第6話 これで勝ったと思うなよっ! ちくしょうめ!

「復讐戦線結成ですわ。で、わたくしの告白への返事は?」


 推しが画面から出てきたり、野呂さんからの復讐のお誘いがあったりとインパクトのあることが波のように押し寄せてきていたから白鶴ちゃんの告白をつい後回しにしていた。


「え? 告白?」

 

 野呂さんが戸惑っている。

 僕も同じだ。

 けど、ちゃんと返事はしなくちゃいけない。


「僕は……」


 推しから告白されるなんて実感がない。

 でもうれしい。推しと付き合えたら、なんてオタクは絶対にするような妄想だ。だからこそ。


「君の気持ちはとてもうれしい。でもその告白を受け入れることはできない」


 告白を断るのはすごくつらい。

 自分の気持ちを伝えるには相当な勇気がいるはずだ。なのに、その好意を否定しなくちゃいけないのだから。

 

「どうして、ですの? わたくしを推してくれているんじゃありませんの?」


 白鶴ちゃんはつらそうな表情を無理矢理笑顔に変えている。


「たしかに俺は君を推している。だからこそ、君の告白を受け入れることはできない」

「どういうこと、ですの?」

「俺は君を推すオタクだ。君の告白を受け入れたら、君は俺の推しじゃなくて恋人になってしまう。今の僕にとって君は推しであって恋人じゃない」

「わたくしを推して、さらに恋人というわけにはいきませんの?」

「Vtuberはアイドルじゃない。けど大抵恋人ができたり、男の影があるだけでも炎上しちゃう。それは君のこれからの活動に大きな影響を与えてしまう」


 裏で繋がっていた男との関係が明るみになって炎上。なんてことはざらにある。


「それでも! わたくしはあなたへの想いを止めることなんてできませんわ」

「それに他の白鶴ちゃん推しのオタクを裏切ることはできないよ」

「それは……」


 卑怯な言い方だ。


「それに俺は配信での君しか知らない。本当の君のことを何一つ知らない。だからごめんなさい」


 俺は深々と頭を下げた。今の俺にできることはこれが精いっぱいだから。

 心が痛い。

 返事が返ってこないのが怖い。

 俺は恐る恐る顔を上げる。すると予想に反して白鶴ちゃんは決意に満ちた表情をしていた。そして俺を見てにこりと笑う。


「なら問題ありませんわね」

「え?」

「恋人を作ることがファンへの裏切りになるかは、わたくしとファンの関係性次第ですわ。色恋営業せずに、わたくしがファンに祝福される来ような関係性を作ったら何の問題もありませんもの」


 白鶴ちゃん、たくましすぎない?

 自信満々に言うその姿はうらやましくさえあった。


「いやけど、僕は君のことを知らないし……」

「それもこれから一緒に暮らして、わたくしのことを好きになってもらったら問題ありませんわ」

「…………?」


 今、何か聞き逃せないワードがあった気がする。

 まず好きになってもらうこと。これから白鶴ちゃんが俺に好きになってもらうために猛アタックをしかけてくるということだろう。

 いちオタクの俺には贅沢すぎるし、心臓が持つか心配だ。

 それはまだいい。

 

「一緒に暮らす?」


 ちょっと何言ってるかわからないです。


「そうですわ。わたくしと白様。若い二人が一つ屋根の下。何も起こらなはずもなく……」

「ちょっと、待って!」


 色恋の話で顔を真っ赤にして黙りこくっていた野呂さんが待ったをかけた。それはそうだ。さっきまで一緒に復讐する話をしていたのに、いつのまにか同居の話になっていたのだ。

 それに今や二人は配信をやっていく上でのパートナーともなった。

 そのパートナーが他の男と同棲するなんていきなり言い始めたら突っ込みたくもなるだろう。


「一緒に住むってどういう、こと? 私のところには戻ってこないってこと?」

「わたくし、白様の傍にいないとモチベーションが上がりませんの」

「いやいやいや! 困る! それは非常に問題だ!」


 たしかに半年くらい両親は海外出張でいない。

 不可能ではないが、問題ありすぎだ。

 それに俺の悠々自適疑似一人暮らしライフが妨げられるのは困る。

 

「私も配信できなくなるのは、嫌……」

「だったら一緒に白様の家に住めば問題ありませんわ」

「そっか。なるほど」


 野呂さんが丸め込まれた。


「なるほどじゃないよ! 何名案みたいに言ってるのさ! だいたい野呂さんの親御さんが許さないよ! 同級生の家に転がり込むなんてさ!」

「私、一人暮らししてるから大丈夫」

「何一つ大丈夫じゃない!」


 え? 何? 隠し通せればオッケーみたいな軽いノリやめてくれます?

 よくVtuberをやるような人間は非常識だ。などと配信で冗談めかして口にしている配信者をよく聞くが、まさか本当だったとは。たまげたなぁ。

 

「美少女二人と一緒に暮らせるのに、何が不満ですの?」


 白鶴ちゃんが心底、不思議そうに聞いてきた。


「僕の心臓が持たない!」

「大丈夫ですわ。わたくしが心臓マッサージをしてさしあげますから。じ、人工呼吸も……」


 クソっ。頬を染めて照れる白鶴ちゃんかわいい。

 オタクの弱みを的確についてきやがる。


「それに、私たち二人が一緒に暮らしたらいろいろいいこと、ありますよ……」


 さっきまで反対側だった野呂さんが、速攻寝返って逆に俺を説得しにかかっている。味方が誰一人いない四面楚歌。誰か助けて。


「なんですか?」

「家事は私たち二人で、する……。掃除、洗濯、料理。基本私たち二人で。御厄介になるんだから、それくらいはしないと」


 なんだか、野呂さん気合十分といった雰囲気なんだが。男の家に転がり込むんだぞ? 少しは警戒やら嫌そうなそぶりを見せてくれ。


「いや、でも……」

「それにもう一つ利点がありますわ。わたくしの推しなら、配信前の様子だったり裏側は気になりませんの?」


 …………。

 白鶴ちゃんの配信準備風景。配信前にやっていることや普段食べているもの。それに視聴者のためにどんな努力をしているのか。頑張っている姿を生で見られる。


「く、クソ……。これで勝ったと思うなよっ! ちくしょうめ!」


 あっさりと俺の心は折れてしまった。

 こうして二人との奇妙な同居生活が始まった。

 

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