第二章 第四節 チート化?

光の扉を通り抜け、帰ってきたのは日本時間の午前六時を過ぎた頃だった。帰ってきた場所は行った時と同じ野戦訓練用の国有地だった。


「本当に帰ってこれたんだ……」


異世界という環境から戻ってきた嬉しさとほんの少しの寂しさがじわじわと心を埋めていく。帰ったらやりたいと思っていたことがいくつもある。帰宅してそれをじっくりと楽しもうじゃないか。


「あー!私のバイクがないっす!」


私が異世界から生還した感動に打ち震えていた最中、ノアが悲鳴を上げた。バイクがない?


「ここに来る時に使ったバイクがないっす!多分ラボの職員が回収したんだと思うっすけど」


「なんで回収されたりするんだ?別に個人の乗り物だろ?」


「不審車両の持ち主が行方不明となれば捜査されるっすよね?その中でラボの存在に辿り着く人間がいるかもしれないっす。それを防ぐためにも、ラボは音信不通になった職員の私物は不審に思われない程度に整理されるっすよ」


「……それ私も?」


「イブキも職員っすからそうっす!でもイブキは面接中って設定になってるはずっすから、多分イブキの家からスーツケースが一つラボに移動させられてるだけだと思うっす」


問題はそこではなくノア以外にもうちの鍵をピッキングして入った者がいるという点にあるのだが、今更何を言っても遅いだろう。


「それよりも問題があるっす!」


「うちに知らないラボ職員が入ったことより問題なことある?」


「私たちどうやって帰るっすか?」


「あっ」


そうだった。この場所はラボからバイクで走って二、三時間ほどかかっていたはずだ。しかも途中からは山の中を走っていたからタクシーを捕まえることもできない。誰かに連絡しようにも異世界にいる間にスマホの充電は切れてしまっている。つまりは絶賛遭難中ということになる。


「ど、どど、どうすんの!?」


「そうっすねぇ、面倒ではあるっすけど歩いて帰るのが一番着実に帰れるっすかね」


「無理無理無理!途中で歩けなくなるって!」


「休憩を取りながらならなんとかなるっすよ。でも水分補給ができないっすね……」


「じゃあダメじゃん!じゃあダメじゃん!」


「そうだ!お互いに喉が渇いた時は顔に跨ってそのまま口におごっ!」


変態の口を拳の一撃で黙らせて頭を抱える。何が異能力だ。何が魔術だ。肝心な時になんの役にも立たないじゃないか。さっきの光の扉も異世界だけじゃなくて地球上のどこへでも行けるものだったらいいのに。それならなんて便利な力だろうと感涙できたかもしれない。自宅へ今すぐ一瞬で帰りたい。いや今自宅には両親がいるからラボでもいい。とにかく安心できるところがいい。


「イブキのは飲んでみたいっすけどそんなに怒られたら仕方ないっすね。正攻法でイブキには水属性魔術で水を作ってもらってそれを飲み水にすればなんとか……イブキ?また何かしたっすか?」


「へ?」


自分でも間抜けな声が出たと思う。しかし仕方ないだろう。先ほど消えたと思っていた光の扉がまた現れていたのだから。


「これ、もしかしてまた異世界にいく扉っすか?」


「そうかもしれない、けど」


さっき私は心から願ったはずだ。光の扉も地球上のどこへでも行けるものだったらいいのにと。魔法はイメージだ。もしかしたら。


「これ、ラボに繋がってるかも……」


断言はできないが、私の勘がそうだと告げていた。


「マジっすか?」


「光の扉が異世界だけじゃなくてこの世界の移動にも使えたらなって。ラボに一瞬で帰りたいって思ってた時にこれが出てきたから……」


「もし本当にこれでラボに帰れたらご都合主義が極まってるっすよ……」


そう言われるとそうかも……。そういえばノアがこの光の扉は魔法とは別の力だと言っていた。以前からあった運がよくなる力とこの光の扉の出現が同じ力によるものなのだろうか。自分の力であるとは未だ認められないが、試す必要がある。そこで私はこの光の扉が消えるように願ってみた。


