第一章 第三節 ラボと異能力

翌日。

昨日の出来事は全て夢で、私の健やかな週末がこれから始まる。なんてことは一切なく、無情にも着信を知らせる音に叩き起こされた。


「……もしもし」


「おはようっすイブキ!寝起きっすか?」


「そうだよ……」


私は朝が弱い。いわゆる低血圧というやつだ。平日に毎朝学校へ行くのも少し辛いが、本来起きなくていい時間にアラームをセットしておく事で擬似的に二度寝をするテクニックを使うことで事なきを得ている。二度寝をしたという事実が心理的に安らぎとなるのだ。

しかし今回は違う。しっかりと1回目の起床である。


「寝起きは声がハスキーでちょっとドキドキするっすね!モーニングコールして良かったっす!」


「あ゛ぁ゛?」


寝起きということを差し引いても普段より低い声が出てしまった。朝からノアのテンションを耳から摂取するのは健康に悪い。おそらくラボでもそういう研究結果が出ているに違いない。


「これから一緒にラボに行こうと思ってたっすけど難しそうっすかね?今イブキの家の前にいるんすけど」


「今何時だと思っ……本当に何時だと思ってんだお前……」


耳からスマホを離し時刻を確認すると、画面には5:37の文字が表示されていた。私が普段二度寝を達成する為に一瞬だけ起床する時間よりもずっと早い時間だった。


「いいか、私は低血圧だ。出直してこい」


「えぇ〜!?せっかく来たのに〜!」


死ぬほどうるさい。甲高い声を出すな。ただでさえ重く感じる頭にダメージを与えないでくれ。


「じゃあ勝手にうちに上がって待ってろ。私はもう少し寝る」


「えっ!いいんす」


ピロン。

強制的に通話を終了した。自分が何を言っているのか自分でもわからなくなっている。何かおかしいことを言った気がするが、今はこの平穏を享受することにしよう。公害のような騒音が聞こえなくなり私は再び安らぎの中へ落ちていった。ああ、将来はお布団と結婚する。いや今すぐ結婚する。愛してるぞお布団。


数時間後、鍵がかかっていたはずの玄関を普通に開けて入ってきたノアがじっくりと私の寝顔を眺めながらニヤついており、私は悲鳴を上げることとなった。


「いやー!ご両親がいない時に家に上がっていいなんて誘ってるとしか思えなくて興奮したっす!」


「んなわけねーだろ変態が!」


私はノアの運転するバイクに乗せてもらってラボへ向かっていた。さっきからノアは無駄に飛ばしてくるせいで必死にしがみつかなきゃいけなくて困る。もしかしなくてもこいつはわざとやっているのだろう。今は我慢するしかないがラボに着いたら絶対に一回ボコす。


「でもイブキの寝顔はもう充分撮れたからしばらくは楽しめるっす!」


「楽しむってなんだ!さっさと消せー!」


「あぁん!そんな強く抱きしめなくても私はここにいるっすよ!」


「お前マジでぶっ飛ばすぞー!」


忌々しいにもほどがある。この地獄があとどれだけ続くのだろうか。既に30分はノアに抱き着いているが、ラボがある場所は伝えられておらず目安がわからない。向かっているラボは世界中にあるうちの日本支部とのことだったが、どういった場所なのか検討もつかない。

「そろそろラボに着くっすよ!気合い入れてほしいっす!」


「気合い?なんで?」


「行けばわかるっす!」


閑散とした郊外の中を走っている時にノアからのアナウンスが入った。うざったく飄々としたノアが気合いを入れろと言うということは何かあるのだろう。不安しかない。

やがてビルやマンションといったものとは別の大きな建物が立ち並ぶ区画に入り、速度を落としていった。ラボというだけあって研究所のような見た目だ。しかしそれが街のように広がっているのは圧巻だった。先ほどの郊外からは打って変わって目に入る人の数が多い。彼らは全員ラボ職員なのだろうか。しかしそれにしてはみんな若いような。


「それじゃ職員用の駐車場にバイク置いてくるっすからこの辺りで少し待っててほしいっす。あんまり動き回っちゃダメっすよ?」


「子供じゃないんだからそんなことしないって」


ノアは私を降ろして自身のバイクを停めるために少し先の駐車場へ行ってしまった。完全に知らない場所に一人で置いていかれたことにちょっとだけ不安になるが、近くにはコンビニやカフェがある。知らない場所であろうと見慣れたコンビニのマークを見ると安心できるものだ。カップコーヒーでも買おうかな。

