オークション・ポリス

海山 紺

第1話 商品

「十四番、一千万フロルで落札!」


 司会者の男が、喜々とした声音でマイク越しに宣言した。

 会場が大歓声と拍手喝采に包まれるなか、入札者席から一人の中年男性が壇上へと歩いていく。

 ファー付きのロングコートと仕立ての良いスーツ、それから華美な指輪の数々。おそらく資産家だろう。小太りで無精髭を生やしており、悪徳貴族を彷彿とさせる十四番の入札者は、下卑た笑みを浮かべて購入したての〈商品〉の元へ歩み寄る。


「これからよろしくね」

「ひっ……!」


 愉悦じみた――それでいてねっとりとした声を吹きこまれ、商品として買われた少女は涙目になりながら肩を震わせた。

 そのまま手錠を付けられた腕を強引に掴まれ、引き連れられていく。

 男性の付き人が入札金受取の者に札束入りのケースを渡す。それを確認すると、男性は少女を連れて壇上から降りた。そして、自席に戻って隣に座った彼女を舐め回すように見つめる。


 ――クソ野郎が。


 自分と同じくらいの年の女の子が、金満家の悪漢に卑猥な目で見られている。

 彼女の隣にいた銀髪の少年――ケルンは、誰にも聞こえないよう小さく舌打ちして顔をしかめた。


「次が本日最後の商品にして目玉となります! 十五番、オルキデア区貧民街スラム出身のケルン。十二歳」


 自分の番がきて、観客の視線がこちらに集中する。

 もはや珍妙な動物を見るかのような不快な眼差しに、ケルンは益々辟易した。


 ――おれは見せ物じゃない……!


 今すぐ見ている奴ら全員に唾を吐きかけてやりたい。


「御覧の通り、美しい銀色の髪と硝子のような白瞳、そして女性の如ききめ細やかな雪肌せっきが特徴です。滅多にお目にかかれない貴重な美少年ですから、五百万フロルからでいかがでしょう!」


 司会者が初期価格を告げると、すぐに入札者席から声があがった。


「七百!」

「早速七百出ました! それ以上の方は?」

「八百」

「千!」

「おお、もう一千万に到達! この勢いだと、史上最高額に辿り着くか⁉」

「千二百!!」

「千五百っ!!」

「二千!」

 

 金額に比例して会場内のボルテージが上がっていく。

 ケルンの憎悪や怒りもまた、最高潮に達していた。


「三千!」

「三千五百!!」

「五千でどうだ!」

「何と、ここで史上最高額が出ました!」

「七千」

「一億っ!!」


 前代未聞の高値に、観客席から熱を帯びた歓声がどっと湧く。

 競合相手ライバルたちも驚嘆していた。

 

「一億! こっ、これはすごい!!」


 これで入札が決まったか⁉


 手に汗握る司会者が入札者席を見渡していると、奥の席に座っていた一人が手をあげた。


「一億五千万」


 艶やかな声の主に、会場内の全員が注目する。

 煌びやかなドレスコーデに、大粒のダイヤモンドがはめ込まれた指輪。その他数多の高価な装飾品を身に着けている。

 初見の男性であれば間違いなくその美貌に夢中になってしまうであろう彼女は、女帝と呼ばれる不動産業界屈指の大富豪だった。


「その子は私のものよ」


 誰にも渡さないわ。


 不敵に笑む女帝に、誰しもがほうと感嘆と陶酔の溜息をつく。

 壇上に並列する〈商品少年少女〉を除いては。

 

「さ、さあ! 女帝の買値を超える猛者は現れるのかっ⁉」


 興奮した司会者に対し、挙手する者は誰一人としていなかった。


「十五番、一億五千万フロルで落札! アコニオークション史上、最高価格での落札となります!!」


 女帝の宣言通り、ケルンは彼女に買い取られることになった。

 会場内はこれ以上に無い熱狂に包まれる。


 女帝は立ち上がり、大金を手にした秘書を伴って壇上へと向かう。

 こつこつとハイヒールの靴音が規則正しく鳴り響くなか、ケルンはこちらに近づく買い主を睨みつけた。

 女帝が目の前に仁王立ちし、自分をまじまじと見つめる。


「間近で見ると何て美しい子なのかしら。本当に精緻せいちな彫刻みたいね」


 紡がれる言葉はまるで一つの音楽のよう。彼女の声はまさに弦楽器が奏でる典雅な音色だった。

 しかし、裏では冷ややかで暗い闇を抱えているような魔性の美声で、ケルンは思わず身震いした。


「純白の美少年……。この坊や以上に美しい子はきっといないでしょうね。ああ、やっぱりこの私に相応しいわ」


 たっぷり可愛がってあげるからね。


 吊り上げられた紅い唇。そして、その紅と同じ色をした血のような赤瞳。

 美貌ゆえのおぞましさをはらんだ微笑みに、ケルンは思わずひるんでしまった。

 更にはしなやかな白皙の手で頬をなぞられ、総毛立つ。唾棄する気力はとうに削がれていた。


「さ、いらっしゃい」


 無理やり手を引かれ、ケルンは「は、離せっ!」と彼女の拘束から逃れようとする。


「誰に命令してるの?」


 低く落とされた声に、思わず背筋が凍る。

 冷気を放つ眼差しから目を逸らせず、抵抗する力が徐々に抜けていった。


「あなたを買い取った瞬間に、私はあなたの主人になったのよ。身の程を弁えなさい」

「っ……!」


 秘書が買取金を支払ったのを確認し、女帝はケルンを連れて自席に戻ろうとする。


 ――くそっ、何でこんな奴なんかにっ……!


 何も言い返せず、この場から逃げることができない非力な自分が腹立たしかった。女帝に対し恐怖感を抱いてしまう弱い自分を嫌悪した。


 ――これからおれは、一生コイツの奴隷として生きていかなきゃいけねえのか?


 そんなの、絶対に嫌だッ!!


 何とかしてこの窮地から脱出できる方法を模索し始めたその時――。

 突如、バンッと勢いよく扉が開く音がした。


「全員、そこを動くな!」

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