第2章 再会
5話 大人になって
あれから10年後。
えりかは、社会人2年目になり、とある塾で働いていた。
教えることよりも、誰かのサポートをすることのほうが得意で、たくさんの子供の夢を間近で見て応援できる仕事が好きだったこともあり、この塾に就職した。そして中学生の頃、自分が通っていた塾だ。
この塾には、いろんな生徒がいる。成績が思うように振るわない子、教科によって成績にばらつきがある子、嫌々通っているような子、一貫校にいるけど受験を考えてる子、色んな子がいる。
そんなある日、入塾を希望している中学生のお母さんから電話があった。うちの塾では、体験授業と同時に入塾面談をする。
いつも笑顔で応対している上司の様子が今回ばかりは違った。
「そうですか。私ではなく別のものが担当でもよろしいでしょうか。」
なるべく急ぎでやってほしいから誰でもいいと言われて、上司ではなく私が担当することになってしまった。
「まあ、代わりによろしくお願いします。今回は君が担当した方がいいかもしれない。」
私に代わることなど一度もないのに、全く不思議なこともあるものだ。
子供の方は都合がつかなくて、親御さんだけの参加になった。
子供は、中2で、中高一貫校にいるが、高校受験を希望していた。
まあよくあるケースだな、そんなふうに思いながら面談を始めた。
最初に模試の結果など、学力がわかるものを見せてもらった。結果は決して、悪いわけではなかった。むしろ、良すぎるくらいだ。
「これから勉強すれば十分学力を伸ばせる。まだ間に合うな。」
そう思って、伝えようとしたとき、もう1枚書類があるのに気づいた。
もう1枚は成績表だった。成績は全て1とか2とか、中には斜線になって成績がついていないものもある。
頭はいいはずなのに、なぜだろう。不思議に思って、聞こうとした瞬間、あることを言われた。
「実は、あまり学校に行けてないんです。」
ここでようやく、全てが腑に落ちた。面談に来てから、ずっと不安そうな顔をしていたお母さん、その上お母さんが面談を急いでいた理由。
そして、なぜ私がこの面談をやることになったのか。
まあ頭が良くても、勉強ができていても、学校に行ってないとなれば、これは話はかなり変わってくる。なぜなら、成績がつかないからだ。
これは、親だけでどうこう決めれる問題ではない。そう判断し、私はお母さんに告げた。
「今度、お子さんを連れてきていただけますか。お子さんにも、お伺いしたことがあります。」
それから数日後。塾には、件の母親とその子どもが来ていた。すぐに気づき、面談室に案内する。これは、かなりハードになるなあ、そんなことを考えながら面談室に向かう。
「お待たせしました。今日はご足労いただきありがとうございます。」
お母さんに向けて、こう伝えた後、子供に向けて、緊張を解くためにも、
「今日は来てくれてありがとう。」と伝える。
お母さんは案の定、不安そうな顔をしていたが、それ以上に子供は不安そうな顔をしている。
面談を始めた。最初は母親と子供に受験について知っていることを聞いてみた。
聞いてみたら、多分、受験のことを決めたのは子供なのだろう、そんな気がした。
きちんと自分で調べてきたようだ。一通り聞き、今度は説明を含めて、現状とそれに対する解決策を伝えた。母親には、こないだも伝えたが、もう一度する。
全てを話し終えて子供の方を見ると、泣きそうな顔をしている。
我ながら、子供にするにはかなり残酷な話だろう。ましてや、子供は初めて聞く話だ。相当ショックは大きかったのだろう。話を終えた時、初めて子どもが声を発した。
「今のお話を聞いて、大変だということはわかりました。それでも、私は諦めたくない。」
相当決意は大きいのだろう。私情を挟むわけにはいかないけど、応援したいと思った。
面談が無事終わり、塾を閉めた。
帰り道で、上司に聞かれた。
「今日の入塾面談、どんな感じだった?なんか昔の君に似てるよね。」
「そうですね。なんていうか、見ていて、複雑な気持ちになりました。」
「やっぱり、君ならそう言うと思った。君の方が、今回は適任だと思って変わったけど荷が重かったらフォローするから、いつでも言って。」
「ありがとうございます。」
そう言っていると駅に着いた。お疲れ様でした、と言って上司と別れた。
電車に乗って家に帰る道すがら、自分が塾に通い始めた時のことを思い出していた。実は自分も、中学生の時、不登校だった。中高一貫校にいたから、エスカレーターで上がれたが、学校生活に未練があり、高校受験をしようと思い、塾に通い始めた。そんな自分の塾に入る前の入塾面談のことがなぜか脳裏をよぎった。
自分の時、面談をしてくれたお姉さんは、厳しかったけど今思うと優しい人でもあった。子供の時は、その人のことをあまりよくわからなかった。厳しいことを言われても、もう少し優しいことも言ってくれればよかったのに、とさえ思っていた。でもその人が考えてたことが、今日初めて分かったような気がした。
"残酷だと分かっていたけど、知らなきゃいけない現実"
それを10年前のあの日、その人はえりかにきちんと伝えてくれたのだと。伝えてくれたことは、知りたくなくとも知らないといけないことだったのだと。
今日、自分はきちんと伝えられただろうか、とちょっと心配になってきた。
次の日、件の母親から連絡が来て、入塾する旨を伝えられた。1週間後から、通塾し始めた。もともと学力はあったため、その生徒は先生たちとうまくやっていけているようで、よかった。
それから半年が経ち4月になった。辞令が下り、私は新規教室の立ち上げに関わることとなった。最後の日、件の中学生が声をかけてきた。
「寂しくなるけど、絶対に高校に受かるので。受かったら、報告に行きますね。」
半年間で初めて笑顔を見せてくれた。
その子のことは、心残りだが残っている上司とかみんながサポートしてくれるだろう。それにこの子なら大丈夫な気がした。
「応援してるよ。」
その一言を残して私は、教室を後にした。
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