その時だった。


「あれ?君は迷子?ここはオープンキャンパスの地区じゃないよ」


振り返ると不思議そうな顔をするお姉さんがいた。シャツにジーンズパンツ、背中にはリュックというラフな格好をしている。それにしてもオープンキャンパスとは一体。


「えーっと、友達に連れてこられたんですけどよく知らないまま来ちゃって……」


ノアを友達とするかは置いておいて、よく知らないまま来たのは事実だ。このお姉さんはラボ職員なのかもわからない今は下手なことは言えない。当たり障りのないことだけ伝えて乗り切らねば。


「あーそういうことね。散策するには何にもない場所だからつまんないと思うけど初めてきたなら珍しくも感じるか。変な人も多いし」


「ええと……」


「よければ私が案内してあげよっか?見たい学科があるとかだったらお友達も一緒に案内するよ?」


「いえいえ、お忙しいと思いますしご迷惑をおかけするわけには……」


お姉さんとの会話からわかったがここは大学だ。ラボと先入観を持っていたから気付けていなかったが、ここにある大きな建物はおそらく大学の講義室や研究室を兼ね備えた校舎のようなものだろう。若い人が多かったのも学生が出入りする施設なら合点がいく。でもこの大学にラボがあるのだろうか。理系大学生が言う研究室という意味のラボならばお姉ちゃんから聞いたことがある。だが私が行こうとしていたのはおそらくそれではない。


「バイク置いてきたっすよ!早速ラボに……ってそっちのお姉さんも一緒っすか?」


「あれノアちゃん?もしかしてこの子ノアちゃんの友達?」


「そうっすよ!この子はイブキって言うっす!」


「中村亥吹です」


どうやらお姉さんはノアの知り合いだったらしい。ということはラボ職員なのだろうか。彼女も何かしらの異能力を持っていて、ノアと同様に実行部隊で大学に潜入しているとかかもしれない。


「ノアちゃんの友達なら私の案内はいらないね。今日も教授のところに行くの?」


「そうっす!今日はイブキと一緒にやることがあるっす!」


「そっか、忙しいねぇ。それにしても……」


お姉さんが私の顔をまじまじと見つめてくる。何かついているのだろうか。

数秒ほど真剣な目をしたあと、ふっと目を緩めた。


「……うん、さすがノアちゃんの友達だね。顔が良い」


「え?」


「そうなんすよ!イブキは顔が良いんす!」


急に褒められて困惑する。ノアに至っては腕を組んでうんうんと頷いている。お前は私の何なんだ。

よくわからないという顔をしているとお姉さんから説明があった。


「ノアちゃんはこの大学でアイドル的存在なの。ノアちゃんは素直だし可愛いからここの学生はみんなノアちゃんのこと大好きで、見かけたら絶対話しかけにくるのよ」


「はぁ……」


素直だし可愛い?ノアが?確かに見た目は可愛い少女かもしれないが、私からすると悪魔のような存在である。人の家の鍵をピッキングして入ってくるような奴を可愛いと思えるのはそれこそ特殊な人間だけだろう。


「そんなノアちゃんがお友達を連れてきたなんてことが広まったらしばらく大騒ぎになると思うよ。特に亥吹ちゃんみたいな可愛い子だったらね」


「特に入学シーズンのこの時期はすごいことになるっす!新入生は私のこと知らないっすから男の子からはナンパされるし女の子からはお友達にっててんてこまいになるっす!」


「最近はノアちゃんファンクラブもあるくらいだから、変なことされないように気をつけてね」


どうやらノアはこの大学で絶大な人気を誇っているらしい。アイドルというよりもマスコットとして人気なのではと思ったがそうでもないらしい。いやアイドルでもマスコットでもないのだが。


「でもしばらくすれば落ち着くっす!私は教授のお手伝いに来てるだけっすから、何か誘われてもお断りしてるっす!」


「それでも大人気なのよ?お菓子をあげたりご飯に誘ったりすると結構来てくれるし、美味しそうに食べるからみんなメロメロになっちゃって」


食欲に負けて断りきれてないじゃねぇか。ご飯に誘う人たちは餌付けしてワンチャンを狙っている気がするが、ノアは全く靡いてない辺りご愁傷様である。


「亥吹ちゃんも多分ノアちゃんと同じようにいっぱい話しかけられると思うから頑張ってね」


「大丈夫っす!イブキは私のものっすから私が守るっす!」


「お前のものではねぇよ」


ノアに抱きつかれイラっとしつつ否定するところは否定する。大学構内でのノアの評価などという正直どうでもいい話だったが自分の身にも降りかかるかもしれないと思うと少し面倒だ。


