令和5年度 リレー小説
@genbunken
第1話 by池形蘭四郎
安政5年(1858年)七月
坂本龍馬は途方に暮れていた。季節も夏に差し掛かり、蝉の鳴く声が聞こえ始めた真昼のことだった。江戸での二年間の剣術修行を終え、土佐への帰国を考えていた龍馬は、ふと家族に土産の一つでも持って帰ろうと思い立った。しかし、来る日も来る日も剣の鍛錬に明け暮れていた龍馬には、江戸の土産品としてふさわしいものが思い浮かばなかったのだ。何かないかと町に出たものの、目に入る商品が良いものにも悪いものにも見えてきて、気が滅入ってしまった。いっそ土産など無くても良いのではとも考えたが、一度思い立ってはそうもいかず、こうして途方に暮れながら歩いているのだった。
そんな矢先、一軒の茶屋が龍馬の目に入った。地味な外装で戸のそばに小さな看板が立っているだけの小ぢんまりとした茶屋だった。あまり繁盛しているようにも見えなかったが、歩き疲れていた龍馬にとっては絶好の休憩所であり、龍馬はすぐさまその茶屋へと入っていった。戸をくぐると「いらしゃいませ」と元気な声とともに、小さな女の子が頭を下げてきた。奥の厨房では母親らしき女性が食器を洗っているようだった
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