2-5 双子の蛇のこと/卵詰まりについて


 光の渦が解けて、ゲンマとうずまきは息を切らせながら山中に再び立っている。額に浮かんだ汗を拭うと、夜風が心地良い。と、眼前に伸びていた大蛇もまた光を放ち、ほんの小さな浅紫色の蛇へと縮んでいくではないか。大蛇もまた、ただ蛇が妖力を帯びて変じたものであったのだ。それが為の神出鬼没と言う訳である。

 この様子では、もう追ってくる事もあるまい。そもそも、たかひひるを求めていただけで、こいつは何も悪さをしたわけではないのだ。気の毒な気もするが、だからと言ってゲンマも譲れないものがある。せめて哀れに伸びている蛇を安全な場所に隠してやろうと近寄ると、それは人の声を上げたので驚いた。


「……おのれ、おのれ……そのたかひひるは我らにこそ必要なもの。人間風情がどうして我らから力を奪う。その力がなければ……それがなければ妹は……」

「妹……?」


 蛇をすくい上げると、金色の瞳は驚いたようにゲンマを見上げ、こくりと頷く。

 聞けばこの蛇は、生れついての双頭であった。自然界でも飼育下でも、頭が二つある蛇と言うのは稀に生まれてくる。胚が正常に分裂しなかった為、双子になる筈の生命が双頭となって卵から孵るのだ。

 しかし、幸か不幸かこの蛇は生まれて間もない頃、偶然にもたかひひるに触れる機会があった。すると蛇は妖力を帯びて二つに裂け、変幻自在の姉妹蛇へと生まれ変わったのだと言うのだ。

 しかし今、その妹蛇が原因不明の病に苦しむようになった。姉蛇は再び回復の奇跡を求めて、たかひひるを捕らえようとしていたと言う事である。


「……俺にも妹がいる。これは捨て置けんぜ……」


 ゲンマが言うや、うずまきは好きにしろと言いたげに目を細める。姉蛇の案内で山中を歩むと、一本の大木の根元に、それは美しい娘が横たわっていた。ゲンマ達に気づくや、驚いて身を起こしかけるが、それを制するように姉蛇がするりと袖口から這い下りて、傍へゆく頃にはこちらも同じ顔の娘に変じている。


「こりゃぁ……」


 ゲンマが絶句したのは、妹の姿だ。確かに顔立ちは作り物めいて整っていたが、その着物の裾から長く伸びる下半身が正に蛇の姿なのだ。半人半蛇のあやしの娘は、月明かりの下で苦し気に荒い息を吐いていた。


「姉様、この者……人間ではありませぬか……どうか逃げて……私の事は置いてお逃げくださいませ……」

「どうしてそんな事が出来ましょう。妹をおいて一人逃げるなど、一つの魂を分け合って生まれた我ら、果てる時も共に……」

「別に取って食ったりはしねえよ」


 ゲンマは頭をかきながら蛇の姉妹に近づき、威嚇の表情を見せる妹をどうどうと制しながらゆっくりと腰を下ろし、目線を合わせる。「俺にも妹がいてな……」とゲンマはたかひひるを求める理由を語って聞かせると、姉妹はいつしか涙を流し首を振っていた。


「どうぞたかひひるはお持ちください。私はこのように、もう長くない命。苦しみを背負ってまで、生き延びようと思わない。いっそ楽になった方が良いのでございます……」

「ああ、妹よ。どうして悲しい事を言わないで。どうかまた元気になって、二人仲良く暮らしましょうよ」

「このままでは寝覚めが悪くて帰れんぞな~」


 普段は尊大な態度でふんぞり返っている狐にも、それなりに良心の呵責かしゃくと言うものがあるようだ。やれやれ、とため息をくうずまきに頷き、どうしたもんかと寄り添い泣き出す姉妹を眺めていると、ふと妹の腹が奇妙に膨らんでいる事に気づく。もしや、と思いゲンマはその帯に手を伸ばした。


「ちょっとごめんよ」

「あれ、何をいたしますの!」


 悲鳴を上げる妹蛇に構わず、ゲンマは帯を解いて着物を開いている。その下の裸体は、まず見事な蛇だ。下腹部をぐいっと押すと、妹蛇は苦し気に呻いた。姉蛇がそれをはらはらと見守っている。


「どうやら卵詰まりかもしれんぞ」

「卵詰まり!?」


 姉蛇が驚く事に、妹蛇は顔を真っ赤にして泣き出している。


「ひどい……ひどいですわ。まだ生娘きむすめですのに、殿方に剥かれて、姦通を疑われるなど……もうお嫁にいけませんわ……っ」


 鳥や蛇は時に卵詰まりを起こして苦しむ。文字通り体内で作られた卵が上手に産卵できず、卵管に詰まってしまう症状を言う。これは未成熟な個体の初産などで起こりやすいとも言われるが、必ずしも有精卵とは限らず、無精卵でも起こる。蛇は単為生殖で卵を産む事もあるからだ。もっとも、卵管に詰まった卵は母体からの酸素供給が経たれているので、どちらにせよ死んでしまっているだろう。