「おっと、そろそろ行かないといけないっす!お姉さん、ありがとうっす!お姉さんはいつも優しくて好きっす!」


「っ!……ノアちゃん、そういうのは私以外にはしちゃダメだよ?多分よくないことが起こるからね。それじゃまたね」


私から離れたノアはお姉さんの手を取って笑顔でお礼をする。お姉さんは一瞬顔を赤くしつつ忠告して足早に去って行った。


「……ノア、わざとやってるだろ」


「タダで食べ物もらえるようになるならいくらでもやるっす!でもあのお姉さんは善意で言ってくれてるのがわかってるっすから本当に好きっすよ?」


「そうか……」


こいつは人たらしの才能を自覚している一番厄介なタイプだった。問題は起こさないように引き際も弁えている辺りが恐ろしい。私も自覚なくたらされているのだろうか。気を引き締めておかないといけない。

その後、構内を歩いて目的のラボに着くまでに何度も知らない大学生に話しかけられ、ノアはあっという間に袋いっぱいのお菓子を手にすることとなった。ちらちらと私を見る人もいれば、大きく食いついて私を紹介するように頼み込む人もいた。私を好ましく思ってくれるのは嬉しいのだが、ノアがやっていることを考えると複雑な気持ちであった。

ちなみに話しかけてきた人の中にラボ職員はいなかったという。最初に話しかけてきたお姉さんも少しノアと仲がいいだけの一般大学生らしい。そもそもラボ職員はノアのこの所業を知っているらしいので表立って話しかけてくることはないらしい。ラボ職員から鼻つまみにされてないかお前。


「さあ!ここがラボ日本支部っすよ!」


連れてこられたのはとある古い棟の研究室だった。この棟には学生が少なく、どちらかといえば物置としての用途が強い印象があった。その中では比較的綺麗にされており、大事に使われてきたのであろう機材が整理されて置かれている。


「ここの大学の学生からはパッとしないラボ……研究室と思われているっす!一応研究はしてるっすけど、内容が胡散臭いものばかりっすから変人しか集まってこないっすね」


「そうなんだ……もしかしてノアの入ってるラボって大学サークルのことじゃないよね?」


「心配しなくても大丈夫っすよ!ここはれっきとした組織の支部っすから!」


「そうですよ。ここは隠れ蓑にすぎませんから」


不意に別の声が部屋の奥から聞こえてきた。たくさん付箋をつけた手帳が落ち着いた色のベストのポケットからはみ出している。ラボという場所からはあまり想像していなかった国語教師のような印象を受ける年配の男性が奧から現れた。


「あっ教授!今日も奥の部屋使わせてもらうっすよ!」


「いいですよ。ノアさんなら勝手に使っても問題ありませんから、わざわざ許可を取らなくても大丈夫ですよ」


「こういうのはしっかりしておいた方がいいっすからね!あ、教授お饅頭食べるっすか?さっきもらったからお裾分けっす!」


「おお、それは嬉しいですね。お茶を入れてからいただくとしましょう」


「そうだ!こちらはイブキっす!もう連絡は入ってると思うっすからよろしくっす!」


「えっと、こんにちは。中村亥吹と言います」


私が挨拶しようとすると彼はそれを手で制してお茶を用意し始めた。


「えぇ、存じておりますよ。私はNSL……ラボ日本支部の受付のようなものです。皆さんからは教授と呼ばれています。日本支部のラボへの入り口は私に管理を任されておりますから、ご用の際はなんでも仰ってくださいね」


そう言い終えると彼は私の前に温かい緑茶を用意してくれた。


「よければご一緒にお茶はいかがですか?」


「ありがとうございます。でもこれからラボや異能力の説明を受けなきゃいけなくて……」


「おや?ノアさんから聞いておりませんか?本日は私が説明をすることになっていたと思うのですが」


「そうなんですか?」


「あっ言い忘れてたっす!」


こいつはよくこんな調子でやっていけてるな。計算高いのかどうかつかみどころのわからない奴だ。じとっと軽く睨んでやると誤魔化すようにへへっと笑って教授に助けを求めた。


「そ、そういうことっすから、今日は教授から詳しい説明を聞くっすよ!」


「ノアさんは相変わらずですね。亥吹さんの方がしっかりしていらっしゃる」


「でもでも!今日はもっと早く来るつもりだったのにイブキが二度寝したせいで遅れたっす!」


「私のせいにするなよ!そもそも家を出るには早すぎた時間だっただろ!」


「早く終わらせてその後の時間をゆっくりイブキと過ごしたかったっす!」


「週末の貴重な時間なんだから一人で過ごさせてくれ!」


やいのやいのと口喧嘩を始めてしまった。私は普段から口喧嘩などしない。するような相手がいないという理由もなくはないのだが、そもそもそんな疲れることはしたくないからだ。しかしノアは別だ。対抗しておかなければ後でどんなことを理由に変なことをされるかわかったものじゃない。


