氷の王子様は子守り男子!?
無月兄
氷の王子様
第1話 氷の王子様
中学の制服に着替えたところで、時計をチェック。
この時間なら、急がなくても遅刻の心配はなさそう。
ゆっくり歩いていこうと思ったその時、私のスマホが鳴り出した。
画面を見ると、電話の着信ありって表示。 かけてきたのは、私のお姉ちゃんだ。
私、坂部知世は、中学二年生。
そしてお姉ちゃんは、私とは年が離れてて、もう立派な社会人。
何年か前に結婚して、今は別々に暮らしてるんだ。って言っても、お姉ちゃんの家は近所で、しょっちゅう会ってるけどね。
そんなお姉ちゃんから、こんな時間に電話。ってことは、またアレかな?
「もしもしお姉ちゃん。朝からなにか用?」
「おはよう知世。悪いんだけど、今日の夕方、ひとつ頼まれてくれない?」
困ったようなお姉ちゃんの声。
多分今ごろ、電話の向こうでは手を合わせてお願いのポーズをしてると思う。
そしてその頼み事がどういうものかは、だいたい予想がついていた。
「たっくんの保育園、迎えに行けばいいんでしょ」
「うん、ごめんね。急にどうしても外せない仕事が入って、帰るの遅くなりそうなの」
「いいって。私もたっくんと遊ぶの楽しいから。お仕事頑張ってね」
そこまで言ったところで、電話を切る。
たっくんっていうのは、お姉ちゃんの子ども。
近くの保育園に通っているんだけど、お姉ちゃんも旦那さんもお仕事がすっごく忙しくて、時々、園が閉まるまでの時間に迎えに行けないことがあるんだ。
そういう時は、私がかわりにたっくんをお迎えに行って、お姉ちゃんたちが帰ってくるまで、うちで面倒を見ることになってるの。
お姉ちゃんはその度にごめんねって謝るんだけど、私は全然嫌なんて思ってないし、むしろ、たっくんの面倒見たり一緒に遊んだりするの、好きなんだよね。
たっくんは今四歳なんだけど、私に会うと、ニコニコ笑いながら知世お姉ちゃんって言って寄ってきて、すごく可愛いの。
私のスマホには、そんなたっくんの専用の写真フォルダがあるんだよ。
保育園のお迎えなんて、毎日でもいいくらい。
今日うちに連れてきたら、何して遊ばせようかな。
こんな時のために、たっくん用の絵本が用意してあるから、読んであげようか。
そんなことを考えながら、今度こそ学校に出発。
夏休みが少し前に終わったけど、まだまだ気温は高いまま。
今は朝だからすっごく暑いってことはないけど、校門をくぐって下駄箱についた時は、少しだけ汗をかいていた。
手をうちわにしてパタパタと扇ぎながらひと息ついていると、ふと後ろに誰かの気配を感じた。
「ん?」
振り返ると、そこにいたのは、一人の男子生徒だった。
「吉野くん……?」
高めの身長に、サラサラした黒髪。長いまつ毛に切れ長の瞳。スっと通った鼻筋。
顔のパーツひとつひとつがとても綺麗で、全部揃った姿は、当然のごとくイケメン。それも、モデルやアイドルとならんでもおかしくないくらいの、すごく高いレベル。
そんな彼の名前は、吉野星くん。イケメン男子として有名な子で、私とは同じクラス。って言っても、ほとんど喋ったことなんてないけどね。
そんな吉野くんが、じっとこっちを見ていた。
「な、なに?」
こんなふうに男の子からじっと見つめられた経験なんてないから、なんだか緊張する。
しかも相手が吉野くんみたいなイケメンならなおさらで、ドキッとだってする。
すると吉野くん、ほんの少しだけ間を置いて、ボソッと言う。
「俺の上履き、取りたいんだけど」
「えっ?」
見ると、私のすぐ側にある下駄箱の棚には、『吉野星』って書かれたシールが貼ってある。そこを私が塞いでたから、上履きが取れなくなってたんだ。
「ご、ごめん。今どくから」
慌てて自分の上履きをとって、ササッと離れる。
じっと見つめて、なんだろうって思ったけど、私が迷惑かけてただけだった。
なのに気づかないばかりかドキッとしちゃって、恥ずかしい。
「ごめんね」
もう一度謝って、ペコリと頭を下げるけど、吉野くんはもう私のことなんて気にする様子もなく、さっさと靴から上履きに履き替え、校舎の中を歩いていった。
そのすぐ後ろを歩くのはなんとなく恥ずかしくて、ちょっとだけその場で待つ。
そしたら、またもや後ろに気配を感じて、振り返ると声が飛んできた。
「おはよう、知世。そんなところに立ったまま、なにしてるの?」
「あっ、紫。おはよう」
声をかけてきたのは、私の友達の清水紫。何もせずに立ってた私を不思議に思ったみたい。
「えっと、さっきここに吉野くんがいてね……」
「えっ、吉野くん? もしかして、何かあったの?」
吉野くんの名前が出てきたとたん、目を輝かせる紫。
吉野くんはその恵まれた容姿から、女の子の人気も高くて、紫もファンの一人。気になるのも当然か。
けど、ワクワクするようなことなんて、何も無いんだよね。
「実はね……」
さっきあった出来事を話すと、反応はやっぱり微妙だった。
「ありゃりゃ。何かあったのかなって思ったけど、そんなのだったんだ」
「そういうこと。だいいち、あの吉野くんだよ。何かあるわけないじゃない」
「うーん、それはそうかも。なんたって、氷の王子様だからね」
納得したように頷く紫。
っていうのも、実は吉野くん、女の子から人気はあるんだけど、誰とも付き合っていないどころか、遊びに誘ってもほとんど素っ気なく断ってるんだって。
それでついたあだ名が、氷の王子様。
「うちのクラスの草野さん。あの子も吉野くんに告白したけど、フラれちゃったみたい」
「えっ? 草野さんって、多分うちのクラスで一番可愛いよね? あの子でもダメなんだ」
「さすがは氷の王子って感じだよね。そういうクールなところが好きって子も多いんだけどさ」
クールなところが好き、か。
さっきの吉野くんも、とことん素っ気なくて、必要最低限のことしか喋らないって感じだった。
もちろんあれは私が悪かったんだけど、吉野くんは誰に対してもあんな様子。
女子だけじゃなく男子にもそう。放課後や休みの日に遊びに行かないかって誘っても、ほとんど断ってるんだって。
だから、なんとなく近寄りづらい雰囲気が出てる。
男子の中に一人だけ、そんなの気にせずグイグイそばに寄って話しかる子がいるけど、それを除けば、まさに孤高の存在って感じ。
そんな吉野くんを見てると、時々思う。
氷の王子様って呼ばれるくらいのクールな表情が崩れるくらい、夢中で好きになるものや大好きな人、吉野くんにはいるのかなって。
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