「恐らく妖力の暴走がこのような形で顕在化したのであろう。生まれが奇形であったのならなおさらぞ」

「どうすれば良いんですの。どうすれば妹は回復いたしますの!?」

「そりゃあ卵を取り出せば良いんだよ」

「旦那様……どうかこれも何かの巡り合わせと思って、取り上げてくださいませ……」


 妹蛇が瞳を潤ませて懇願こんがんするのに、ゲンマはよし、と頷いて。

 妹蛇の下腹部を押し出すようにしながら、蛇の卵管……それは人間の女で言えば膣の部分に指を入れ、卵をかき出そうと試みた。男の指が触れるのに、妹蛇は悲鳴とも嬌声ともつかぬ喘ぎ声を上げるので、流石に冷や冷やするゲンマである。蛇は変温動物なので外気の影響を強く受ける。ところが女の体内は夜闇の中でじとっとして熱く、汗ばんで苦し気に上下する胸は月光の下で艶めかしく蠢いて、しかしゲンマが手をつっ込んでいる下半身は見るも巨大な蛇。むせ返る様な女の臭気に当てられ、悪夢にでも見そうな光景の中、指先が何かぶよぶよしたものに触れたので、腹の外側と内側から同時に力を加えると、ようやくべちゃっと粘液に包まれた縦に長い卵が二、三個ぬるっと飛び出てくるではないか。その頃にはゲンマも全身汗びっしょりになっていた。


「ぶよぶよぞな~」


 うずまきが枝で死んだ卵をつつくと、それはべこっと表面をへこませる。蛇の卵は鳥のように硬い殻を持たぬのだ。姉蛇は卵をさっと拾い上げると、素早く穴を掘って埋めてしまった。妹蛇はしばらくぜえぜえと息を吐いていたが、やがて目をぱちくりさせて、飛び起きると腹をさすり笑みを見せている。


「まぁ、あれ程苦しかったものが楽になった。なんとお礼を申し上げれば良いのでしょう……旦那様は命の恩人にございます」

「まぁ、元気になったのね。重ねてお礼を申し上げます。このご恩は一生忘れませぬ」

「それならばたかひひるは貰ってゆくぞ。それと、乱暴をしたことも許してくれ」

「「もちろんでございますわ、旦那様」」


 同じ顔をしたあやしの娘が声を揃える。違いがあるとすれば、姉蛇は金の瞳。妹蛇は翠の瞳をしている事だ。


 こうしてゲンマとうずまきは蛇の姉妹と別れ、疲労困憊の体を引きずり里へ戻ると眠りにつき、翌朝からは山中に仕掛けた罠の回収を急ぐ。結局役に立たなかったが、人様の山にゴミを残しては帰れない。ゲンマが罠を狐の尾にしまおうとすると、うずまきは怒って狐火を放ち、あっという間に糞塗れの罠を燃やしてしまった。ああ、まだ使えたろうに勿体ない。どうやら狐の匙加減で妖しの炎は熱を帯びるようである。それがすっかり燃え尽きるのを見届けて始末をつけると、ようやく狐龍こりゅう弧盛こもりへと駆けてゆくのであった。



 ゲンマとうずまきが意気揚々と帰ってくると、玄関先で箒をかけていたイヨはぱっと明るい笑みを浮かべて出迎える。その様子に気づいてスオウも現れ、静かに頭を下げていた。


「お帰りなさいませ、お兄様。ご無事の様子でイヨは安心いたしました」

「おう、たかひひるもほら、この通りさ!」

「わがはいが捕まえたぞなーっ!!」


 うずまきは胸を張って瓶に入ったたかひひるを自慢げに掲げてみせる。妖蝶ようちょうは大人しく瓶底にとまって、ゆっくりと明滅しながらはねを休めていた。と、美しいその輝きに見入っている皆の背後で、きゃらきゃらと声を上げるものがある。


「本当に見事なお手並みでしたのよ。私、すっかり出し抜かれてしまいましたわ」

「まぁ、このお方が妹姫様でございますのね。なんと愛らしい美姫でありましょう。我ら姉妹とも仲良くしてくださいませね」

「げ、お前ら……なんでくっついて来ているんだよ」


 それは和総かずさ双子大蛇ふたごおろち変化へんげであった。今は姉妹両方すっかり人の姿をして、ゲンマの言葉に顔を見合わせるや、艶めかしく体をくねらせ、袖で顔を覆い肩を震わせている。


