優とかさねと化け猫チビ太
金澤流都
1 こたつを巡る攻防
人間は「開けた戸を閉めると化け猫」だとか、「猫が20歳を超えると人間の言葉をしゃべる」だとか、猫というものをたいへんに誤解している。
猫というのは人間から見たら「かわいい」とか「小さい」とか「目が怖い」とか、そういう生き物なのかもしれないが、猫というのは文化的で進歩した生き物で、猫世界では直立二足歩行など当たり前だし、寿司も食べるし映画だって見るし、赤ちょうちんで一杯やることもある。
ある日わしは猫世界でうまい焼き鳥を食べて大変満足して現実、つまり人間の家に帰ってきた。
だがしかし、こたつの電源が入っておらず、それに異議を申し立てるべく家のなかの人間を探すものの、いま家にはわしより若い人間、つまり弟子が二人いるだけのようだ。
現実においてはわしら猫はかわいいかわいいとよしよしされてぬくぬくのこたつで寝てあんまりおいしくないキャットフードとやらをうまいうまいと食べる生き物である。それを全うするべく、とりあえず年下の人間その1である優のところに向かう。
優は高校生だ。最近楽天市場で練習用のエレキギターとやらを買って、きょうもひとりヘッドホンをつけてエレキギターをじゃかじゃかとかき鳴らしている。
上手くなってから人に聞かせようと思っているようだが、それは愚かな考えである。下手なうちから人に見てもらわねば上達しない。
「なーおー」
反応はない。
「あーおー」
やはり反応はない。足首に噛み付くと、優は「ぎょばっ」と叫んで仰け反った。
「なーおー」
「なんだよチビ太! ビックリした!」
「なおー」
「お前さっき残りのカリカリ食ってたろ。それともどっかに粗相したのか? ん?」
完全にわしをバカにしておるな、こいつは。
もう一回足首に噛みついて、もうちょっと融通のきくもう一方の人間のところに向かう。
もう一方の人間は、まだ新しい学習机に向かって、真面目に宿題をしていた。こいつはかさね、という。この家で一番若い人間だ。
「ほげー」
我ながら酷い声が出た。歳をとると鳴き声が上手く出ない。どんどん掠れていく。
「あ、チビ太。どうしたの」
「うまー」
「おしゃべりしたいの?」
この人間はまだ猫と人間の区別がよく分からないので、わしは人間がやるように首を横に振る。かさねは椅子から降りて、わしのあとについてくる。
「なおー」
こたつのコンセントをつつく。
「あ、こたつの電気差してほしいの?」
「うなあー」
かさねは大変出来のいい弟子なので、コンセントを電源に差し込んでくれた。こればっかりは猫の力ではいかんともしがたい。
もぞもぞこたつに潜る。かさねはこたつ布団をめくって、にこっと笑って自分の部屋に戻っていった。人間の子供は宿題というものをしなくてはならないのだ。馬鹿げていると思う。
さて、わしがのんびりとこたつの光を浴びて温まっていると、優がギターの練習をやめて茶の間に来た。わしは耳も目も健康なので人の気配はよくわかる。
「あれ? なんでこたつの電源入ってんだ?」
あろうことか優はコンセントを引っこ抜いてしまった。
わしは激怒した。かならずこの不出来な弟子を噛もうと決意した。わしにはコンセントを抜く理由がわからぬ。わしは猫である。……果たして優に太宰治がわかるだろうか。
ばっとこたつ布団から飛び出して優の足首をまたしてもガブーっと噛んでやったら、優は「いでででで!」と悶絶したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます