焼け跡の街の異邦人
何もかんもダルい
第1話 異邦人/余所者
ひとつ、余所者の話をしよう。
とある少年がいた。少年には家族が居なかった。捨て子だった。段ボールの中にバスタオル1枚で放り込まれ、古びた神社に捨てられていた。
運よく拾われて育った少年が幼少期を過ごした土地はこれまた古びた限界集落で、大人も子供も、悪く言えば価値観すら古い場所だった。
どこの誰の子とも知れない少年を、集落の人々は――――育ての親すらも――――気味悪がり、遠ざけ、村八分の中で少年は育った。
……だが。
少年はそれら一切を疑問に思わず、「そういうもの」として受け入れた。
一度たりとも褒められたいと思わず、誰かに嫉妬することもなく。与えられる、あるいは得られるものがどれだけ乏しくとも文句を一言も漏らすことは無く。
育て親が実子ばかりを贔屓して押入れに押し込めようと、その実子が意地悪をして土蔵に閉じ込めようと、抵抗の一つもしなかった。
考える頭が不足しているからだと嘲笑されることもあったが、いざ学校に通い始めれば同級生の2歩も3歩も先を行く察しの良さで実績を積み上げていった。
天涯孤独であったことと、普段の成績と素行の良さが生んだいじめに遭うも、そのすべてを完全に無視。エスカレートし過ぎて傷を負ったことで、警察に嗅ぎつけられ大事になってしまうほどに無感情だった。
事情聴取で判明した生活の実態から育て親から学校の教員までに捜査の手は及び、あれよあれよという間に少年は孤児院預かりとなる。
「なぜ助けを求めなかったのか」と少年は聴取中に聞かれた。
少年は考えた。
少年にとってこれまでの生活は助けを求めるに値しなかったから、助けを求めるに値しない理由は、と聞かれると改めて考える必要があった。
――――結局、少年は刑事の質問へこう答えるしかなかった。
「生まれた日に雪が降っていたから」
少年は、雪に責任を転嫁した。
◇
――――僕の眼前で、育ての親が死にました。
燃え盛る街の中、倒れてきた電柱に潰されてその命を終えました。
耳を右から左へ抜ける言葉はどこか遠くて、最期に何を言っていたかは覚えていません。ですが、恨み言だったような気はします。
僕は、火の手を避けて川の向こうへ逃げました。
先んじて焼け野原になっていたせいか空気が熱くはありましたが、焼け死ぬ危険性からは逃れることが出来ました。
背後からの足音。振り向くと、そこにはスーツの男性が居ました。
「君が生き残り?」
「そのようです」
「うーん、見込みのある子を残しておいてって言い含めておいたんだけど? 君に見込み、ねぇ……」
男性はじろじろとこちらを見てきます。賭け事をしていた時の育て親の目と同じでした。
しばらくそうやって観察し、最後に体を一歩引いて腕を組み、難しそうな顔をしました。
「君、何か才能とかある?」
「むしろ足りないものの方が多いかと」
「だろうね。こうやって話してても君が可笑しいのは分かるし」
「……貴方がこの大災害を起こしたのですか」
「そうだよ。……もしかして怒ってる?」
「……いえ、怒っては、いないのですが」
「歯切れ悪いなぁ。分からないなら分からないでハッキリ言っちゃえばいいのに」
よく分からない人、というのが第一印象でした。話している内容もそうですが、何がしたいのかがさっぱり分かりません。
……ですが、言葉が分からなくなるということはありませんでした。育て親の時のように何を話しているかが分からないという状況よりは、よほど気が楽でした。
そのせいでしょうか。こんな街一つが火の海に覆われるほどの災害を引き起こした犯人を前にしても、大して動揺もありませんでした。まるでそれが当たり前であるかのような自然体でさらりと言うので反応が遅れたのもありますが。
「なぜこのようなことを?」
「気になる?」
「はい」
「ウザかったから。それだけだよ」
