第60話 後悔するなよ
崇彦さんがダンビラを引き抜くと、後ろの三人の男も同時にナイフやら鉈やらを僕に向かって構え出したってわけさ。
これはつまりあれだな。
美代ちゃんとやらを探して鼻の下を伸ばした僕が雪江さんと一緒に森に入って不埒な真似をする(場合によっては雪江さんが僕に誘いをかけてくることもあったんだろう)。そんな現場に出くわしたていで、男四人で僕を半殺しにするつもりだったのかな?
なんで僕を半殺しにするのかといえば、僕の家には農場主から貰ったライフル銃があるからね。そうして痛めつけた僕を脅してライフル銃を手に入れた彼らが何をするのかは分からんけれども、僕に襲われそうになった雪江は悲劇のヒロインとなり、ヒロインに襲い掛かろうとした僕は悪役となって、ライフル銃を持つ資格はないと糾弾するつもりだったのかもしれない。
「実にお粗末だね」
呆れ返るほどだよ。
「徳三さんのところにもライフル銃はあるけど、あの人たちから奪い取るのは難しそうだから、いつでも一人で行動する僕に白羽の矢を当てることにしたってこと?」
僕は崇彦の背中に隠れる雪江を見つめながら言い出した。
「そうか、君は珠子ちゃんが物凄く嫌いだから、僕を痛めつけたそのついでに珠子ちゃんも痛めつけようとしていたのか」
彼らの想定でいけば、崇彦さんと取り巻き三人相手では他勢に無勢。暴力を受けてボコボコにされた僕を引き連れて僕の住む小屋へと戻り、ライフル銃を回収するついでに、僕の帰りを待つ珠子ちゃんを男たちに襲わせる。この娘だったらこれくらいは平気で計画していそう。
「君って自分よりも幸せそうな子を見るのが大嫌いだもんね?同じくらいの時期に同じ農場に配耕になって、かたや『ブラジル人と日本人の架け橋』だと称賛されて、人種構わず色々な人から頼りにされている。だというのに、同じような環境で生活する君ときたら、男に愛想を振り撒くくらいのことしか出来ないもんね?」
甘やかされて育った挙句に、姉夫婦についてこんなブラジルまでやって来て、立派な不和の種として成長するあたりが、ある種の才能なのかもしれないけれど。
「気に入らない僕と珠子ちゃんを痛めつけたら、今なら農場主も来ているから、自分の美貌を使っていくらでも言い逃れしてやろうとでも考えているのかな?」
思い上がりも甚だしい。ちょっと顔が可愛いだけで、そこまで思い上がれるところが凄いよな。
「松蔵さん、御託を並べるのはもういいから、さっさと俺たちにライフルを渡してくれよ」
「なんで君らに僕のライフルを渡さなければならないわけ?本当に必要だったら、徳三さんのところへ行って説明をした上で借り受けてくればいいだろう?」
「松蔵さん、俺たち、松蔵さんを別に殺したいというわけじゃないんだよ」
崇彦の後にいる若い男がナイフを構えながら言い出した。
実に面白い!
「凶器を持った男が四人もいれば、たった一人を倒すことくらい何の問題もないって思っているのかな?こういうことはやり慣れている?いや、そんな感じじゃないな。とりあえず僕が集団で襲いかかる初めての獲物というわけか!君ら、こんなことをして後悔するなよ?」
僕は腰から引き抜いた短銃を目の前の男たちに向けながら言い出した。
「この銃はね、日本軍が独自に開発してロシアとの戦争のために大量に生産した短銃なんだけど、物凄く性能が悪かった為に、持って帰っていいよと言われたものなんだ」
これは本気で笑えない銃だよ。
「なにしろ、試し撃ちだって言って豚の額に向けて射撃をすれば、弾が貫通せずに弾かれて落ちてしまったというような代物だよ。こんなものはどうにもならんと言われたけど、骨を狙わなければそれなりの効果はあるんだよ。とりあえず肉には食い込むし、弾丸が肉の中で止まることになるから、撃ち抜く場所さえ選べば、ダメージを与えられると言えるだろう」
バンジードの話を聞いて、何があるか分からんと思って持って来ておいたものだったけれど、早速利用することになろうとは・・人生って何があるか分かった物じゃないよな。
「どうせ・・どうせ!弾なんか入っていやしないんだろう!」
僕は躊躇なく引き金を引いた。
