第67話  正一と倫太郎

「正一、お前は仕事も見つからずにぶらぶらとしているのだから、一緒にブラジルまで行って働いてこい!」

 と、父に言われることになった正一は、叔父さん家族についてブラジルまでやって来たのだが・・


「来て早々問題を起こすなんて!正一!お前は何を考えているんだ!」

「他人様の家へ泥棒するために乗り込むだなんて信じられないよ!」

「お前なんぞ連れて来るんじゃなかった!」

「出て行けよ!泥棒なんかうちにはいらないんだよ!」

 と、言われて、叔父さん一家が与えられた家から追い出されることになったのだ。


 死んだ源蔵さんの家に襲撃をかけようという話を持って来たのは正一の従兄の倫太郎だったし、倫太郎も一緒に捕まってカマラーダの住居の裏に置いてある獣用の檻に入れられた。もちろん、カマラーダとして働かされてもいたのだが、

「正一!お前なんか出て行け!出て行けよ!」

 と、怒鳴り散らすように言って来たのが従兄の倫太郎。倫太郎は自分は全く悪くない、正一に誘われたから無理やり、仕方なくついて行ったのだと主張して、それを叔父さん夫婦が信じ込んだということになるのだった。


 そういったわけで、正一はカマラーダ四人組の中では一番早くに家を出ていたので、松蔵の家から一番近くの空き家に移動をした後は、住めるような環境を作り出そうと努力した人でもあったのだ。


 突然、居住区に銃声が響き渡り、ダンビラを持って駆けつけた正一は、

「君ら!元気が有り余っているようだね!だったら俺の手伝いをしてもらおうかな!」

 と、言い出した一之助に堀棒を渡されて、居住区の外に、人間が埋まる程度の穴を三つ掘っておくようにと頼まれることになったのだ。


 カマラーダとして働く四人組は見回りの仕事もしている関係で、居住区の外に出られるようにと、柵が外せる場所が数箇所設けられていることを知っている。珈琲畑に行くための近道として利用したり、近隣住民が自分たちの家へと帰るために利用しているのだが、その柵から外に出た四人組は、

「「「「穴三つ掘っておいてくれって本当に?これから何をするの?」」」」

 と、同じことを言い出して、恐怖に震えることになったのだった。


それなりに居住区からは離れていて、いくら叫んでもみんなが住んでいる場所には届かないような場所に、穴を掘って待機するようにと言われたのだが、

「これは・・噂のお仕置き第二弾ということになるんじゃないのかな?」

 清が堀棒を片手に持ちながら言い出した。


 シャカラベンダ農場は他の農場に比べても規律正しく、日本人同士が揉めるようなことが少ない農場として、移民公社の人間の間では有名らしい。田舎にある農場なだけあって害獣による被害もあるけれど、先輩労働者が後輩労働者の面倒をよく見てくれるので、問題があったら間に入る通詞とっても非常に助かる農場なのだ。


 そんなシャカラベンダ農場で何か問題を起こした人間は、カマラーダの住居の後ろにある獣用の檻に一晩入れられる。これはブラジル人でも日本人でも同じで、檻の中で一晩過ごすことで熱した頭を冷やさせる、反省させるという意味で利用されるらしい。


 雪江の口車に乗って源蔵さんの家を急襲した四人組は、この檻の中で一晩を過ごした経験がある。日本人の間ではこの檻の更に一段階上のお仕置きがあると言われているのだが、そのお仕置きが『生き埋め地獄』と呼ばれるものであるらしい。