「おわぁ!扉が消えちゃうっすよ!」


「大丈夫。今ちょっと試してるところだから」


私の願い通り、光の扉は粒子となってさらさらと消えていく。これによってこの光の扉、つまり異世界への移動能力は私の力だということが確定した。してしまった。


「イブキ、もしかして自由に光の扉を扱えるようになったっすか?」


「わかんないけど、多分できる……っぽい?」


ということは魔法、正体不明の運がよくなる力、同じく正体不明の移動の力の三つを私は得てしまった訳だ。気づけば私はとんでもない人間になっちゃったんじゃないだろうか。ノアの言った通り、人間ですらなくなってしまっているかもしれない。いや私は人間のはずだ。手の甲を抓れば痛みを感じる。お腹も空くし疲れもする。もし人間でなくなったとしたらそんな感覚もなくなっていることだろう。そんな理由になっていない理由で無理やり自分を納得させた私は自分にできることを考え始めた。


「もしさっきの扉が自由に使えるなら……えい」


私はもう一度光の扉が現れるように念じてみる。今回は扉よりも小さい窓に近い形で、それも異世界への移動ではなく自宅へ繋がるようにイメージする。これが成功すれば私はどこからでもすぐに帰れるようになる。例えノアに無理やりバイクに乗せられて知らない場所に連れてこられようともだ。

そうしていると先ほどと同じように光の粒子が集まり、小さな四角の光の窓ができた。よし。


「イブキイブキ!今度は何したっすか!」


ノアが見るからに嬉しそうな顔で尋ねてくる。ずっと私がやっていることを興味津々といった様子で見ていたノアはいつもより目が赤く輝いているように見えた。おそらくノアも認識の魔眼を使って見ていたのだろう。


「この力を家に繋げられるかなって思って。それと大きさも変えてみたらできたみたい」


「すごいっす!チートスキルの転移魔法まで自由にできるようになったっす!」


「チートかどうかは知らないけど、これって魔法なの?」


「異世界ものあるあるすぎてノリで言っちゃっただけっす!魔法じゃないなら空間転移っすかね?やっぱり魔法の時の反応とは違ったっすよ!でも運に使ってる力と同じ色してたっす」


相変わらずこいつは勢いだけの発言が多い奴だ。しかし有能であることは間違いないので聞き流すこともできないのが面倒なところだ。

ともかくノアの発言で魔法ではなく、運と同じ力だとわかった。


「それじゃこの空間転移?が上手くいってるか試してみるか」


私は光で出来た窓に手を突っ込んだ。特に何も起こらない。少なくとも危険な場所に間違って繋がっているということはなさそうだ。突っ込んだ手を戻すと今度は上半身ごと顔を入れてみる。視界が一瞬光に包まれるがすぐに周囲の様子が見えてきた。

目に入ったのは見慣れたベッドと本棚。本棚にはお気に入りの文庫本が並んでおり、別の段には付箋の貼られた料理のレシピ本がいくつか見える。間違いなく私の部屋だ。朝の早い時間であり、カーテンが引かれた部屋は薄暗く感じる。そんな部屋を見るのも懐かしい感じがした。たった1日ちょっとではあったが、非常に濃厚な時間だったのだ。


「ちゃんと成功したよ。これでラボに帰るのも問題な……どうしたノア」


体を戻して光の窓を消す。空間転移の操作がうまくいったことで安心しながら振り向くとノアが涎を垂らしていた。


「宙に浮かぶ窓に上半身だけ入れてるのってちょっと特殊な壁尻みたいでいいっすね……新しい視点が増えたっす!」


「かべじり?何の話?」


「こっちの話っすから気にしなくていいっす!その転移の窓でいろんなところを様子見できるのは便利そうっすからこれからも使っていくといいかもしれないっすね!」


確かにそうかもしれない。少し覗いて戻ってくることができれば実行部隊としての危険もかなり減らせるかもしれない。今後、場合によっては使ってみるとしよう。

納得した私を見てノアは顔を上気させるほど大袈裟に喜んでいた。偵察で困っていたのだろうか。


「じゃあそろそろラボに帰ろうか」


「あっ!ちょっと待ってほしいっす!」


浮かれていたノアが正気に戻って転移の扉を出すのを中断させてきた。


「何?何か気付いたことでもあった?」


「その転移なんすけど、扉とか窓じゃないとダメなんすかね?」


「どういうこと?」


他の形にできるかということだろうか。もっと大きなサイズの門だったりやスマホの画面ほどの小さい窓でもできなくはないと思うが。


「扉とかを出さずに普通に転移することもできるんじゃないかって思うっす!」


「えっと、つまり瞬間移動みたいにするってこと?」


「そういうことっす!」


どうだろう。瞬間移動となると少し感覚が違うかもしれない。試しにノアの目の前にいる私はノアの後ろに転移するように念じてみた。その瞬間、景色が微妙にズレた。ノアの姿は目の前になく、後ろに振り返った先にノアの後ろ姿があったのだ。


「ちょっと不安だったけどできたな」


「うおぅ!急に消えたと思ったら後ろに!?」


「ノアの後ろに転移してみたんだ。驚いただろ」


「そりゃ目の前から消えれば誰でも驚くっすよ!」


そんなこんなで私は瞬間移動までできるようになった。正確には空間転移をしただけなのだが、結果的には瞬間移動になっているのでそう言ってもいいだろう。これが成功したことがわかるとノアから提案がいくつか出てきた。

まずは転移の場所についてだ。試しに海外、ニューヨークに転移を試してみたが何も起きなかった。自宅へは行けることを考えると、行ったことのない場所には行けないらしい。

次に扉の形を使わない瞬間移動の対象だ。私が持っているものは私の一部として認識されるのか成功する。ただし、私に触れていないものは転移できないらしい。そして私と手をつないでノアと一緒に転移をしてみるとこれも成功。つまり触れてさえいれば転移は可能ということだ。どれだけの大きさまで可能なのかはわからないが、それは追々ラボで実験してみることにしよう。


「それにしても随分使いこなせるようになったっすねぇ」


「エド閣下に魔術の使い方を教えてもらったからかな?魔法とは違う力だけど、感覚は近いのかも」


「なんかイブキばっかりチート化してて悔しいっす!私もすごい異能力ほしいっす!」


「ノアは認識の魔眼持ってるでしょ」


「そのうちイブキにも同じことができるようになる気がするっすよ」


「絶対そんなことないと思うよ……多分……おそらく……」


そうして私たちは空間転移を使ってラボに戻った。

戻った先のラボでは大騒ぎが起きていた。けたたましいアラートがラボ内に響き渡り、実行部隊の面々が銃を構えて待機している。遠くからは職員が不安気な顔で伺っている。これは私たちにも他人事ではなかった。というのも実行部隊が銃を向けているのは空間転移で戻ってきた私たちに対してだったからだ。


「うぇぇ!?なんで私たち警戒されてるっすか!?」


「連絡なしでラボからいなくなったから敵だと思われてるのか!?」


転移した先で銃を向けられるとはノアも思っていなかったようでかなり動揺している。私に至っては絶望的状況すぎてノアにしがみつくことしかできない。


「ギアハートさんと中村さん?なぜあなたたちがここに?」


震えながら声のする方を見ると、そこには実行部隊の非異能力班副班長の鈴木さんが驚いた顔で立っていた。


「す、鈴木さん。この状況は一体?」


「先ほどあなたたちが立っている場所に突然正体不明の光の扉が現れ、そのまま数分ほど顕現した後に消えてしまったと情報を受けています。あなたたちは光の扉について何かご存知なのでしょうか」


「あっ」


私とノアの声が揃った瞬間だった。


まずは鈴木さんや他の実行部隊に警戒を解くようにお願いし、事情を説明させてほしいと説得した。鈴木さんは少し悩んだ後、全ての警戒を解除するように指示を出した。私たちは鈴木さんの指示で私の異能力の実験をした部屋へ向かうようにと言われ、その言葉のまま素直に従うこととなった。


「それで、あなたたちは何かご存知なのでしょうか」


「ご存知も何もっすね……」


「えっと……その光の扉は私の異能力です……」


部屋の中で座らされた私たちは鈴木さんを含めた実行部隊に囲まれながら経緯を話すことになった。ガラス張りの向こう側では研究班の職員が所狭しと集まっている。私はカップに入ったコーヒーを飲みながら、ノアは軽食とは思えない量の軽食を次々と胃袋に収めながら空間転移のことや異世界のことを話す。


「……にわかには信じられませんね」


「そうっすよねぇ……私たちも最初は信じられなかったっす」


「ノアは真っ先に適応してましたけどね」


「転移能力はおそらく超能力の範囲でしょう。ギアハートさんから見た反応はどうなのですか?」


「超能力じゃなかったっす。というか前の実験と同じで魔法でもないっす」


わずかに実行部隊の皆さんがざわつく。声は聞こえないものの研究班の職員はずっと議論をしているようだ。


「実際にやってみせた方が早いと思うっす。ね、イブキ」


「そうだな、少しやってみるので場所を開けてもらえますか?」


そういうと実行部隊の皆さんは場所を開けてくれた。ちょうどその場所にスマホサイズほどの転移の窓を出して見せる。


「おぉ……!」


「本当に彼女の異能力だ」


「しかし報告にあったものより小さいぞ」


私の出した転移の窓を見て様々な意見が飛び交う。


「これがその異能力です。私たちは転移の窓とかって言ってます。今回は小さめのものを出したので皆さんが見たものよりも小さいものです」


「まさか本当に光の扉の使用者が中村さんとは……それでこれはどこに繋がっているのですか?」


「今これはあっちの研究班の皆さんのところに繋がっています」


私が転移の窓に手を入れるとガラスの向こう側でちょっとしたパニックが起こった。なぜ研究班のところに繋げたかというと、わかりやすいかなということとちょっとしたイタズラ心からだ。


「……わかりました。中村さん、そのあたりでやめてあげてください」


鈴木さんのインカムから漏れた研究班の悲鳴が耳に入っていた私はすぐに手を戻した。


「空間転移が可能というのはわかりました。ですが突然現れたのはどういったことなのですか?」


「それは空間転移を転移の扉を出さなくても使えるってことっす!簡単に言うと瞬間移動みたいなことっす!」


なぜか得意気にノアが説明をしてくれた。その言葉を聞いた職員はさらにざわつくこととなった。


「空間転移の扉、瞬間移動……それだけでもかなりの驚きですが、まだ聞かねばならないことがあります。異世界に行った……いえ、魔法の理論についてを学んだとは事実ですか?」


ざわついていた職員が一斉に静かになる。おそらくこれが一番重要だろう。なぜならラボの研究そのものに関わってくることだからだ。


「事実です。そのおかげで私は魔術……魔法をいくつか習得することに成功しています」


「前回の指示で光の球を出せなかったと思うのですが、それも可能になったのでしょうか」


「光の球は試していないのでわかりませんが、水の球を作ることならできるようになりました」


手を目の前に出し水の球を生み出してみる。見る見るうちにテニスボールほどの水の球が手の上に出現した。その様子を見た研究班はガラスの向こうでばたばたと走り回り始めた。


「なるほど、水を操る魔法は珍しいですね」


「そうなんですか?」


「魔法少女に発現しやすい魔法は基本的に光に関係するものが多い傾向にあります。私が中村さんに光の球を出すように指示したのもそれが理由です」


「なるほど……ちょっとやってみますね」


私は作った水の球を空気中に戻すイメージで霧散させると、続けて光の球をイメージする。光は粒子であり波である。それを手の中に集めるイメージで……。


「……驚きました。できるようになっているとは」


「ちょっとイメージの仕方を変えました。上手くいきましたね」


「イブキは天才っすからそれくらいできるっす!」


ノアが腕を組んでまたもや自慢気にしていた。お前は私の何なんだ。


「……わかりました。ではお二人には報告書作成を至急お願いします。魔法の理論がわかったとなれば日本支部だけでなくラボ全体が大きく動くことになりますので、できるだけ詳細にお願いします」


