第7話  嵐の予感

 貴重な労働力として日本からブラジルへと移動する時にはですね、周囲の人たちからこんな風に言われたわけですよ。


「君たちはブラジルで必ず成功するだろう!」

「珈琲農園で働いて一攫千金!」

「故郷に錦を飾ることが出来るだろう!」


 移動に使われた船は立派なものですし、みんな立派な洋装に着替えてですね、船上で運動会なんかやったりして、楽しく過ごしながら移動をしたわけですよ。


 到着したサントス港近くに用意された一時滞在場所も近代的で、これから華やかな生活が待っているのだわ!と、みんながみんな思いましたとも!


 そうして珈琲農場に『配耕』されることになったわけなんです、それまでの私たちは非常に近代的な生活を楽しんでいたわけです。サントス港近くに用意された一時滞在場所には清潔なベッドが用意されていましたし、きちんとした食事だって用意されていたんですよ。


 それでもって悪路に継ぐ悪路を進んでようやっと到着した農場には、無数の掘立小屋(と、言いたくなるような代物)が並んでいて、今日からこれを使えっていうわけですよ。


 こっちに来て分かったことなんですけど、日本だったら何でも『木』を使って作り上げていくと思うんですけど、ブラジルでは『土』を使って作り上げるんですよね。


 土で作った日干しレンガを積み上げて作られた家(掘立小屋)にはもちろん、床板なんて張られていやしません。土です。土、土の上で生活する感じです。


 そして屋根は土を練って作った瓦が利用されているんですけど、この瓦、腿の上に貼り付けるようにしてカーブを作り出した上で天日干しにして作るんです。


 ちなみに雨が降ると雨漏りします、下が土なのですぐにグジョグジョになってしまうわけなのですよ。で、寝床、この寝床はですね、コーヒー豆を入れるための大きな麻袋があるんですけど、この麻袋に乾いたとうもろこしの皮なんかを詰め込んで作り上げるんです。


 そうです、今まで奴隷の人たちが使っていた住居をそのまま使っているので、生活も奴隷が基準になっているのです。都会(サントス港)からやって来た日本人たちは、まずはこの奴隷小屋(掘立小屋)を目の前にして愕然とします。


「いくら日本が不景気だちゅうてもこんなボロ家に住んだ事はねえ。奴隷みたいにして暮らすために遠路はるばるこげえな場所まで来たわけではねえんだぞ」

「こんな所に住むために伯国三界まで来たわけじゃあねえ!」

「ふざけるなー!聞いていた話と違うぞー!」


 みんなまずはこんなことを言って憤慨しますよね。


 私たちが源蔵さんの遺体を運びながら居住区に戻ると、配耕になった日本人たちの怒りの声が聞こえて来ました。皆さん、ようやっと現実と理想のギャップに気が付き始めているようで、茫然自失となっている人もかなりの数に登るようです。


「珠子、神原さんはあそこの家に住んでもらうことになるから」


 山倉さんと話していた徳三さんがそう言って、居住区から少し離れた丘の上の方に視線を向けながら言いました。

「お前が案内してくれるか?」

「カマラーダの居住区の近くの家にするんだね」


 日本人たちが集まって住む居住区からは少し離れた場所にあるんですが、賃金労働者が住み暮らす建屋の近くになるところに一軒、掘立小屋があるんです。


「それにしても、いきなりこっちにやって来て賃金労働者(カマラーダ)として働くなんて、松蔵さん、かなりの挑戦者ですね」

「あのさ、そもそもそのカマラーダって一体何なの?良く分かっていないんだけど?」

「農場の主人と個人契約している労働者のことで、珈琲豆を干したり、農場の見回りなんかもする人のことなんですよ」


 山倉さんは笑顔、笑顔で言いました。

「神原さんは満州帰りだから大丈夫ですよ!」


 要するに他言語(中国語)の中で生活していた経験があるんだから、他言語(ポルトガル語)でも大丈夫でしょうって言いたいんでしょうけど、

「松蔵さん、詐欺に引っかかってしまったのだから諦めるしかないって」

 私は励ますように松蔵さんの肩を叩いてやりましたとも。


 シャカラ・ベンダの珈琲農場では、獣の被害を防ぐために居住地域は柵で囲まれていたりするので、3000町という広大なコーヒー畑はまた別の場所にあるんですよね。


 居住区の奥の小高い丘の上に農場経営者の住居(別荘)があり、その後には果樹園が広がっているわけです。経営者の住居の近くに支配人の家や、お手伝いさんやら侍従の人やらが寝起きする建物があって、その建物の反対側には、季節になったら珈琲豆を乾燥させる場所の近くに賃金労働者の住居となる建物があるわけです。