「ははは、亥吹さんはノアさんと随分仲が良いのですね」


「そんなことないです」


教授が微笑ましそうに笑いながらそんなことを言ってきたが食い気味に否定した。ノアがひどいっす!などと抗議してくるが無視しておいた。


「はぁ、とりあえずお話いただけませんか教授。ラボや異能力について」


「そうですね。ノアさんは愉快な方ですが、見ていると時間が早く過ぎてしまうのでこの辺にしておきましょう」


「なんか二人とも私の扱い雑じゃないっすか?」


気にしたら負けだろう。ノアを放置して私はソファに座ると、教授の用意してくれた緑茶に口をつけた。


「それではラボについて、異能力者についてご説明いたしましょう。亥吹さんは職員、それも実行部隊になるとのことでしたので詳しくお教えしておきますね」


「何をするのか知らないのでラボ職員になるかどうかは説明を聞いた後にさせてください」


「ははは、そんなに警戒なさらなくても大丈夫ですよ。そんなに特別なことをしないといけないわけではないので」


そこからは教授によってラボと異能力者についての説明を聞くこととなった。

大昔から世界には異能力者と呼ばれる超常の力を扱う者たちが存在しており、彼らの多くは世界を変えうるほどの力を持つが故に、人々から崇められ畏れられてきた。歴史の中には荒唐無稽と言われるほどに大きな力を持った者もいたようだが、そういったものはフィクションの物語として否定され、人類は異能力との共存の道を選ぶことが多くなかった。

そうした中、時代は進み文化が栄え始めると人類はより大きな力を求めるようになった。異能力者の力を自分たちの力として取り入れ、他者へ顕示しようとしたのだ。そういった人たちから異能力者を守り、共存の道を作ることこそラボの本懐なのだという。しかし異能力者となった人間はその力に溺れ、異能力を使えない一般人に能力を振るうこともしばしば起こりうる。それを鎮圧し一般人を守ることもラボの重要な仕事の一つだ。

ラボが創設されたのは歴史的にはかなり浅く、まだ200年も経っていない。対外的には新技術開発を行っている研究組織となっているが、各国のトップには非科学研究所Non Science Laboratoryとして協力体制を取ってもらえるように取り計らっている。ちなみに日本は全面的な協力体制にあり、ラボの権力は国家と同レベルなのだとか。

またラボは国家に属さない組織であることから、全世界から職員が集められ多国籍企業のような形になっているらしい。なにせ研究対象が現代の科学とは全く違った理論に基づく魔法や超能力である。固定概念に囚われない柔軟な思考を持って研究、解明できるようにという合理的な面にも期待された体制だそうだ。


「以上がラボについてのおおまかな説明です。ここまでで何か質問はありますか?」


教授が説明のための資料を片手に持ったまま訊ねてきた。

私は難しいことはわからないが、率直に思ったことを聞いてみることにした。


「ラボというのは異能力者を守るための組織なんですよね?なぜ異能力の研究まで行っているのですか?異能力者たちに異能力を使わず普通に生活しろと言うだけではダメなんでしょうか」


「ふむ、そうですね。では亥吹さん。もし新しい携帯電話を渡されて使うなと言われたらどう思いますか?」


「え?それはまあ、勿体無いなと」


「そういうことです。異能力とは万能とは言い難いですがとても便利なものなのです。それに、自分が力を得てしまったら使いたくなってしまうのが大多数の人間なのです」


「なるほど……」


「もっと言えば使うつもりがなくても使ってしまうこともあるのです。亥吹さんもそうだとノアさんから伺っています」


「既にイブキの異能力は私の見立てっすけどラボに報告してるっす」


昨日の夜のうちにノアが報告したのだろう。私にそのことを連絡してほしかったものだが仕方がない。どうせ報告はするつもりだったのだから良しだ。


「制御できない大きな力ほど恐ろしいものはありません。異能力を知り、制御することこそ一番の解決方法なのです」


「そういうことでしたら納得です。私もこの力がどういうものなのか知りたいですから」


「理解いただけて何よりです。それでは異能力についてもお話しましょうか」


現在ラボによって確認されている異能力は魔法と超能力の2種。

魔法は目に見えない未知のエネルギーを活用し、本来起こせないとされる現象を起こすことができる技術のことだ。この未知のエネルギーについては未だ多くはわかっておらず、職員からは魔力と呼ばれている。ラボは魔力を検知する装置の開発により、魔法を使う異能力者の発見を行っている。ノアの場合は認識の魔眼で見えるため使っていないらしい。