研究班から指示を受けたのか鈴木さんは私たちに報告書を書くようにと伝えてきた。確かに今の私たちはラボからすると莫大な情報を抱えた重要人物だ。もしその情報を話さなければ尋問を受けかねないだろう。


「了解っす!」


「ええっと、報告書を書くのはいいんですけど、私学校があるんですけど……」


忘れてはいない。私は女子高生だ。学校へ行かなくては勉強ができない上に、出席日数の問題で内申点が落ちてしまう。学生にとっては由々しき問題だ。


「それに関しては既にラボで手を打っていますので心配せずとも大丈夫ですよ。おそらく今回の報告書によっては、ラボは中村さんを高校卒業とするように手配して職員の業務を任せる可能性もあります」


「こ、高校卒業はやめてください!」


私にも学校に友達はいるのだ。勝手に卒業とされてしまっては困る。ラボにこれ以上勝手に私の環境を弄られない為にも、私はノアと一緒に報告書作りを行うのであった。

そして報告書が完成したのはその三日後のことであった。


「や、やっと終わった……」


「今回は私も疲れたっす……何せ報告することが多すぎたっすから……」


私の転移能力、魔法の理論、そして異世界。書くことが多すぎたのだ。私だけの視点ではなくノアの視点も交える為、どのようにまとめるかでかなり苦労したのもある。ちなみにノアは報告書を書き上げる速度が私よりも早かった。慣れているというのもあるのだろうが、学校に通っていないと言っていたことを思うと驚きである。師匠に勉強をさせられたとも言っていたが、ノアはかなり頭がいいのだろう。頭がいいのならなぜいつもあんななのか不思議でならない。

休憩していたところ、ラボから連絡が入った。私たちにではなく職員全員に向けたもののようだ。内容は魔法の基準改正と私たちについての情報共有だった。

魔法の基準については異世界の基準を採用するらしく、下級魔術、中級魔術、上級魔術、特級魔術と分類することが決定した。中でも特級魔術のことを魔法とする形だ。しかし現在確認されている魔法少女は基本的に特級魔術を扱えるとされ、名称等は特に変わらないようだ。また異世界では魔術を属性に分類していたが、こちらの世界では分類する必要はないと判断され属性の採用はしないとのことだ。また魔術の理論についてはまだ精査中であるとされていた。上手くいけば技術体系として確立させ、非異能力者でも魔術習得が可能になるだろうと報告書に記載したのだが、その部分は公表しないらしい。危険な技術であることを考えれば当然だろう。

次に私たちについての情報だ。内容を読み進めていくうちに私はストレスが降りかかってくるのを感じた。


”中村亥吹は現在の確率操作能力に加え空間転移の異能力を発現、さらに魔術理論の解明の中で魔法を発現した。異能力者の中でも複数の異能力を使用できる希少な存在であり、その異能力の一つ一つが強力かつNSLにとって有用なものである。よって中村亥吹を実行部隊の隊長クラスに昇格とし、特殊地域での異能力に関する情報収集任務を与える。また現在護衛任務中であるノア・ギアハートは隊長クラスに昇格。中村亥吹と同じ特殊地域での異能力に関する情報収集任務を与える。両名の任務に必要な人材や資金などはNSLが調達する。NSL職員は呼集された場合に備えられたし。”


