コボルトと光る洞窟 ~リジストン興国記~

浅賀ソルト

第1話 コボルト退治の依頼受注とその心得について

コボルト退治の依頼を受けたという話の前に、ワイトというアンデッドモンスターの説明を聞いて欲しい。

ゾンビとかスケルトンとか有名な雑魚のアンデッドモンスターと、ヴァンパイアとかリッチーとか有名で強力なアンデッドモンスターがいるこのカテゴリで、ワイトというのは中堅のアンデッドモンスターである。

その正体はぼんやりした黄色い光として存在していて、生者せいしゃへの強い怨念を抱いている。黄色の光のままでは生者に何の害も与えることができない。死体に取り憑いてこれを操ることで人を襲うことができる。死体に肉体があれば黄色く光るゾンビのように見えるし、死体が骨だけになっていれば黄色く光るスケルトンのように見える。いくらかバラバラになってもワイトの濃度が高ければ動けるのでゾンビやスケルトンよりは厄介な相手だが、本当にバラバラになってしまった死体は動かすことができないので物理攻撃も有効である。黄色い光そのものを物理的に拡散させてもいい。怨念の力が弱体化して死体を操ることができなくなる。もちろん他のアンデッドと同様に御祓いや聖水の類も有効だ。日の光にも弱くて、日中に日のあたるところだと薄まって消滅してしまう。

迷宮においてあまり目にする機会はない。不本意な死を迎え、この世と生者への執着が残っているとその情念や怨念が濁った魂のように空間に残ってそれが黄色の光となってワイトとなる。人が苦しまずに死んだ状況ではワイトは発生しない。

ワイトについての説明は以上だ。


『銀の手斧亭』という酒場の常連客となって顔見知りが増えてきた。その中にデデ・ゲールという男がいた。新人冒険者に説教っぽいことを言ってはアドバイス代として酒をせびるというしょうもない男だった。先輩なら後輩にタカらないで欲しい。

間抜けな抜け歯と強烈な口臭で唾を飛ばしながら大声で喋るので、相手をしていて顔をしかめないようにするのに苦労する。言う内容も、あいつは俺が育てたとかあそこの隊商が無事だったのは俺のおかげだとか、真偽不明の自慢話ばかりだった。右手の指は少ないし、顔にも派手な傷跡があるのだが、酒場の古株から聞いた話ではどちらも自傷だという話だった。転んだり引っかかったりして怪我をした結果の傷らしい。

新人冒険者のサン・クンはそれに愛想よく「へー、知らなかったです」などと相槌を打っていた。普通の人間ならそこで目だけは笑っていなかったりするが、サンは目も笑っているし、心から「勉強になります!」と感心しているのでデデも気持ちよく自慢話ができた。サンの得意技は1秒後に自分の心を丸ごと切り替えられることである。デデが言ったこともすぐに忘れるので勉強になっていない。どちらの人間の本性も知っている人間から見るとデデ・ゲールの犬死には賭けの対象にもならないくらい約束された未来なのだが、その未来が見えている人間はその場に一人しかいなかった。サン自身もその未来は見えていない。

見えているのはサンと同じ新米冒険者のランス・ガードで、彼もサンと同じテーブルでデデの講義を黙って聞いていた。彼の方は嫌悪感を隠さずにデデを時折睨んでいた。睨んでもデデは遠慮しなかったので効果はなかった。

二人で頼んだパンとスープはいつの間にかデデが奪って彼の胃袋へと消えている。サンが頼んだ酒のジョッキも彼が持って離さなかった。「初心者はやっぱりゴブリンやコボルト退治をした方がいいんだよ。あれには新人が必要な経験が含まれているからな」

「へー、なるほど」サンは奪われて追加で頼んだ酒を手に聞き入っている。酒を取られたこともしょうもない助言も気にしていなかった。

「慣れてくると俺らにとっては雑魚なんだが、武器を持った本気の殺意と向き合うっていうのは、最初のうちに経験しておいた方がいい。それにビビるようなら向いてないってこった」デデは偉そうにそう言ってタダ酒をグビグビと飲んだ。「注意しなくちゃいけないのは数だな。奴らは数が多い。周りを囲まれたら熟練でも勝てない。まあ俺ぐらいになればなんとかなるが」

