第7話
「全部で320ワルドだ」
まあまあな量の素材があることを知り解体倉庫に連れて行かれた俺とアルシアはギルド員のオッサン、ノルドに素材の査定を受けていた。紙に査定結果を書き終えたノルドが銀縁メガネをキラリと光らせながらそう告げてきた。
売るのは風羽ウサギ4羽、火テン2匹、野草、薬草類。アルシアの食料用に風羽ウサギと火テンの肉と野草の一部、俺(魔道具)の成長と魔力回復用の魔石は売らずにとっておく。
「(おいアルシア……、どう計算してもこれ安く買い叩かれすぎてるぞ……)」
俺は鑑定スキルがあり今目の前の置台に置かれた品々を鑑定したところ、市場価格なるものがワルド通貨で表記されていた。特に火テンの毛皮が保温効果や属性耐性があり希少価値が高いと鑑定結果に書いてあった。
それらをざっくり計算したところ、市場価格の2割ほどの値段がノルドから提示されていた。ギルドが市場価格で売ることを考慮したとしても、あまりにも安すぎる。市場価格がその5倍1600ワルドとなっており、差額の1280ワルドがまるまるギルドの儲けにするのはさすがにボッタクリすぎだと思う。
ちなみに通貨の計算は1ワルド銅貨1枚、10ワルド銅板1枚、100ワルド銀貨1枚、1000ワルド銀板1枚、1万ワルド金貨1枚、10万ワルド金板1枚、100万ワルド白金貨1枚という計算になるそうだ。さらに細かいものとなると、鉄貨1枚1セントでこれが100枚で1ワルドとなる。今回ノルドが提示した額だと銀貨3枚銅板2枚であり、王都最安の宿の相場がだいたい一泊素泊まりで銅板2枚20ワルド。
アルシアはその20ワルドすら払えなくて人気のない廃墟で野宿する羽目に陥っていたのだから、この価格交渉がいかに大事なものかがわかるというもの。俺はアルシアに耳打ちし、ノルドの査定結果を書いた紙を覗き込ませる。そして市場価格をその横に書き込ませ市場価格の7割5分〜8割で次のように交渉するようにアドバイスした。
「というわけで、320ワルドは安すぎ。市場価格が1600ワルドだからその8割1280ワルドを要求するわ。できないのなら他を当たるので結構よ」
俺の空間収納(小)に入れておけば素材は腐らないので、何も今ここで全部売る必要はない。宿代の20ワルドだけ確保すればよいだけであり、また素材を直接売ってほしい人やお店も探せばあるはず。
「くっ……虎の威を借るだけの
悔しさを滲ませるノルド。どうやらこいつもアルシアのことを第二王子に目をかけてもらっているだけの小娘だと足元を見ているようだ。
「お話にならないわ。それに火テンの毛皮を買いたい服職人ならいくらでもいるのよ? では取引はなかったことにするわ」
俺は毛皮の鑑定結果をアルシアに伝え、彼女はさらに機転を利かせてトラップを仕掛けつつ交渉を始めた。廃墟でお腹を空かせている姿を見たときはアホの子なのかと思ったけど、なかなかやるようだ。
「いや、まてまて!! 6割960ワルドだ!!」
「さ、今日の昼食は何にしようかしら? (シャーデン、少しづつ空間収納(小)にしまって……)」
素材を片付け始めるアルシアにノルドが慌て出す。
「この
「7割5部1200ワルド。これ以下では売らないわ。400ワルドも手数料だけでもっていくんだもの、妥当なところでしょう」
アルシアが冷たい視線でノルドを射抜き、こちらの価格を提示した。
「くっ……、もってけドロボー!」
ガックリと項垂れ白旗を上げるノルド。元々320ワルドだった買取金額が1200ワルドまで釣り上がり決着した瞬間だった。正当な買取額の実に4分の1。今までこれだけボッタクられていたのなら、あの廃墟暮らしも納得というものだ。
白熱した交渉バトルを見守っていた解体作業員のおっちゃん達から「姉ちゃん、若えのにやるじゃねえか! 第一王子になんか負けんじゃねえぞ!」と次々と歓声を上げる。そんな「ついうっかり」を口走ったおっちゃん達に「余計なことを言うな」とばかりの鋭い視線を向けるノルドだが、荒くれのおっちゃんらは「俺らが全員ボイコットしたらどうなるかわかってんのか? モヤシギルド員さんよ?」とどこ吹く風。むしろ商売上手を見せたアルシアを気に入ったようで、「姉ちゃん、何だったら次は俺らに直接言えや。解体職人ギルドはどちらの王子にもつかねえからな!」と声をかけられていた。
これらを鑑みるに、アルシアが冒険者ギルドから冷遇されていたのは、やはり第一王子の差金とやっかみによるものということで間違いなさそうだ。
おっちゃん達によって解体された素材と引き換えに1200ワルドを銀貨10枚、銅版1枚、銅貨10枚で受け取った俺とアルシアは冒険者ギルドを出ることにした。解体倉庫を出る際「良い魔法袋をお持ちのようですね?」とノルドが銀縁メガネを光らせたが、腕を肩掛けカバンの中に隠しつつ獲物を取り出していたので、肩掛けカバン自体が魔法袋であると勘違いしてくれたようだった。
途中ギルドのロビーでたむろしていた冒険者たちが相変わらずの馬鹿にしたような視線をアルシアに向けてきた。悪意のある視線に怖気付くアルシアだったが、俯きながら早足で通りすぎることで何とか耐えていた。
俺は彼女を絶対に応援すると決めている。こういう時、やるせない気持ちでいる友達にかけるべき言葉は決まってる。俺はギルド外にある路地の軒先で落ち込んだ表情で佇むアルシアに話しかける。
「いやアルシア、むしろ今の感じでいいんだぞ? 俺の国には “能ある鷹は爪を隠す” という言葉がある。むしろ連中には金がなくて困っているふりをして油断させろ。その隙にお前は俺にスキルを覚えさせるなりして強くなるんだ。お前を眼中にさえしてなかった連中が気がついた時には、もう誰もお前に追いつくことはできなくなってるって寸法さ。だからいちいちクソどものことなんか気にするな。弱いふりだけして、心の中で笑ってろ」
「……うん、シャーデンありがと」
アルシアの悔し涙が嬉し涙に変わり、表情がやわらぐ。そして、まるで恋人同士みたいな雰囲気が俺たちを包み込む。心地いい時間だ。
しかしちょうどその時だった。少し強めの路地風が吹きアルシアのキュロットスカートが結構な勢いではためく。「キャーー!!」と叫びながら慌ててスカートをおさえるアルシア。「そういや履いてなかったんじゃ……」と瞬時に脳のシナプスとニューロンが結合し俺の脳(?)に「履いてない」情報が伝達。悲しいかな男の
良い感じの雰囲気が一転、修羅場の様相を呈しはじめる。機嫌が急降下したアルシアに「俺、別に悪くないよね!?」と言っても確実に逆効果になりそうでできなかった。こういう時の秘技「焼き土下座」をしようにも、パンツなので無理な話。万策尽きた。
さっきまでの、しおらしいアルシア、どこ行った。ああ、女心と秋の空。パンツ心の俳句。
アルシアはまるで彼氏の浮気現場を目撃したかのような無言のキレ顔で路地を早歩きで歩き、女性客でごった返す下着が描かれた看板の店の前で止まった。そこで俺は問答無用で肩掛けカバンに突っ込まれ、買い物が終わるまで俺はカバンの中で反省するハメになるのだった。
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