文字が読めないシンデレラ
もちづき 裕
第1話 文字が読めない
「お嬢様は、他の子供とは明らかに違うのだと思います」
「文字というものが一切、どうやっても読めないようなのです」
家庭教師としてやって来る教師たちは皆、頭を抱えるようにして言い出した。
「文字が読めない子供をお教えすることは出来ません!」
ビビは文字と呼ばれるものをどうしても読み取ることが出来なかった。どれだけ大きく書き取られたとしても、それは歪んだ模様のようにしか見えない。その模様を真似て書こうとしても、正確に形を捉えることが出来ないのだから、上手くいくわけがない。
「大丈夫よ、名前だけでも書ければそれで問題ないのだから」
美しい母はそう言って、ビビの手に自分の手を重ねるようにしてペンを握らせた。
「この動きを覚えるようにしてみて」
「ビビ、自分の名前だけでも書けれるようになれば、後はどうとでもなるものなのよ」
自分の名前というものがどういった文字なのか全く理解できないけれど、筆の動かし方だけは覚えるようにした。何度も、何度も、名前を書く練習を続けるうちに、どうやら自分の名前というものだけは書けるようになったらしい。
「たとえビビが文字を読むことが出来なくても、その分、お母様がビビの分まで声を出して読んであげますからね」
そう母は言ってくれたけれど、
「文字が読めないなんて!頭が相当悪いってことよね!」
従姉のマリンはビビを見下して馬鹿にするように言い出した。
マリンの母はビビの父親の妹で、数年前に離婚をしてからはゼタールンド伯爵家に出戻って来たまま住み着いているのだった。一度、侯爵家に嫁いだことになるビビの叔母となるペルニラは、伯爵夫人であるビビの母親を見下して馬鹿にしているようなところがある。文字が読めない出来損ないを産んだビビの母親は、伯爵夫人として失格であると烙印を押すような言葉を連呼するような人で、それを伯爵家の当主であるニコライが諌めなかったことから、使用人全体から疎まれるようになってしまったのだった。
ビビにはノアという兄も居るのだが、常に父と行動を共にするノアは、周囲の人間と同じように実の妹を疎ましく感じている。
ノアが十七歳となり、父と一緒に領地経営を学ぶために住まいを移動すると、王都に残ったビビの母が病に倒れて動けなくなってしまった。
病は急激に悪化した為、領地に移動していた父と兄は、母の死に目に付き添うことも出来ず、
「お兄様、きっと出来損ないのビビの所為で、ヘレナは心労がたまったのだと思いますわ」
泣きながら叔母のペルニラが言い出した。
「文字が読めないことを酷く悩んでいたようですし、並の令嬢にすることは出来ないものかと夜遅くまで何かを調べていたようでしたもの」
文字が読めないビビの所為で、母は無理がたたって病が悪化した。そう、叔母のペルニラは言いたいらしい。
「おばさまはいつでもビビのことを悩んでいるようでしたわ!」
伯爵の姪となるマリンは大粒の涙を流しながら言い出した。
「私、いつもおばさまのことを可哀想だと思っておりましたの!」
自分たちの仲間を伯爵邸内で増やし続けて、ビビ親子を孤立させることに注力し続けてきたペルニラとマリンは、伯爵夫人の死を良い機会として、ビビを更に地獄へ追い落とそうと考える。
「ヘレナの意思を継いで、私がビビを立派な淑女にしてみせます!」
涙ながらにそう誓ってみせるペルニラの姿に胸を打たれる親族も少なからず居たものの、多くの親族がペルニラの茶番に気が付いてはいたのだ。
格上となる侯爵家に離縁を突きつけられて出戻って来たペルニラとマリンは、伯爵家を追い出されれば他に行く場所など存在しない。その為、自分たちが快適に伯爵家で生活を送るために、女主人の座に就く夫人を死に追いやって、出戻りの自分がその座に就いたのだ。
元々、伯爵が女性に興味がないのは有名な話で、すでに跡取りとなるノアが居ることもあり後妻を迎えることはないだろう。だとするのなら、ノアが妻を迎えるまではペルニラの天下ということになる。
ゼタールンド伯爵は葬儀を終えると、後は任せると言って息子を連れて領地へと戻って行ってしまったのだが、妹のビビの所為で自分の母に心労がかかり、その所為で突然の病に抵抗も出来ずに母は死んだ。
そう思い込んでいるノアは、
「ビビ、俺は一生、お前を許さない」
恨みがましく自分の妹を睨みつけながら、兄は領地へ行ってしまったのだった。
古参の使用人たちは出戻りのペルニラを子供の頃から面倒をみていたとあって、ペルニラが兄を助けて伯爵家を切り盛りすることに否はない。
そうして自分の部屋から追い出されて、使用人部屋へとビビが押し込められても、全ての使用人はそれが当たり前のことであると考えたのだった。
伯爵家の実質上の女主人となったペルニラの言うことは絶対であり、
「出来損ないの食事など与えなくても良いわよ」
と、言われれば、その通りに従うのは当たり前のこと。
最低限の食事を与えられながら下働きのメイドと同等の仕事を与えられるようになったビビは、数日ほどで動けなくなったのだが、
「動けなくなった虫なんて死ねば良いんだわ!」
廊下の端に倒れ込んだビビを発見したマリンはそう言って、ビビの手を踵でグリグリと踏みつけた。
踵のある靴で手の甲を踏みつけられたビビの手の骨は折れてしまったのだろう、激痛に悲鳴をあげる声と赤く腫れ上がった手を見ながら、誰一人、ビビを助けようとはしない。
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ただいま『緑禍』というブラジル移民のブラジル埋蔵金、殺人も続くサスペンスものも掲載しております。ご興味あればこちらの方も読んで頂ければ幸いです!!
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