豆腐の角に頭ぶつけて死ね!
風座琴文
第1話:事故物件? 安けりゃいいんだよ!
※この作品の登場人物は全てテキトーにバイブスで生きています。テキトーにバイブスで読んでください。
髪の毛は綺麗なワンレンボブにしている。黒髪は乱れる事なく揺れている。女性の割に身長が高く、一七〇を超えていた。ボディラインはモデルのように整っている。顔も美人の典型という感じだ。
白いシャツの上から黒いカジュアルジャケット、合わせたスキニーに身を包んだ彼女は一つのギターケースと大きなバッグを持ってそこに入っていった。
中にいる人達が一斉に彼女の方を振り返る。
「単刀直入に要件を言います!!」
彼女は叫んだ。
「手持ちの財産は三万円!!」
受付の女性に財布を取り出して三万円を叩きつける。
「敷金礼金初月の家賃合わせて一万円の物件はありますか!!」
とんでもない話に、小さな事務所の中には驚愕した空気が満ちた。
いくら帆成置が田舎とは言え、敷金礼金初月家賃合わせて一万円は無理だ。
この女は世間知らずの馬鹿なのか? それとも分かっていてあえてやっているのか?
しかし――一人の男はそれを見逃さなかった。
この女はたといどんな部屋だろうが後で文句を言わない。長年不動産を扱ってきた勘が告げる。以前もこんな馬鹿がきたが、丁度いい。
「えっと……」
受付の女性が困惑しているのをよそに、彼は彼女の方にいった。
「話は分かりました。わたくし、モット不動産の
城井は話を進め、入ってきたワンレンボブの女性は財布をしまって示された席に着いた。
やるのか、あれを……!! 不動産屋の中に蔓延った空気は驚愕だった。
城井が担当しているある物件……幾多の伝説をこの会社と近隣住民に残した物件ならば、彼女の要望を叶える事は可能なのだ。
しかしそれは、一人の見知らぬ女性を地獄の底へと突き落とす事になると、全員分かっている。
「あ、屁が出そう」
ベリッと屁をこいた女性に『こいつが死んでもまあいいか』という空気が流れる。
「ハハ……それでは、お名前をお伺いしたいのですが……」
「
鯉魚はワンレンボブを撫でつけて、かっこつけて名乗った。
「敷金礼金なし、家賃も一万円丁度の物件が一つだけあります」
「ギター弾いても文句言われませんよね?」
さてはこの女クソ厚かましいな? そんな空気がオフィスに流れた。
「ま、まあそのくらいであれば今の入居者の方々も見逃してくださるかと……」
普通ダメだが、城井にはこの商談を成立させなければならない理由もある。
「よし。そこに住みます」
「ならば誓約書を書いて頂き、幾つかの注意事項を聞いて貰う必要があります。家賃が安いのにはそれなりの理由があるので」
「うっす」
鯉魚の前に、誓約書が出される。
大雑把な所に関しては不動産の契約書とそれ程変わらなかった。何故、『誓約書』なのか。
以下の一文を見れば分かろう。
『契約者が契約期間中に死亡した場合、理由の如何を問わず、自己責任とする』
不動産の契約で契約する側の死亡の責任の所在が書かれる事あるのか。あったら申し訳ないが、こんな無条件に自己責任にされる方の身にもなれ。
なんて事は一切考えず、鯉魚はそれにサインと印鑑を押した。
「こちらにもお願いします」
「うっす」
城井は確信した。
このバカ女、誓約書も契約書も読んでねえ!
だがそれはかえって好都合、何故ならば不良債権でしかない所に人を入れてとりあえず一万円取れるから。
契約書も無事に出来上がり、城井はそれをコピーして鯉魚に渡した。
「住むに当たっての注意事項が幾つかありますので、それについてお話しします。下見していかれますか?」
「いや今日から住みます」
なんだこいつ。
城井はとりあえず、こいつなら面倒も起きそうにないしいっかと思って、注意事項を並べた用紙を鯉魚に渡した。
「まず、部屋には一通り家具などがあります。細かい物に関してはご自身で用意していただく必要がありますが、生活に必要な物はほぼそろっていると考えて頂いて構いません」
「へぇー便利!」
「ただ、その物品は謂わば部屋の備品であり、当社の持ち物です。破損させたり取り換える場合はご一報ください」
「あ、壊しても弁償しません」
弁償しろや……城井は言葉を飲み込み、営業スマイルを作った。
「故意にという場合でなければこちらで代わりの物を用意します。交換する場合はご相談ください。自費での交換ならば特に止めません」
城井の言葉に、鯉魚は安心したような顔をした。
「ただし……」
城井は眼鏡を上げて、鋭い目で鯉魚を見た。
「生活に不要な物も一部、部屋には存在します。そちらを壊したり捨てたりした場合、どのような事態になっても責任は負いかねます」
「いらない物? なんすかそれ」
「それをこちらから言う事はできませんが、少なくとも部屋に入ってみれば分かります」
「へぇー、まあいいや」
鯉魚はポケットに手を入れた。
城井が何をするのかと思っていると――鯉魚はポケットから煙草を取り出して、口にくわえ、躊躇う事なく火をつけた。
「うおおおおおおおおおおい何やってんだ馬鹿!!」
これには流石の城井も大慌て。
「え? いや難しい話聞いてたらヤニが切れたので補給しようと」
「禁煙に決まってんだろ!!」
「いーじゃないっすか死ぬわけじゃないし」
「健康被害が煙草の箱に書いてあるだろうが!! っていうか灰皿持ってんだろうな!?」
「そういや持ってないっすね。あります?」
「ねぇーよ!!」
煙草は喫煙所で吸うようにしましょう。あと携帯灰皿は持ち歩きましょう。というかオフィスで吸うな。
「誰かいらない缶とかあります!? それに水入れて持ってきてください!!」
「注意事項他にないんすか」
「黙ってろ!! 今から車出すけど絶対中で吸うなよ!?」
こんな酷い仕打ちをされても車を出してくれる辺り、城井さんはいい人だと思います。
神様の声が聞こえた気がして、鯉魚はボヒッと屁で返事した。
「コーヒーあります?」
「図々しいわ!! っていうか最初の家賃出せやヤニカス!!」
「うっす」
鯉魚は何故か財布を出さず、靴を片方脱いだ。
「あれ? えーっと……雨竜さん?」
困惑する城井の前で、鯉魚は靴の中敷きの下からぼろぼろの一万円札を取り出して、机に置いた。
「煙草を吸ったら思い出したんすよ。中敷きの下に一万入れてたなって」
その一万円札はぼろぼろになり、印刷された肖像も霞んでいた。そして、臭い。
「……領収書を出すので少々お待ちください。それから、連絡先をこちらに……」
「うーっす」
商売だ、これは商売だ……城井は滾る殺意を押さえて金をしまい、領収書を書いた。
そして、鯉魚は城井の車に乗って少し離れた所にあるアパート『ダグマンハイツ』に向かった。
空にはいつも、見えざるピンクの円盤が浮かんでいる。
ヤニカス酒カス色基地外三色そろったクレイジーロックガール(所持金三万円)の伝説は辺鄙な地方都市から始まる……始まるのかな……始まらなかったらごめんな……。
ちなみに鯉魚は城井の車の中で煙草に火をつけて大目玉を食らった。
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