「やったっすねイブキ!昇格ってことは給料も上がるっすよ!」


「給料なんていらないから普通に学校に通わせてほしい……」


「イブキは贅沢っすねぇ!こんなに自由でやりやすい仕事なんて他にないと思うっすよ?」


「危険がいっぱいなところでマイナスなんだよ!」


思わず頭を抱えてため息を吐いた。どうしてこう私の平穏は消えてしまうのか。私の幸運はこういうところには作用してくれないようだ。なんとも虚しい運だ。

嘆いていると再びラボからの連絡が入った。今度は私とノアに向けたものだ。要約するとさっきの文面と同じだが、詳細な内容が記載されている。そして特殊地域というのは異世界のことを指すようだ。期間は問わないと書かれている辺り、本気で異世界で情報を集めてこいということだろう。


「それじゃあまず準備するっすよ!たくさん持っていきたいものがあるっすからね!」


「そんなに持っていってどうするんだ?」


「異世界と現代でいろんな物をトレードするっすよ!そうすればあっちの世界での活動資金になるっす!それと武器と車両と燃料も用意したいっすね!」


「活動資金はともかく武器なんてどうするんだよ」


「魔物のこと忘れたっすか?あいつら結構固かったっすから準備しておかないとそれこそ危険っす!」


「それは、そうかもしれないけど……」


「そうだ!これを期にイブキも銃使うっすか?」


「そんなの使える訳ないだろ!」


ノアの物騒な提案を拒否しつつ、嫌々ながらラボからの任務の為に準備を進めることにした。


異世界に持っていくとしたら何を持っていくだろうか。一度行った身ではあるがぱっとは思い浮かばない。無人島に持っていくなら、という定番の質問でさえも私は本と答えるほどだ。しかし今回は無人島のように何もないが危険もないという訳ではない。異世界には魔物という地球の野生動物よりも恐ろしい存在がいるのだ。本を持っていくくらいなら何か自衛できるものを持って行った方がいいだろう。


「そういえばノアからもらったナイフがあったっけ」


自宅でバッグに着替えを入れながら思い出す。ちなみに自宅には空間転移で帰ったが、両親は相変わらず忙しいようで不在だった。ノアに渡されたナイフは最初に練習で木を削るのに使ったっきり一回も使っていない。それ以降はただの重いお守りにしかなっていなかった。


「ナイフっていっても短いし魔物にはどうしようもないよな……」


ナイフの中では大ぶりで丈夫なものなのだが、一度狼の魔物と戦ったことを思い出すとどうしても戦力不足は否めない。せめて長いもの、剣のようなものであればある程度距離を取れるかもしれないが、そんなものは振り回せないし何より持ち運びが大変そうだ。デニスさんたちは剣だけでなく鎧も着ていることを考えると物凄い筋肉を持っているのだろうな。


「このナイフが伸び縮みしたら楽なのになぁ……あっ」


そんな自分の発言からふと思いついてしまった。以前テレビで見たアニメで、剣に魔法を掛けて戦う世界の話があった。それを参考にすればいいんじゃないかと思い至ったのだ。しかしアニメで見た魔法は話半分で見ていたこともあり、どういったものを掛けていたのかわからない。ここは素直に欲しい力を魔法としてナイフに掛けるしかないだろう。


「剣みたいにしたいから、刀身が伸びるように……土か水かな」


伸びる刀身として使えそうなところはその二つだ。しかし今は家の中、土などあるわけがない。消去法で水の魔術を使ってみる。水の球を作った時と同じように長くて鋭い形をイメージしながらナイフの刀身にまとわせていく。


「できた!けどこれはなんというか……」


魔術を掛け終わった私の手にはナイフを元に刀身の半分以上を水で構築した幻想的な剣だった。しかし結局のところ水であって剣のような硬さはないように見える。少し水でできた刀身を触ってみるが、触れた指がそのまま刀身に沈んでしまい武器としてはハリボテもいいところだった。


「でも水だと長さも変えやすいしどこでも使えるだろうからいい気がするんだけどなぁ」


空気中に必ず存在していて、自分の使いやすい長さに調整もできる。使い勝手の良さから私は水の魔術が最適だと感じていた。しかし武器として使うには柔らかすぎる。何かいい方法はないものか。