 ここには明確な身分格差があるようで、一番豪華なご飯が提供されるのが経営者さんの住居(豪邸)、豪邸で働く人と賃金労働者として働く人には、食事をする場所がこれまた別にあり、それぞれで三食を提供してもらう形になるみたいです。


 それでもって我々珈琲農場労働者はですね、手弁当です。食事の支給なんかあるわけもないです。


 実は松蔵さんが住む予定となっている家は、みんなが住んでいる居住区とは離れた場所にあるんですけど、ここには日本人のご夫婦が住んでいたんですよね。奴隷小屋が嫌というよりかは、皆んなと一緒の区画に住むのが嫌だという人で、許可を取って朽ちかけた小屋を改装して自分の家としたわけです。


 そのご夫婦は、残念ながら昨年豹(オンサ)に喰われて死にました。この小屋の近くの柵が壊れていたみたいで、農場の中まで侵入して来たみたいなんですよ。


「というわけで、めちゃくちゃ縁起が悪い家なんだけど、カマラーダの住居にも近いし利便性はあるのは間違いないです」


 小さな竃が一つある、小さな土間と申し訳程度に床板が張られた一間があるきりの小屋を紹介すると、

「珠ちゃん・・・」

 松蔵さんは、荷物を部屋の隅に降ろしながら言いました。


「山倉さんは3食昼寝付きだって言っていたんだけど・・」

 不安そうな松蔵さんの顔を見上げて私は言いましたとも。

「確かに!カマラーダは3食昼寝付きですとも!」


 近所のおばさんがご飯を作りに来てくれるんですよね。


「今日の夜は広場で皆んなで食事を食べると思うけど、明日には山倉さんがカマラーダの皆さんに紹介してくれると思う・・周りは全員ブラジル人生活が始まるんだと思うけど・・松蔵さんは戦争帰りだから大丈夫だと思うんだ」


「なんでも戦争帰りでまとめようとするの、やめてくれない?」

「まあさ、しょうがないよ、騙されたんだから」

「騙された?」

「だってさ、珈琲豆なんか収穫したって、一攫千金とか無理だもん」

「・・・」

「収穫するの、農作物だよ?金の採掘をしているわけじゃないんだよ?」

「・・・」


 しばらく考え込んだ松蔵さんは、私の方を振り返って言いました。

「獣に食い殺されたご遺体が握っていたっていう金だけど・・」

「ああ、あれね」

 あれには本当に驚きましたとも。


「オーロプレットという場所で、今でも金が採掘されているんだよね、昔は奴隷にバンバン掘らせていたみたいで、ここの農場の近くにある道を通って、パラチっていう港まで運ばれていたんだよ」


「その運ばれていた金が落っこちて・・」

「いや、落ちたっていうより、金の輸送中に襲いかかったギャング団が、この近辺に埋めたんじゃないか〜っていう話は昔からあったらしくって」


「ギャング団、ヤクザの集団みたいな?」

「まあ、そんな感じの人たちが埋めたんじゃないのかなっていうロマンある話が日本人の方にもチラホラ聞こえて来ていた時に、死んだ源蔵さんが持っていたわけで」


「もしかしたら、ギャングが埋めた埋蔵金を見つけたとか?」

「そう、想像しちゃうよね〜」


 何だか嵐の予感です〜。




     *************************



このお話は毎日18時に更新しています。

物語の性質上、ブラジル移民の説明の会がしばらく続きますが、ドロドロ、ギタギタがそのうち始まっていきますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!

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