☆KAC20243☆ シンデレラの靴
彩霞
前編
タタン、タタン。タタン、タタン。
『次は終点、仙台、仙台です。
The next station is Sendai terminal.Please change here for the……』
——うーっ、眠い……。
朝の通勤電車の中、
四月も下旬に入って春真っ盛りの今、気温も湿度も丁度良く、寝るのにはうってつけである。
そして、春は人々の心を
柔らかな日差しと、ふんわりとした暖かな空気が、どこか気持ちを
しかし今の瑛理には、春の癒しの空気はまるで効果がない。
今年度から新入社員の教育係として「アドバイザー」に任命されたために、その重責で
「……」
瑛理が担当している新人は、伊藤
営業職なので、好感が持てるのは重要である。
しかし、それは中身を
瑛理は吊り革に体重を乗せると、目を
——まさか「伝票をきって」って言ったら、伝票そのものをハサミで切るとは思わなかった……。
伊藤は在学中、スマホでレポートも論文も書いていたというので、キーボード入力がとても遅い。「Word」と「Excel」を知っている前提で話すと、「すみません、分かりません」となる。
百歩
そしてこの状況が自分以外のアドバイザーが同じならば、まだ許せる。
しかし、同じように「アドバイザー」になった先輩たちは、口々に「新人の呑み込みが早くて助かる」と言う。
さらに人手不足の昨今、伊藤でもいないよりマシと思われているため、次から次へと仕事が回され、彼が予定に間に合わせられなかったものは、全て瑛理に回ってくる始末だ。瑛理は
「次は終点、仙台、仙台です。
The next station is Sendai terminal.Please change here for the Tohoku Shinkansen……」
車内アナウンスが流れ、電車が少しずつ速度を落としていく。体が進行方向に向かって動くので、隣に迷惑を掛けないようにハイヒールを
慌ててつり革を
——あっぶな!
内心ひやっとしたので、危機を逃れた途端嫌な汗をかく。朝からろくなことがない。
だが、問題はそれだけではなかった。
——ヒール、壊れていないよね……?
さっきの感じからしてハイヒールの
「仙台駅、仙台駅です。降りる際は足元にお気をつけの上、お忘れ物をなさいませんよう、お気をつけください」
電車が止まり、ドアが開くと
瑛理もその流れに乗って、駅に降り立つも、どんどん後ろから来る人たちに押され、靴を見ている
仕方なく階段を上っていたときだった。右足の黒いハイヒールが脱げてしまったのである。
「あっ!」
瑛理はとっさに振り向いたが、後ろから来たサラリーマンのおじさんにむっとした顔をされてしまった。「止まるな」と言いたいのだろう。
安全を考えたらその通りなので、瑛理はその状態のまま階段を上り切る。
しかし、それでも人は後からどんどんやってくるため、
ようやく人が
瑛理は小さくため息をつくと、一歩足を踏み出す。とても歩きづらい。片足しかハイヒールを履いていないので、当然だろう。
だが、落ちたハイヒールを取りに行くには、この状態で階段の下に向かうしかないのだから、仕方がない。
一段、また一段。
足の裏に感じるのは、ひやりとするコンクリートだ。何てことないはずのことだが、気持ちに余裕がなく、体も休めていないために、だんだん自分が
「……」
その気持ちに気づかぬ振りをしながら、ようやく下にたどり着くと、
——よかった。
ほっとしたのも
——わっ!
心の中で驚きの声を出しつつ、どうなったのだろうと右側のハイヒールを見て見ると、ヒールが本体から
——うわー、やっぱりか。ついてないなぁ……。
瑛理はほんの少しの間立ち尽くしていたが、すぐに我に返り大きくため息をつくと、右足のハイヒールを手に持ち、重々しく歩き出す。
——コンビニに瞬間接着剤売ってたっけ? あったらそれでくっつけて一日乗り切るしかないな。そして仕事が終わったらお店に行って、ハイヒールを買って……って、何時に帰れるか分からないか。今日は水曜日だから、接着剤で付けた状態で明後日まで持つかどうか……。
「あの、すみません」
瑛理が
下から彼女に声を掛ける人物がいたのである。
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