魔力についてはわからないことが多いが、わかっていることとしては使用者のイメージによってその性質を大きく変えることがわかっている。つまり魔法とはイメージによって変質した魔力が現象として現れるもののことをいう。そのせいかはわからないが、現在魔法を使用する異能力者は多感な未成年に多く見られ、特に少女が発現しやすいという統計結果が出ている。その結果から魔法を使う異能力者のことを魔法少女と呼称することが多くなったという。もちろん少女だけでなく少年や大人が魔法を発現することもあるが、呼びやすさと説明しやすさの問題で定着している。

魔法を使用できる者と使用できない者の差が一体何なのかは現在研究中である。

魔法少女の多くは光と熱に干渉する魔法を使用できる傾向にあり、超高熱量のビームを引き起こす魔法を使える者が一番多いという。それ以外にも自他共に傷や病症を健常な状態に戻す魔法、自身の細胞を異常なまでに活性化させることで身体能力を強化する魔法、微細な粒子から燃焼反応を起こし巨大な炎を生み出す魔法などがある。最後の魔法は私が吹き飛ばされた魔法らしい。

確認されていない現象でイメージすれば可能とされている魔法は多くあるが、魔法を使用できる者が少ない上にイメージを理解できないことや使用しようとしても発現しないことばかりであったという。この結果から魔法には未知の理論が関わっており、それを無意識に理解しているものにしか魔法を使用できないのではないかというのが今の一番の有力説だ。


「以上が異能力のうちの魔法の概要です。亥吹さんの異能力もノアさんによると魔法に該当するようですし、亥吹さんは魔法少女ということになりますね」


「な、なんか恥ずかしいので魔法少女と呼ぶのはやめてください……」


高校生にもなって魔法少女だと言われたり名乗ったりするのは厳しいものがある。そもそも私の脳内にある魔法少女のイメージはカラフルな衣装を着て悪と戦う正義のヒロインだ。それに比べて私はどちらかと言うとモノトーンな服を好んで着るし、正義の心があるというよりは面倒ごとを避けるために正義の味方を利用する方だ。決して魔法少女という柄じゃない。


「おや、そうですか。では少数派の呼称ですが魔法使いとお呼びしましょう」


「魔法少女の方がイブキには似合ってるっす!その方が可愛いっす!」


「どっちも嫌だけど魔法使いの方がまだマシかも」


「えぇ〜!?魔法少女イブキってアニメがあったら毎週見るくらい可愛いと思うのに〜!」


「勝手に人を変なアニメにするな」


魔法少女より魔法使いの方がいい。私の魔法使いのイメージは黒い服に黒い三角のとんがり帽子で、箒に乗って空を飛ぶアレだ。魔法使いというよりは魔女のイメージかもしれない。なんにせよ魔法少女なんてキラキラした存在よりは魔法使いの方が私には合っている。


「そういえばノアの異能力は超能力なんだっけ?なんで魔法じゃないのに魔眼って名前なの?」


魔法について説明を受け、魔とつくものに聞き覚えがあった。ノアの認識の魔眼だ。確か漫画やゲームなんかのフィクションでは魔眼と呼ばれる目に関係した力がいくつかあったように思う。いろんな設定があったはずだが、それでも魔眼と呼ばれるということは魔力がどうこうみたいな設定がついているものだ。それを考えるとノアの目は超能力だから魔眼と称するのは些かおかしいのではないかと思ったのだ。


「それはですね……」


「認識の魔眼については私が説明するっす!」


教授が何か話そうとしていたがノアの大きな声に遮られてしまった。どうやらノアは自分の能力は自分で説明したいらしい。というか自分の能力についてしかまともに覚えていないと言っていたような。ノアは無駄に重々しく語り始めた。


「私の異能力は超能力に分類されるっす。対価を必要とし、魔法では再現できないとされる唯一無二の力っす」


あぁ、そういえば昨日そんな説明を受けたような。私はノアの異能力のことを使うと勝手に痩せて便利な力というように覚えていた。


「それが目に宿ってるっす。これでもうわかるっすよね?」


「いやなんも」


「もうちょっと真面目に聞いてもらってもいいと思うっすけど!」


私はノアの意見を聞き流しつつあんこがぎっしり入った最中を食べていた。教授の入れてくれたお茶が美味しくて、ノアが貰ってきたお菓子の中で一番お茶と合うのはどれかなと試しているところだった。