「そうか!水なら固めればいいのか!」


水が硬さを持つのは勢いよくぶつかった時ともう一つ、凍った時だ。それに気付いた私は水を凍らせる為にイメージをする。水が凍るのは温度が氷点下以下に下がった時。つまり冷やす必要があるのだが、風の魔術を使うのは少し違う気がした。


「温度が下がる……熱が消える……熱エネルギーが消える……分子が止まる?」


そうだ。氷の状態とは水分子が動きを止めている状態のことだ。つまり直接温度を下げずとも魔力で分子に働きかければいい。そんなことができるのかはわからないが、今までも似たような考え方で成功してきた。やってみる価値はあるだろう。早速水でできた刀身に魔力をこめる。そして分子の一つ一つを静止させていく。


「できた……冷たぁ!」


透き通る氷でできた刀身の剣が完成した。しかしあまりにも冷たすぎる。手が凍傷になりそうだ。私はどうにか手の周りだけは温度を気温と同じになるように調整していく。どれだけ目的に沿っていても使えなければ意味がない。そうして数十分ほど調整し感覚を覚えたところで理想の氷の剣が生まれた。鉄よりも軽く、調整もしやすい。周りの物に気をつけつつ、少しだけ振ってみる。なかなか扱いやすそうだ。


「よし!これで自衛はなんとかなるかも!」


武器ができたところで使いこなせなければ自衛などできないのだが、苦労して一つのものを作った達成感からかそんなことは全く考えていない私だった。今度人のいないところで素振りしちゃおうかな。

氷の剣を作ったり持っていく本をどうするか悩んだりしているうちに気付けば夜になっていた。結局異世界に持っていくものは着替えとナイフ、お気に入りの本を数冊という形で収まった。異世界に行くのはあまり気が進まないところもあるが、お世話になったエド閣下に黙ってこちらに帰ってきたことや魔術書を返さねばならないことなどを考えると早めに異世界へ行くべきだろう。ちなみに魔術書は既にラボで全ページを印刷しており、文字の解読が進められている。

準備を整え、あとは寝るだけとなったタイミングでノアから電話がかかってきた。


「イブキ!起きてたっすか?」


「今から寝るとこだったんだけど、何か急用?」


「わかってると思うっすけど明日には異世界に行こうと思うっす!」


「そういうと思ってもう準備したよ」


誠に遺憾だがノアの破天荒さに慣れてきている自分がいる。今日は学校に行けるにもかかわらず異世界への準備を整えていたのはそのせいだ。準備せず学校に行っていたら明日の朝には何も用意していない状態で異世界に行くことになってしまう。


「流石っすねイブキ!そこで相談なんすけど」


「何?やっぱ明日行くのやめる?」


「そんなわけないじゃないっすか!」


ちっ。少し期待してしまった。


「そうじゃなくてっすね、イブキの空間転移で持っていける範囲ってどれくらいなんすかね?」


「持っていける範囲?」


「いやぁ!ラボをフル活用して異世界に持っていくものを準備してたっすけど、トラック三台分くらいになっちゃって!」


「バックパックに収まるくらいにしろ!」


気合いの入り方が尋常じゃない。なんだトラック三台分って。持って行けたとしてもどうするんだそれ。私は何度目かわからないため息を吐く。今日も私の髪には白いものが混じりつつあったのだ。ノアと会ってからストレスのない日はない。


「えー!?でも武器とか現地資金用の物資とかは必要っす!何なら向こうに現代設備の基地を作るくらいの気持ちでいたっすよ!?」


「そこまではいらないだろ!大体今回からは行き来の制約があんまりないかもって言ってただろ?その都度で持って行けばいい話だろ!」


「あ!それもそうっすね!じゃあ今回はバックパックに詰めれる範囲で持ってくっす!」


「最初からそうしろ……」


ノアとの通話を切る。寝る前に軽く読書をしておこうかと思っていたのだが、もうどっと疲れてきてしまった。早めに寝るとしよう。どうせ早朝から叩き起こされるのは目に見えている。そうして私は諦め気味にベッドの中へ入っていくのだった。

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