弾なんか入っていないと喚く崇彦さんの足に向けて銃声が轟くのと同時に、僕に襲い掛かろうとした奴らが悲鳴をあげて逃げ出していく。
もちろん、若者たちと一緒になって雪江も逃げて行ったけれど、どうせ農場から逃げることは出来ないんだ。
「崇彦さん、君、確か珠子ちゃんたちと一緒の旅順丸でブラジルまで来ているんだよね?」
太ももを銃で撃たれて転がる崇彦さんの胸ぐらを掴みながら僕は言った。
「同じように苦楽を共にしてきた珠子ちゃん、あの子をちょうど良い機会だからってことで、みんなで慰み者にしようと企んだ?」
「ぐううう・・そ・・そんなことするわけない!」
「いやいやいや、本当のことを言ってよ。言ってくれなくちゃ僕、うっかり君のことを殺しちゃうかもしれないから」
額に銃口を突きつけられた崇彦さんは、痛みで脂汗をかき、悲鳴をあげて泣きだしながら言い出した。
「ゆ・・雪江が!雪江が森の中に金の埋蔵金があるから!自分は埋まっている場所を知っているから探しに行こうって!金を自分たちのものにするにはライフル銃が必要だからって!それで!松蔵さんを襲おうって話になって!」
「そういう話はどうでも良いんだよ」
埋蔵金とかどうでも良いし。
「そうじゃなくて、僕の珠子ちゃんに手を出そうとしたのかどうか?嘘を吐いたら今すぐ殺す。ちなみに、ブラジルで死んだら仕方ないで処置されるから、よくよく考えて答えた方がいいよ。僕は正直者が好きだから、きちんと話してくれるのを望んでいるだけだからね」
「・・だ・・だから・・だから・・唆されて!小屋に居たら皆んなで楽しもうとは・・確かに・・唆されてそんな話も出たかもしれないけど!」
ゴッと音するほどの頭突きで崇彦の鼻を潰すと、真っ赤な血が飛び散った。右の拳で殴りつけると、口の中から歯が折れて飛び出した。左拳は顎に当たり、骨が折れたような感触が残る。更に一発、二発、三発と馬乗りになって殴りつけていると、
「パーラッ(やめろ)!」
マティウスが僕の肩を押さえつけるようにして声をかけてきた。
銃声を聞きつけて来た徳三さんと九郎さんも居て、なんだ、なんだと人が周囲に集まり始めていた。
「マツ、ボセシュトウ?(お前が撃ったの?)」
「エ(そう)」
僕は血まみれの崇彦さんの上から立ち上がりながら言ってやったよ。
「エリテントウホウバ(彼は奪おうとした)メウピストーラ(僕の拳銃を)ポルイッソ(だから)エウデホテイイッソ(倒した)」
僕は倒れたままの崇彦さんを見下ろしながら言ってやったよ。
「エリケーアルマジフォーゴ(彼は武器を欲した)ポルケ(なぜなら)エリケートマオポデール(彼は権力を欲したからだ)!」
「「「アアン?」」」
僕は決して嘘を吐いているわけではない。彼は僕を襲って武器を手に入れて、力を手に入れようとしたわけだもん。だけど、農場内で武器を手に入れて権力を手に入れるって、どういうこと?頭おかしいのか?と、みんなが思ったわけだよ。
「ディシュクルパ(すまなかった)!ジェンチ(みなさん)!」
そこで九郎さんに支えられた徳三さんが言い出したんだよね。
「アトゥアウメンチ(最近)エリテンストレッサ(彼はストレスを抱えていた)ポルケ(なぜなら)アルグンスメーゼスデポイス(数ヶ月後に)フィンジコントラット(契約が終了するからだ)」
徳三さんは悲壮感たっぷりとなって言い出した。
「ジャポネース(日本人)、ナオンファラポルトゲーシュ(ポルトガル語話せない)ムイント(とっても)ムイント(とっても)アンシエダージ(不安なんです)」
確かに大概の日本人はポルトガル語が話せないし、覚えない。何故なら、絶対に日本に帰れると信じているからだ。
「ポルファボール(お願いします)ミペルドーエ(許してください)」
許してくださいって言われても、危ない権力を求める男は血まみれで倒れているし、徳三には(厠とか色々)世話になっているし・・
「ジェンチ、ポージボルター(みんな帰っていいよ)デイシャコミーゴ)私に任せて)」
と、古株労働者マティウスも言うし、じゃあ帰るかってことで、銃声を聞きつけて集まったブラジル人たちは帰っていくことになったんだ。
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