「で、なんで魔眼なの?」


「わかったっす……結論から言うっすね」


ノアのしょうもない語りなどいらないのだ。最初から無駄なことを言わずにやることをやっていれば完璧なのになと思わなくない。


「ずばり!認識の魔眼が魔眼たる理由は!かっこいいからっす!」


「は?」


「もっと言えば!テンション上がるからっす!」


こいつに聞くのは無駄だろう。私は無言で教授に目を向け説明を求めた。教授は苦笑いをしながら芋羊羹を食べている。美味しいですよねそれ。


「……ノアさんの超能力についてはきちんと他の名前がついていたのですが、本人がこの通りでしてね。ノアさんが自称を繰り返すうちに職員の中でも広がってしまったのですよ」


「それでは魔眼というのは?」


「方便ですね。伝わりやすいのでそれでも良いかというのが総意です」


「そんなのでいいんですね……」


「超能力というのは魔法以上に複雑で特別なものが多いのです。そうなるとどうしても名称がややこしくなりがちでして……ノアさんの異能力の本来の名称は色覚型異能エネルギー反応認識能力となっております」


「そんな長ったらしい名前嫌っす!確かにSFっぽいっすからそう考えるとそのままでもかっこいいかもしれないっすけど、私はファンタジー系の名前の方がかっこいいって思うっす!だから魔眼って言うようになったっす!」


ノアは拳を前に掲げて熱く語っているが、とどのつまり。


「ただのノアの趣味ってことか」


「有り体に言えばそういうことになるっす」


「……」


こいつについて真面目に考えるのはやめよう。昨日出会ったハーフツインの魔法少女も相当なものだったが、行動力という面ではノアの方が数段上を行く。結局のところノアはいつまで経っても厨二病ということだ。

教授は慣れたものなのかお茶をすすりながら微笑を浮かべていた。


「わかった。もうノアの言い出すことは全部信用しないことにする」


「えぇ!?なんでっすかぁ!?」


ノアは適当なのだ。ラボの正式名称のNSLのことでさえも「なんかすごいラブ」などと説明してきたほどだ。今回の認識の魔眼についてもだが、しっかり知っておかないといけない重要な情報まで雑に説明されてしまうといろいろと問題が出てきそうだ。私は私でしっかりとしなくては。

私が密かに決意を固めたところで教授は飲んでいたお茶を飲み終えて私をみた。


「それでは先ほどノアさんの魔眼の話で出ていた超能力のお話もしてしまいましょう」


超能力は魔法と同じく目に見えない未知のエネルギーを活用して本来あり得ない現象を起こすことができる技術である。一見魔法と同じように思えるが、中身は全くと言っていいほど異なるものだとラボの研究で判明している。

まず活用する未知のエネルギーについて、魔法であれば魔力を変質させている形だが、超能力の場合は別のエネルギーを使っているとされている。魔力を検知する装置を超能力者に使用しても全く反応しないのだ。それに加え、魔力は変質、変換して魔法という現象に変わっていることに対し、超能力はその力の大きさと比例して使用するエネルギーが消失するのだ。つまり残滓が残らない。

どんなに検査しようとも反応がなくただ現象のみが結果として現れることからこれは神の力、神力と呼称された。神力は一応ラボにより観測はできているものの、観測できる時とできない時があり、神力を検知する装置は未完成品として保管されている。ただしノアの認識の魔眼は超能力者が能力を使用している際の神力と思われる反応をも見ることができるため、非常に稀有な存在であるとされている。

次に魔法と異なる点は、超能力使用の際に対価、代償が発生する点だ。魔法は魔力のみを使用するのに対して、超能力は神力ともう一つ対価が必要になる。対価は超能力者の個々によって違いがあり、ノアのようにカロリー消費が激しくなるといったものから、使用すると即命を落とすような危険なものまで存在する。もっと言えばノアよりも軽い対価の超能力者も十二分に考えられるという。

最後に超能力はできる範囲が桁違いに広い。魔法がある程度の物理法則に従った現象を生むことに対して、超能力は能力によっては物理法則を完全に無視した現象を引き起こすことも可能である。