「……」
「もうとにかくムシャクシャしててさ。全部ぶっ壊れちゃえばいいのになーって思ってたらちょうど手元にそれが出来る手段があったからやっちゃった。……ま、これはやりすぎたけどね!」
いやぁ失敗失敗、と、またしてもそれが当然のように片手で後頭部を軽く叩いて笑う男性。この人にとって、一度の軽はずみな失敗で人が大勢死ぬことは当たり前なのでしょうか。
……ここまで来れば流石に僕にも分かります。この人は危険すぎる。
ですが、男性はそんな僕の内心を見透かしたように質問を返してきました。
「むしろ私としては君の方が気になるなぁ。ホントに怒ってたりしないの?」
「はい」
「何で?」
「……何で、とは?」
「いや、普通もっとこう、あるじゃん。『こんなの間違ってる』とか、『お前は頭がおかしい』とか」
「頭がおかしいという点は肯定します」
「あ、そこは思ってたのね」
「……何で、ですか」
改めて言われると、分かりません。
普通の人間なら、怒るべきなのでしょうか。それとも、こんな何千何万の人が死ぬようなことを平然と仕出かした人に怯えるべきなのでしょうか。
……分からない。
考えても考えても答えが出なくて、僕は
「雪が降ってたからです」
「今3月だけど」
「僕が生まれた日に、です」
「……つまり? 君が私に何も思わないのは、君が雪が降ってる日に生まれたから?」
「はい」
男性は目を見開きました。
開いた口が塞がらない、という言葉をそのまま表情にして貼り付けたまま数秒固まり、そして次の瞬間にはお腹を抱えて爆笑し始めました。
「あっははははは何それ! 意味分からな過ぎてウケるね君!」
「そうでしょうか」
「ちょ、真顔で首傾げないで、ダメだツボった、あっはははは!!」
笑って笑って笑い転げて、ひいひいと上がった息を抑えながら男性はこちらを見ました。
「あー笑った、過去10年分くらい今笑ったよ」
「そうですか」
「そうそう。……んじゃ、満足したし私は行くよ」
「何処へですか?」
「んー、決めてないんだよね。まぁ適当にフラフラするよ」
「そうですか」
「そうそう」
男性はそのまま僕に背を向け、片手をひらひらと振って去っていきます。
しかし、その途中で何かを思い出したかのように此方を向きました。
「君、面白いね」
……言葉の意味は全く分かりませんでしたが、あの危険人物に目を付けられたということだけは嫌になるほど理解できました。
◇
町一つを覆った大火が鎮まった後に、育て親のわずかに残った亡骸を土に埋め、弔いました。
その後、テレビもラジオも何もかもが破損した焼け跡の街で僕は生活を始めました。冷えた消し炭と瓦礫を退かして地下室をや金庫といったものを探し、火と熱を免れた物資を漁って過ごす日々です。
使えるものがあるかもと隣町に行ったこともありましたが、どこも同じ状況でした。
スマートフォンはあの日に起きた絶大な磁気嵐で配線を焼き切られ、単なる板切れと化していました。こういう時に動くはずの自衛隊やメディアも全く来ないので、おそらく隣町どころか、少なくとも日本全域がこのような未曾有の状況なのでしょう。
焼け跡で生活を始めて1か月。街の外の様子は分からないままで、ただひたすらに生き延びようと必死でした。
有事に備えて武器も揃えました……とはいえ、真面に使えそうなのは除雪用の角形シャベルと警察の拳銃くらいでしたが。少なくとも人に使えば致命傷を負わせるものです。これで傷の一つも負わないのなら、もう立ち向かうこと全般を諦めるべき相手でしょう。
磁気嵐による文明の破壊と、明確な人間への殺意を持った何かによる蹂躙。そんな現実味に欠ける災禍がどう言う状況を齎すのか、それを知るのはもう少し後になってからでした。
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