終末世界のダンジョン王~幽閉されてた場所がダンジョン化して知らぬ間に最強ダンジョンの王になっていたけど、外では世界が滅んだそうです〜

飛鳥カキ

第1話 母の死

「母上が亡くなった? 嘘だろ?」

「残念ながら」


 ある朝、メイドのキャミィから知らされた報告はまだ十歳の俺にとって非情で重たい言葉であった。全く信じられようがない酷い嘘のように思えた。

 母上は元々虚弱体質で、あまり先が長くないと医者に言われていたのは知っていた。とはいえ、あまりにも早すぎるのではないだろうか? まだ今年で二十九だぞ。


「母上の所に行かないと」


 俺は自然とそう呟いて自室から一歩、足を踏み出そうとするとキャミィが俺の行く手を阻むように体を動かしてくる。


「何だ?」

「申し訳ありませんが、皇后陛下のご遺体は誰にもお見せするなと陛下から仰せつかっておりますので」

「息子である俺でもか?」

「はい。そのようにお聞きしております」


 一瞬、言っていることの意味が分からなかった。実の母親が死んだというのに見せるなとは一体どういう了見だ?

 十歳の俺には刺激が強すぎるからとか? いや、あの父親が俺のためにそんなことを考えるような人間じゃないことは俺自身がよく分かっている。

 他の兄弟と違って魔法の才能も剣術の才能もない俺は、あいつにとって一族の汚点でしかないのだ。


 ならどういう理由か? 俺の脳裏に良からぬ予感が過る。


「もしかして」

「お待ちください!」


 俺はキャミィの制止を振りほどき、母上の下へと走り出す。そんなことが、そんなことがあっていい筈がない。

 母上がいい筈なんて!


 宮殿内を走る俺の姿を見て召使たちがクスクスと笑ってくるのも無視して俺は走り続ける。

 俺、グリフ・フェン・ルケーノはルケーノ帝国第一皇子として生まれた。そんな恵まれた出生とは裏腹に俺には魔法も剣術も才能が無く、周囲からは『空虚皇子』と蔑まれている。

 正直、何故そのように言われなければならないのかと不満に思ったこともある。

 そんな時に俺の心を癒してくれたのが母上なのだ。


『あなたにもちゃんと才能はあるわよ。ただそれが少し他人と比べて見えにくいだけなの』

『本当?』

『本当よ。寧ろ母さんはあなたの才能の方が羨ましいわ』


 俺が剣術でも魔法でも才能が無いと言われて落ち込んでいた時、母上がそう声を掛けてくれていた。

 俺にも才能があるのだと。まあその才能って言っても、転んでも怪我をせず、どれだけ薄着をしていても風邪を引かないとかいう才能というかただ健康すぎる人なだけなんだけど。

 でもそれを母上が才能と言ってくれたため、俺もそれを才能と呼んでいる。まあ、他の人に言えば馬鹿にされたんだけど。


 廊下を走り、やがて母上の部屋の扉が目前へと近づいていく。そして勢いよく扉を開くと、中に数人が部屋の中央にあるベッドを囲んでいるのが目に入る。

 そしてその中には当然、あの男もいる。俺の父親であるエリツァール・フェン・ルケーノは、俺の姿を見るや否や汚らわしいものを見たかのような表情でこう告げる。


「何をしに来た? グリフ」

「母上が亡くなったとお聞きしましたので」

「……連れていけ」


 言葉少なにエリツァールがそう告げると脇に立っていた二人の騎士が俺の前へと立ちはだかり、部屋の中へ入ろうとする俺の腕をがしりと掴む。


「離せ。俺は母上の息子だぞ」

「殿下、ご理解お願いします」


 そう言って俺を部屋の外へ出そうとする騎士達。もちろん、俺はその二人の騎士に成す術もなく部屋の外へと放り出される。

 

「それと陛下が後でお話があるみたいです。また呼びに参りますので」


 そう言うとバタリと扉を閉められる。それを見て俺は暫し放心状態となる。


「なんでだよ、どうして」

 

 その問いかけは誰に答えられることもなく宙に消えていくのであった。



 


「グリフ、皇后に毒を盛った罪で貴様をこの国から追放する。貴様と隣国のルルーシア王女との婚約も破棄した」

「は?」


 父親に用があると呼ばれて開口一番にそう言われた。追放されるのはまあ分かってたけど。剣の才能も魔法の才能も無い俺がここに残っていられた理由は母上の存在が大きい。その後ろ盾が無くなった今、俺が国から追放されるのは理解できる。

 婚約破棄もまあ別に良い。元々、俺からではなく向こうから迫られただけだしな。


 問題は母上に毒を盛ったと言う父の言葉である。


「どういう事でしょう? 母上が毒を盛られた? それに盛ったのが私だというのですか?」

「ああ。その通りだ。証拠なら山ほどある」

「証拠? 証拠なんてある筈がない。第一、私が母上を殺す訳がありません!」

「……捕えよ」


 反論する機会すら与えられないまま俺は騎士達に組み伏せられる。だが、反論できない事よりも父の発言で確実に母上が何者かに殺されたのだという事が分かり、怒りがふつふつと煮えたぎってくる。


「お前が! お前が母上を殺したのか!?」

「陛下になんて口を聞くのだ! 大人しくしろ! この罪人め!」


 そうして俺は抵抗できないよう騎士に取り押さえられ、その場から連れ去られていく。その間も誰が母上を殺したのかをずっと考え続けるのであった。





「ここが今日からお前が暮らす場所だ」


 帝国から追放され、連れてこられた場所は鬱蒼とした森の中にポツンと一つだけ建っている小屋であった。

 小屋の中に入ると鉄の格子が張られており、その向こう側に無機質な部屋が見える。

 ほぼ牢屋みたいなもんか。

 

「兵士が外で見張りについている、外に出ることは許されない、飯も一日に一回持ってくる、まあなんだ、思ったよりはマシな待遇だな」


 部屋に一人取り残された俺は先程兵士から言われたことを繰り返す。最低限、死なない様にはしてくれるんだなと思う反面、恐らく飯の中に毒でも入れて暗殺するつもりなのだろうなと勘繰ってしまう。

 

「母上、すみません。あなたを守れなかった俺をどうか叱ってください」


 俺は誰も居ない筈の虚空に向かってそう呟く。母上を殺され、帝国から追放されて。一体俺が何をしたというのだろう。ただ、何の才能も持たなかっただけで。

 俺の中でふつふつと怒りが湧き上がってくる。そしてこの日、俺は心に誓うのであった。


 いつかこの幽閉された小屋から抜け出して、母上を殺した犯人に復讐を果たすのだと。

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