例えば海外の支部にいたという超能力者は自分の存在をコピーして増やすことができたらしい。魔法でもできなくはないだろうと思われていたが、その超能力は永続した効果であった。完全に同じ人間が複数、しかも増えた方の自分も超能力を使えるため、増え続けることができる。しかし自然に消えることはなく、自分と言う存在がそれぞれ違う人生を持って生きていくという姿を見ることになった。最終的には全員が同じ考えを持ってしまったために発狂し、自分が別の自分に向けて銃を撃ち、どの個体がオリジナルであったかもわからないまま全員が自決するという結果になった。

非常に強大で恐ろしい可能性を秘める超能力であるが、超能力者は魔法少女と比べて発現数が少なく、発見された超能力者の数は魔法少女の数の二十分の一ほどとされている。

このように複雑な理論や希少な存在であることから、ほとんど研究は進んでおらず詳しいことは魔法以上にわかっていないのが現状であった。


「ということで以上が超能力者についての説明になります」


「……ノアの超能力って安全なものなんですか?」


例として出された海外の超能力者の話を思い出すと恐ろしく感じてくる。確かに大きな力ではあるが、自らその身を滅ぼすことになるなど本末転倒だ。


「えぇ、彼女の能力は見るだけですからね。対価もしっかり食べればどうにでもなる範囲ですから、ノアさんは比較的安全でかつ有用な超能力者としてとても希少な存在なんですよ」


ほっと胸を撫で下ろした。いくらノアがウザくて変態で私に害を為す奴だったとしてもそんな悍ましい最期を遂げてほしいわけじゃない。安全で健康であることはとても重要だ。


「いやぁ、でも師匠の方がおかしいっすよ?」


「あの方と比べてしまうと全てが平凡なものになってしまいますよ」


「ノアの師匠って前言ってた鮫島玲子さめじまれいこさん?」


どう考えても偽名だなと思うノアの師匠。ノアを育てたということはスタンガンを何不自由なく扱えるようにしたということだ。軍人か何かなのだろうか。もっと言えば学校に行っていないノアに勉強を施した人物でもある。師匠というよりは親じゃないかと思う。


「違うっす。私の師匠は二人いてそのうちの一人が玲子さんっす。そしてもう一人が私よりおかしい人っす!いや両方ともおかしいんすけど」


香澄かすみアリサさんですね。あの方はなんと言いますか……」


教授が難しい顔をしてどう伝えればいいかわからないという顔で悩んでしまった。そんなにおかしいのかその人。


「端的に言うと最強っす」


「そうですね。最強と言うのは間違いありません」


「最強?」


「あの人は最新鋭の戦車部隊を単騎で潰せるっす。もっといえば異能力者の集団に攻撃を受けても問題なく動いて鎮圧するレベルの化け物っす」


なんだそれは。いくらなんでも人間を捨てているとしか思えない。流石に誇張して話しているだけではないのか。教授の方を見ると彼もまた頷いていた。え、事実なの?


「彼女は魔法少女でありながら超能力者でもある世界にたった一人の存在です。魔法はラボに所属する全魔法少女の中でもトップの腕です。その上超能力に関しては物質をゼロから生み出すという汎用性の塊のような能力ですからね」


「それは……なんと言うか……」


「仰りたいことはわかります。彼女は一人で世界を崩壊させることも生み出すこともできるかもしれない人物です」


「でもそんなにすごい人がラボにいるんですよね?なら実行部隊の荒事は安心できますね」


実行部隊は危険なこともあるとノアも言っていたし、実際私は魔法で危ない目にあった。もっと危険な異能力者が敵意をもっていた場合、対抗できる最強のカードがラボにいるのならこんなに心強いことはないだろう。そう思っていたのだが。


「残念ながら香澄アリサさんはラボの人間ではありません。正確に言えばラボの人間ではなくなりました」


「え」


それはどういうことですか。と口に出す前にノアが見たことのない悲しそうな顔で話し始めた。


「あの人、突然ラボを抜けて行方不明になったっす。魔法少女と超能力者の二つを兼ね備えた人なんて師匠以外にはいないっすから、ラボからすると手放したくない存在だったんすけどね。死んではいないと思うっすけど何をしてるかというとわからない状態っす」


「彼女は常に現場に出ては戦闘をするという普通なら考えられない生き方を強制させられていましたから、それが嫌になってしまったのかもしれません。休暇を取っているというだけなら問題はないのですが、万が一どこかの国で拉致されているか、どこかの国の一つに肩入れしてしまっているのなら大問題になってきます」


一人で世界を敵に回せるだけの力を持つ人が行方不明。しかもラボは彼女に対してよくない対応をしていたとなると、最悪の場合、彼女はラボに敵対してしまっていると考えるのが自然だ。