「それじゃあ、やっぱり・・」

「これが噂の・・」


 ごくりと生唾を飲み込んだ四人が堀棒でせっせと穴を掘っていくと、そのうち三人の若者たちを担いだ一之助と九郎がやってきて、

「後はこいつらに自分で埋まる穴を掘らせるから帰って良いぞ!」

 と、言われることになったのだ。


 その連れて来られた男たちの中に、自分の従兄でもある倫太郎の姿を認めた正一は、

「これって本当にまずいんじゃないの?」

 と、口の中で小さく呟くことになったのだ。


 倫太郎はとにかく、鼻につくような奴だった。年齢が大して変わらないことから、親族が集まるといつでも比較されて来たのだが、

「正ちゃんは鈍臭いからね!」

 という理由で、正一よりも倫太郎の方がよっぽど優れているというように扱われてきたのだ。


 それはブラジルに来てからも同様で、常に倫太郎と比較されてきた正一だったけれど、家を追い出されてからというもの、そういうことがなくなったため、正一は自由を満喫しているようなところがあった。


 カマラーダとして働く正一は、外作地に行きもせずに昼間っから女の子を空き家に連れ込んで、酒を飲んで騒いでいるという集団がいるのを知っているし、そのグループに三郎のはとこである清子ちゃんが狙われているという話も聞いている。


 特に興味もなかったので、

「あの新参者の野郎どもが!」

 と、大人が怒りの声を上げていても、気にもしなかった。だって、自分には絶対に関係のない人たちだと思っていたから。


 だというのに、暗くなった夜の森の中で、縄で縛り上げられた状態で運ばれてきた倫太郎の姿を見ることになった正一は、

「倫太郎、お前、なんてことを・・」

 自分の従兄があろうことか、松蔵が愛する珠子に不埒な真似を働こうと企んでいたという事実を知っることになった。


「九郎さん!一之助さん!そいつは俺の従兄でもあるんです!詫びの意味で俺、このまま穴を掘りますから!」

 正一は両目に涙を溜めながら、堀棒でやたらと硬い泥を掘り続けることになったのだ。


 無関係を主張したいけれど!俺、松蔵さんに責められるかもしれん!せめて、少しでも温情をかけてもらうためには、穴を掘って掘って掘りまくらなけりゃならないのかもしれん!


 珠子が家族から暴力を受けて家を飛び出した時に、碌な言葉もかけられず、逃げるように支配人の家へと行ってしまった正一である。自分の従兄が、まさか珠子を襲おうと考えていたなんて!

「死んだ!俺もう死んだわ!終わった!」

 と、言いながら、夜がふけるまで正一は穴を掘り続けることになったのだった。


 結局、三人の若者たちは九郎や一之助たちに殺されて埋める・・ということにはならずに、

「助けてくれよ!」

「正一!助けて!」

「助けて!お願い!」

 首から下を埋められて頭だけが土から出ている状態にされるらしい。


この状態でまる二日放置するらしく、

「朝、晩、水をぶっかけに行くから、死ぬことはないから」

 と、一之助から言われた時には、

「俺がこいつらに水をぶちかけに来ますから!一之助さん!どうぞよしなにお願いします!」

 と、泥だらけとなった正一は、一之助を拝むように言い出したのだった。


 丸二日、頭だけを出した状態で埋められている三人は、

「助けて!」

「喉が渇いた!」

「食べ物!」

 と、すがるようにして正一に声をかけて来たのだが、正一は言われた通りに、バケツの水を頭からかけるだけで彼らに食べ物などあげることはしなかった。


 正一がひたすら願うのは、罪を犯した従兄の巻き添えにだけはならないことだ。頭だけを出して埋められている状態の三人組を掘り起こす際には、三人組とつるんでいた若者たちが駆り出されることになったのだが、

「最後まで見届けさせてください!それが俺なりの誠意なんです!」

 と言って、再び、九郎と一之助に拝み倒すことになった。


「いやいや、正一くん、君ってもうおじさんの家から出て独立しているじゃない」

「おじさんの家とは切り離して考えているから、そんな死にそうな顔をしなくったって大丈夫だよ!」

 と、逆に二人から励まされるように言われることになったのだが、

「ああ!なんで倫太郎!そんなことを企んだんだ!」

 正一はその時も絶望の淵に立たされているような、悲壮感たっぷりの様子で、土の中から救い出される従兄の姿を睨みつけるようにして見つめていたのだった。

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