「そんな、あまりに切ないお言葉……妹は覚悟を決めて旦那様に体を預けたと言いますのに……」

「いいえ、いいえ。いいんですのよ姉様……所詮しょせん私達は行きずりの田舎娘。旦那様にお情けを頂戴しただけでも、幸福と言うものですわ」


「お兄様」


 親切にしてやりゃあ、こりゃあとんでもないお調子者だぜ。双子大蛇の言葉に半ば呆れるゲンマがはっと振り返ると、イヨは人見知りの猫のように玄関の奥からじとっとこちらを見ている。張り付いた笑顔には、戸惑いと共に拒絶の色がありありと見えた。


「お兄様も殿方ですもの、女遊びの一つや二つ、あるのかもしれません。最後にはイヨのもとに帰ってきてくださると信じております……けれど、家にまで連れ込むのは許せません。イヨはお兄様のお心がよくわからなくなりました……悲しい……」

「軽蔑いたします」


 イヨの肩を抱き、スオウが文字通り鬼の形相を見せるのにたじろぐ兄である。どうやら妹と鬼蜘蛛おにぐも変化へんげは、留守の間すっかり心を通わせたらしい。しどろもどろになりながらゲンマは狐に助けを求めるが、うずまきはいつになく邪悪な笑みを浮かべて面白がっているからたちが悪い。


「イヨちゃ~んっ! こいつ娘の下半身を強引にまさぐっていたぞなーっ!! しかもた、た、卵まで……っ!!」


「卵っ!!」


 ああっ!!


 額に手をやり、よろよろと倒れ伏すイヨである。狐はきゅきゅきゅと笑っている。裏切り者め。


「おい、イヨ。勘違いするなよ。俺はお前の為にたかひひるをって来たんだぜ。こいつらはそこで出会った蛇の変化へんげさ」

「まぁ……へびの……?」


 可哀想に、大きな瞳を潤ませているイヨの涙をそっと指で拭うと、ゲンマはそうさ、と和総での出来事を話して聞かせる。すべて聞き終えるとイヨはほっと胸を撫で下ろし、それ以上に安堵の息を吐きながらゲンマがすする茶はスオウが淹れたもので、これが思いがけず美味い。


「ゲンマ様はイヨ姫様の為に、それはご活躍なされましたのよ。その上たかひひるを巡り一時は対峙した私達までお救い下さった」

「こんなに素晴らしい殿方は他にありません。私達姉妹は兄妹の絆に感銘を受け、是非ともお傍でご恩返しするべく、こうして共に参ったのですわ」

「勝手についてきたんだけどな」


 ゲンマが呆れて呟くのに、双子大蛇の変化はきゃらきゃらと笑みをこぼす。イヨは頬を赤らめて頷いている。


「まぁ、なんだか一度にお姉様が増えたようで楽しいですわ。ねぇ、お兄様。スオウも来て、家の中が明るくなってゆくようですね」

「そうだな」

「共に暮らすのですもの。双子大蛇ふたごおろちの姉妹では呼びにくいし堅苦しい。親しい名前が必要です。金の瞳の姉蛇はウイキョウと。翠の瞳の妹蛇はヒスイと呼ぶ事にいたしましょう」


 イヨが姉妹の手を取るのに、二人ははっと息を飲んで、感じ入るように目を閉じてその名の響きを確かめる。いつしか蛇の姉妹は涙を浮かべて微笑んでいた。


「まぁ……なんと良い名を頂いて……ねぇ、ヒスイ」

「ええ、ウイキョウ。私達、末永く仲良くやっていけそうですわね」


 そのやり取りを、ゲンマとスオウは微笑まし気に聞いている。と、それをまたやや遠くから、大きな耳で聞いているのはうずまきだ。

 えんに腰かけ茶を啜りながら、狐は兄と蜘蛛以上に感じるものがあった。


「名は最も力を持つ最初のしゅぞな。双子大蛇をたった一言で虜にしてしまった……あの娘……まるでツブラ様の再来ぞ……」


 と、その耳が何かの気配を捉え、ぴくりと動く。大きな瞳が晴れ空へ向くや、狐は眼力で覗き見る何者かの術を弾き飛ばした。


 面倒な奴が覗いているようぞ……。


 呟きは、兄妹と妖異達の楽し気な笑い声にかき消され、誰にも届かず消えてゆく。



「虫屋ときつね 胡蝶怪獣綺譚こちょうかいじゅうきだん~たかひひる妖異伝~」より

~2.姉妹の絆 月下の双子大蛇ふたごおろち

おしまい

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