「ラボの上層部の一部からはアリサさんを指名手配とし、ラボに所属する全ての異能力者を動員して殺害するようにとの案を出したこともありました。しかし彼女の功績はラボにとっても大きく、その存在の希少性からも待ったをかける者もいました。そんな中、香澄アリサさんに対する処遇は捜索と事情聴取に留め、彼女との敵対は絶対に避けるようにという意見が上層部で提言されたのです」


「それが玲子さんっす。あの人はアリサ師匠の親友っすから殺害なんて命令は出したくなかったんだと思うっす」


「玲子さんの提言は無事上層部での決定になり、実行部隊の命令の一つにアリサさんの捜索が追加されました。これが一年前の話です」


そんなことがラボで発生していたのか。異能力者といっても世界規模で影響のある人もいるんだなぁと他人事として考えた。あまりにも自分から遠い存在に思えてならない上に、まだ実行部隊どころかラボに入るかも決めていない段階の私にその話をされても困ってしまう。

そんな私の心境を悟ってか、教授は空気を変えるように話題を変えた。


「そういえばですが、亥吹さんは玲子さんによく似ておられますね。目の色や身長などは違いますがその顔と黒髪は玲子さんを思い出すには充分なほどです」


「そうなんすよ!イブキは玲子さんにそっくりで最初会った時びっくりしたっす!」


「前にも言ったけど私には鮫島玲子なんて名前の親戚いないぞ。お姉ちゃんはいるけど、お姉ちゃんの名前は凪だし、目も私と同じ色だから違うと思う」


「ふむ、そうでしたか。亥吹さんのお姉さんはどのような方なのでしょうか?」


教授が私のお姉ちゃんに興味を示した。一瞬お姉ちゃんのことを狙う不埒者かと思ったが、先ほどまでの重い話を吹き飛ばそうとしてくれているのだろう。それなら少しくらい話してもいいかな。


「お姉ちゃんは美人で頭が良くてスポーツ万能でかっこよくて優しくて完璧な人です!」


「お、おぅ……わかんないっすけどイブキにスイッチが入ったっす」


「お姉ちゃんはですね妹の私から見てもとても美人でモデルをやらないかっていろんなタレント事務所からスカウトの連絡が来てたんだけど全部断ってたんですしかも断った理由が私に勉強を教える時間がなくなるからってことだったんですもう本当に嬉しくてですね私もあんな風になりたいなってずっと思ってるんですけどお姉ちゃんは私にお姉ちゃんより私の方が優しくていい子だって褒めてくれたんです絶対そんなことないのにお姉ちゃんの方が完璧で優しい人なのにそうやって言ってくれて撫でてもらったのが忘れられなくて昨日も」


「イブキストップ!一旦ストップっす!」


「はっ!私、夢中で……?」


「イブキがお姉ちゃん大好きなのはわかったっす!ちょっと怖いくらいっすけど……」


顔から火が出そうだった。ノアに言われた通り、私はお姉ちゃんが大好きだった。お姉ちゃんの話をすると我を忘れてしまうくらいには。

子供の頃からお姉ちゃんの真似をしてお姉ちゃんを追いかけてきた。お姉ちゃんのようにかっこよくて優しい完璧な人になれるように。でも私にはお姉ちゃんほどの才能はなかった。勉強も運動も性格も完璧すぎて私にはどうやっても届かない存在だった。だから私はお姉ちゃんが大好きで、少しだけお姉ちゃんが苦手だった。それでもどうしようもなくお姉ちゃんが好きなのは変わらない。会えなくなって久しいけど私はずっとお姉ちゃんが好きだ。


「……お姉ちゃんは五年前に海外の大学に飛び級入学してそのまま有名な製薬会社で研究をしてるって聞いてます」


自分の中に生まれるお姉ちゃんへの愛を抑えつつ事実だけを伝えた。教授は微笑を少し深めてうんうんと頷いた。


「亥吹さんのお姉さんは随分と優秀な方のようですね。ぜひお会いしてみたいものです」


「お姉ちゃんに会うとですねまずその顔が良くて驚きますよすべすべの肌に長いまつ毛眠たげなのに目が放せなくなる不思議な目にですね──」


「イブキ!また始まってるっすよ!」


「はっ!すみませんつい!」


「いいんですよ。亥吹さんがどれだけお姉さんを好きなのか伝わってきましたから」


「どれだけってそれはもうあらゆる海のどんな深海よりも深くて──」


「イブキー!もう!もう充分っす!」


いつも私を困らせてくるノアがこの時だけは私に困らせられるという逆転現象が起こっていたのだが、この時の私にはそれに気付けるだけの理性は残っていなかった。

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