「相手の方が数が多ければ囲まれちゃうんじゃないですか?」サンはその答えを知りたくて興味津々といった様子で聞いた。

その答えを用意してデデは喋っていると思ったのだが、「そこは囲まれないようにうまく立ち回るんだよ」と誤魔化した。

「勉強になります」

デデは上機嫌だった。「俺も新人だった頃、ゴブリン退治に行ったことがあるが……」

最初から俺には冒険者の才能があってとデデの話は続く。サンはそれを片方の耳で聞きながら、目はたった今店に入ってきた老婆と青年の姿をとらえていた。

どちらもこの街の人間らしくなかった。老婆は必要以上にビクビクしているし、若者は気負って周りに喧嘩を売るような目つきをしている。銀の手斧亭は一般人が食事をしに来る店ではないが、依頼をしてくる店ではある。だから街の人間はそれなりに馴染みである。そうじゃないということは遠くからやってきて初めての依頼をしに来た人間だということだ。服装も長旅を想像させるものだった。どこかの村の代表が、付き添いの若者と共にやってきたという感じだ。

サンが見守っていると、こういうのに敏感な男が二人に話し掛けて、事情を聞きつつ奥のテーブルにいるカイヤへと案内した。カイヤは冒険者ギルド『カイヤ組』のボスだ。いつも奥のテーブルで親しい仲間とふんぞり返っている。老婆を紹介されて何か会話をしていた。カイヤの対応はいかにも面倒くさそうだ。金にならない依頼なのは間違いない。

サンは酒場の喧騒の中で耳をすませた。反対の耳でデデの自慢を聞き、目ではデデの顔を見て、意識も向けてちゃんと相槌と適度な質問も挟んでいる。そんな状況でもコボルト退治という単語はなんとか聞き取れた。

依頼が不成立ということはなさそうだ。カイヤが価格交渉をしなかったという印象だった。危険と報酬が釣り合わない依頼は単に塩漬のまま掲示板のゴミになっていく。そういう依頼の一つになってしまいそうな印象だった。

このビリオンの街には冒険者ギルドが3つある。カイヤ組は第2勢力なのですでに第1勢力に依頼済みの可能性が高い。こっちに来たのも即決しなかったからだろう。

サンは「ちょっと料理の追加を頼んできますね」とデデに言って席を立った。ウェイトレスに頼めばいいので急ぎでなければこちらからカウンターに行く必要はない。

デデはそんなことには気づかずに、サンが急ぎの注文をしに行ったと解釈したようだった。ああ、と返事をした。彼の話は、ゴブリンが住みついた洞窟の入口に火を放って飛び出してくるゴブリンをタコ殴りにしたという話の途中だった。パニックになった亜人たちは簡単に殺せるので、本当に楽な仕事だったぜ。

ビリオンにはやばい奴がたくさんいるが、カイヤ組のカイヤ・ゲダレコはそのトップ3に確実に入るヤバい男だった。ギルドのみんなも直接彼と話すことはなるべく避けている。サンもなるべくなら話したくはない。太い腕に太い胴。丸い顔に短髪をくっつけて常にふんぞり返っている。機嫌よく笑っていたかと思ったら急に怒り出すので周囲は常にビクビクしている。いつも奥のテーブルにいて、彼の昔からの部下たちとだけまともに会話することができた。

サンが酒場の一番奥のカイヤの指定席へと近づいていくと、銀の手斧亭にいた他の冒険者たちは妙に口数が少なくなり、ちらちらとそちらを見守った。ちょっとした緊張が走った。変な騒動になって皿や椅子が飛んで来たらたまらない。

