第44話 決意【7月】

双葉高校の名前が読み上げられると、それまで静かだった客席からざわめきが起こる。

俺も、部員たちも自然と背筋を伸ばして前のめりにステージを見つめた。


ぞろぞろと入場して演奏の準備を始める双葉高校。

緊張で取り乱す様子もなく、静かに阿部先生の合図を待っているようだった。

今朝の阿部先生の余裕ぶり…

きっと今回も相当厳選されたメンバー、自信が溢れ出すほどの練習量なんだろう。


双葉の演奏は、全てが綺麗でしなやかに流れていく。

阿部さんの表情は客席からは見えないけれど、指揮棒を振る腕は嬉しそうに弾んでいるように見えた。


顧問と部員の信頼関係から来る、安定した演奏。

俺たちがもっと上を目指すなら、これを越えていかなきゃいけない。

俺はさっきの阿部さんの言った言葉や表情の意味が、自分の中でどんどん消化されていくのが分かった。


最後に圧倒的実力を披露した双葉高校。

俺はその時拍手をしながら、ひとつ明確に感じたことがあった。

部員の方に視線を向けると、全員と目が合った。

最初に口を開いたのは、大山だった。


「……出たい。来年の夏、私たちはこのステージに立ちたい」


言葉の余韻が、俺たちの核心をついたように思えた。

誰もハッキリと言わなかった淡い『願望』が、たしかに全員に生まれた『決意』に変わった気がした。


「満場一致、だよな?」

「はい!」


いつもより何倍も元気で頼もしい返事がきた。

俺ももちろん、そのつもりだ。

大山の言葉が、全員をひとつにした。

もうこのステージはただの憧れではない。

部員たちのステージを見据える眼差しは、力強く熱いものだった。


「来年、絶対ここに連れていく」


俺はふと、そんな言葉を吐いていた。

3月に赴任してきたときの自分に見せてやりたい。

自分と部員たちの熱意と変化を。

小さく頼りなかった8人が、今じゃ俺を引っ張ってくれている気さえする。


さぁ、ここからがスタート地点。

今日のこの決意が、明日からの練習をきっと変える。

本気で、全力で、この夏を生きるんだ。

汗だくになるくらい吹いて、叩いて、楽譜が見えなくなるくらいメモしたり。

指の腹が痛くなったって、マメができたってそれは青春の勲章だ。


俺と5人のコーチ、8人の部員。

どんな熱い夏が待っているんだろうか。

練習メニュー、もっと詰めないとな。

吉川専用の初心者でも分かりやすい譜面も準備しないとだし…嬉しい忙しさだな。



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