や場所が多くなるのだとか。
獣人が好きな俺は事前にその情報を知っていたが、背中をモフられる彼女が照れ笑いを浮かべながらそのことを話してくれた時には、筆舌に尽くしがたいほどの喜びを覚えた。
『お尻をモフる権利があるのは俺だけ……』
モフモフとした毛が布地を押し上げる魅惑のモフケツに手が吸い寄せられていく。
そっと触れようとしたところで、パジャマのズボンからはみ出したフサフサの尻尾に手をペシンと叩かれた。
鏡越しに睨まれ、意図せず俺の表情がしょぼんの顔文字のようになる。
「お尻を触らせてくれるのは愛情の証だって言ってたのに」
手の甲を擦って彼女を見つめるが、フンとそっぽを向かれてしまった。
「お尻に限定してないけどね。だって、まだ朝だし。大体、その、そういうお誘いの意味もあるよって教えたじゃない。動物の猫や犬をモフモフするのとは違うんだからね!」
プクッと頬を膨らませると、猫獣人の丸い顔が更に丸く可愛らしい雰囲気になる。
愛らしい怒り顔は最高なのだが、一つだけ不満がある。
こちらはハイレベルケモナーなのだ。
ちゃんと彼女に対して恋愛感情と性欲がある。
そこら辺について彼女に誤解されるのだけは許しがたい。
「もちろん、俺の君に対するモフはスケベ狙いだよ! いてっ!」
いい笑顔でグッと親指を立てたのだが、握りこぶしをモフモフの手で包まれた上、爪を立ててギューッと握られてしまった。
これが結構痛い。
牙で甘噛みされた時の次に痛い。
その度に、やっぱり獣人は獣の血が入っているんだなと感じさせられた。
まあ、俺は獣人末期患者なので爪も牙もありがたい褒美なのだが。
『それに、ちょっと痛いくらいで加減してくれてるからな。本気になれば簡単に指とかを千切れてしまう獣らしい強さを持っているのに、手加減して決して怪我をさせないようにしてくれてる優しさ、愛情が素晴らしい。最高だ』
人間と獣人の恋愛では、どんなに気を付けていても流血沙汰になってしまうことが多いそうだが、俺は一度も彼女に怪我をさせられたことがない。
きっと、人間と獣人の身体的な差を理解して日常的に気を遣ってくれているのだと思う。
彼女の素晴らしさを再認識しつつ、ギュムッと俺の手を掴んだままの愛らしい手を、さらに上から包み込む。
「爪立て、ご馳走様です!」
これまたいい笑顔を見せると、呆れた彼女に鏡台の前へ座らされた。
彼女の持つプラスチック製のブラシを見るに、俺の髪を梳かしてくれるつもりらしい。
モサモサと絡まってばかりの俺の短髪が綺麗にほぐされていく。
櫛が入れられ、頭皮の血行が良くなっていくのが分かる。
彼女はよく俺の髪を手入れしてくれるのだが、その度にブラッシングは人間にとってもマッサージになるのだと感じさせられる。
とにかく気持ちが良くて、俺は瞳を閉じた。
そんな俺の姿を見て、彼女がドヤッと自慢げに口を開く。
「ふふ、好きな人にモフられるのっていいでしょ」
得意げな彼女を見て悪戯心が芽生える。
どさくさに紛れてお尻をモフると、彼女が「ちょっと!」と目元を赤くして睨んできた。
そんな姿に悶えつつ、
「好きな人をモフるのもいいだろ。良ければモチッとどうぞ?」
と、自慢のお尻を差し出したら軽く爪を立てられてしまった。
だが、チクッとした刺激と同時に柔らかな肉球がモチッとしてきた感覚があったのを、俺の尻は見逃さなかった。
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