テーブルにはカイヤのほかいつものメンバーがいた。そこに老婆と青年も立っている。

「なんだ?」威圧感のある声でカイヤは言った。

「あのー、コボルト退治って話が聞こえたんですが」サンはおどおどせず、生意気にもならないように気をつけた。

横に立っていた老婆がはっとしてサンの顔を見る。ほとほと困り果てた人間がすがりつくような顔だった。と同時に、サンのことを値踏みする顔になっていた。

「ああ、よく聞こえたな?」機嫌悪そうだった。

「あの、俺、ちょっと前にここに来たばかりのサン・クンっていいます。もしよければそのコボルト退治の依頼を受けたいのですが」なるべく血気盛んな若者っぽく言ってみた。どういうキャラならカイヤとハマるのかサンはよく分かっていない。普段のコミュニケーションは上手な方なのだがカイヤとだけは相性がよくない。だから手探りだ。

結局、この交渉もうまくいかず、サンが何か喋るごとにカイヤは不機嫌になっていった。どうやら嫌われているらしいというのはサンが得た結論だった。それでもなんとか依頼の内容は聞けて、好きにしろと受けることができたので成功だった。殴られも怒鳴られもしなかった。

依頼の詳細については銀の手斧亭の店長とやることになった。最初はカウンターでサンと店長の二人に老婆と青年をまじえて四人での話し合いになった。サンは、どうせなら全員でと言ってランスとデデも呼ぶことにした。事情が分かってない二人も合流して六人でカウンターであれこれ話をすることになった。

「なんだよ。何がどうなったんだよ」デデはすっかり自分のものにしてしまったジョッキとパンとスープを持参してカウンターにやってきた。指の少ない手で器用に2皿を片手に持っている。

この酒場はテーブルの料理ですら弱肉強食である。そして3人ともここでの立場は非常に弱い。勝手に食われても、『てめー、誰の料理食ってんだよ』などとは言えない立場だ。デデの料理持参はこの店における立場の弱い人間の見慣れた振る舞いである。

ランスは無言だったが、ちゃんとサンのジョッキも持ってきていた。

「この2人からコボルト退治の依頼を受けようと思ってね。どうかな?」

「コボルト退治だあ?」デデは面倒臭そうに言った。老婆と青年を品定めする。

見たところランスの表情にはやる気があった。

店長が話を仕切った。

依頼は単純だった。ビリオンの街から東に4日ほど行ったとこにある村からさらに外れにあるにれの木村という山村さんそんの郊外にコボルトが出たので退治して欲しいというものだ。銀貨50枚。報酬としては悪くない。冒険者ギルドとしては洞窟で手に入れたものも全部個人の懐に入れてよいという。条件がいい理由を聞くと、楡の木村の郊外には昔の豪族の邸宅が地下に埋もれたという有名なダンジョンがあり、そこの財宝はとっくの昔に探索され尽くされているということだった。退治しても巣の中に財宝は望めない。コボルトが今回棲みついた場所も同じ場所だというのは分かっている。なんならマップもあるから持って行けと言われた。まあとにかくやりたければやれば。カイヤ組としてはもう手数料は貰ったのでその他の報酬は全部懐に入れていいという話だった。

村人による討伐作戦は失敗したという。かなり悲惨な結果だったようで、説明する老婆の声はかなり沈んだ。村長もそれで死んでしまって今は弟が代理をしているとか。

「邸宅の入口は塞いでモンスターが棲みつかないようにしたんですが」と老婆は言った。「しばらくするとどこか崩れてそこから入り込んでねぐらにしてしまうんです。厄介なことです。おかげで定期的にこういうことが起こります」

「なるほど」

デデが老婆ではなく店長に話し掛けた。「楡の木村のダンジョンっていうと、光る洞窟か?」

「おお。たぶんそうだな」店長が気さくに応じる。

老婆がその会話を聞き取って言う。「そうです。光る洞窟です」

「あそこは本当に全部狩り尽くされてるじゃねえか。10年前でも誰も見向きもしなかったぞ」

「20年前でも終わってたな」と店長。

サンは2人に聞いた。「光る洞窟ってなに?」

「昔の豪族の邸宅が地下に埋まった跡だ。なんか知らんが洞窟の中がぼうっと黄色く光っていて、松明も何も要らないから探索がとんでもなく楽なんだが、楽なんでとっくに家の財宝は掘り尽くされている。気味の悪いいわくがある場所だ」

そしてデデと店長、そして地元民である老婆は邸宅と光る洞窟にまつわる伝承を話し始めた。

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