それぞれの心、思惑

「お父様。」


ウィンダム王国、謁見の間。

何やらニヤニヤといやらしい笑顔を浮かべているマラカイト王の元に現れたのは、クロスの宿に現れたあのローズだった。

自分も一兵として兵団に顔を出しているローズにも女性捜索の任は耳に入った。

だから来た。


「…ローズか。また兵の真似事をしているのか。まぁ、王位を継ぐことのないお前には学は必要ないし、そうしてくれた方が王家の株があがっていいな。」


ローズに気づいたマラカイトは溜息を吐く。


「お父様、ある女性を探していると聞きました。何故その女性を捕まえようとなさるのですか?」


ローズにはそれがクロスだと見当がついていた。

だからこそ理由を知りたいと思っていた。

あの少女が悪意のある人間には到底思えなかったから。


「フン、もう捕まえて外の牢に入れている。」


「外のですか?城内ではなく?」


食いついてくるローズが煙たく感じ、再び溜息をついて話を続けるマラカイト。


「その女は十中八九レムリアン王国のブレスの血縁者だろう。その立場を有効利用させてもらうのだ。まだレムリアンの連中の船がそこにあるからな。城内ではバレるだろ。」


だから街外れの兵舎の牢なのだった。

どのように取引をしようかはじっくりと考えなければならない。

まだバレる訳にはいかないのだ。


「有効利用…ですか?」


ローズは目先の利益に目がくらんでいる自分の父親に自分も溜息をつきたくなったが我慢した。


「まぁ政治に関わらないお前には関係ない。」


ガタッ


「お父様〜っ!」


謁見の間の扉が急に開かれ、外から綺羅びやかなドレスを身にまとったローズの妹トパーズが飛び出してきた。

ローズとは反対で清楚系で甘え上手なタイプの猫顔である。


「お〜トパーズ。今日の勉強は終わったかい?今日も可愛い我が娘トパーズ。」


さっきまでのムスッとした顔中の筋肉が緩み、クシャクシャの笑顔でマラカイトはトパーズを迎え入れた。

ローズは一方下がりトパーズに頭を下げる。


「はい、お父様。今日はじいやに外交について学びました。わたくし、絶対に立派に他国と渡り合ってみせますからね。…あ、でも、お父様ほど上手くやれる自信はありませんが…。」


媚ではなく本心である。

フワフワオーラなファザコンお姫様だ。

椅子に腰掛けたマラカイトの膝の上に腰掛けるトパーズ。


「わはは。トパーズは可愛いから皆がトパーズに嫌われまいと大切にしてくれるだろう。ただ、レムリアン王国は同じ女王だからね、あそこだけは気をつけなければならん。でもなトパーズ安心しろ。今日、何故か逃げ出したというブレスの血縁者を捕まえた。これでこちらに有利に事がおこせる。お前が女王になる時には必ず世界のトップに君臨させてやるからな。」


「なぁるほど。人質ということですね!さすがお父様ですわ。我が国の歴代王の悲願の為ですものね。羽が生えているというだけで異人扱いを受けてまいりましたわたくし達ですもの。正当な交渉術ですわ。」


ウィンダムの民が迫害を受けていた時代は確かにある。

それ故に民が立ち上がり、血で血を洗う争いに勝ち、今のウィンダム王国を建国した歴史がある。

だがそれははるか遠い大昔の話である。

今ではウィンダムの民は風の加護を受けた民だと他国で言われている。

ウィンダムの民は潜在的に魔力も高く、むしろ尊敬されている民族だ。

だが、迫害されてきた過去を忘れてはならないと、王家ではその歴史を伝え続けている。

故に今でも自分達は被害者なのだという自負が強い。

だからトップにこだわるのだ。

風の加護を受けた民だと言われているのをもちろん知っているが、神の域まで立ちたいというのがマラカイトの野望である。

だが、残念なのはそこまでの知恵はない。

断言してしまう。

マラカイトの知恵は浅い。

故に…ローズには馬鹿らしい話だった。


「せっかくだからトパーズの考えも聞きたい。引き渡しにあたってどのような条件をつけたら良いと思うかい?」


膝に乗るトパーズの頭を撫でながらワントーン明るい声で、小さな子どもに尋ねるように質問するマラカイト。


「気持ちわる…。」


ローズは小さく声を漏らし、一礼をしてその場を去ろうとした。


「そうですわねぇ。わたくしでしたら…その者と引き換えに鉱石の権利が欲しいですわ。レムリアンから鉱石を奪えば無力化できますもの。わたくし達に魔力で叶いませんし、島国ですから落とすのも簡単でしょう?」


確かに鉱石の権利を奪えればレムリアンは自国を保つことすら出来なくなるだろ。

だからこそ、そんな事には絶対ならない。

レムリアンも馬鹿ではない。

本当に血縁者で大切な人間だろうとその案は絶対に首を縦に振らない。

むしろ好戦的になりウィンダムに攻め込んでくる機会を与えてしまうだろう。

何かした訳でもないのに人質を取られているのだ。

他国に大義名分もたつ。

むしろウィンダムにとって悪手でしかない。

それくらいローズの頭にでもわかった。


「なるほど、トパーズはそう思ったんだね。最終的にはそう持っていきたいよね。でもね、今のままじゃ世界中からまたウィンダムの民は悪だって罵られてしまうよ。そういえば最近では人が悪魔化する病気が流行っているらしいし。」


「わたくし達は悪ではないですわ。侮辱された時代の報いですもの。」


トパーズはムスッとした顔をする。


「だから父様はね、その小娘が悪事を働いた事にしようとする。民を何人か犠牲にする必要があるが小さな損失だ。国の未来の為の礎になってもらう。我が民が殺されたとなれば被害者はこちらとなるだろう?」


マラカイトは得意気に高笑いをしている。


「まぁ…なんて可哀想なわたくしの大切な民…心の中で国を救う英雄として大事に埋葬いたしますわ。えぇ、絶対に。」


トパーズは目に涙を浮かべていた。


このままじゃまずい。

すぐにローズは走り出した。

街の誰かも謎の少女も王の利権の道具にされてしまう。

王に逆らえない兵達誰にも相談はできない。

その者の立場も危うくしてしまう。

自分一人でなんとかしなければならない。

なんとかしたい。

ローズは王の考えが国の為になるとはどうしても思えなかった。

理想主義かもしれない。

それでも…。

ローズは考えもまとまらないまま街の外の兵舎に向かって走り続けた。





「アラシ…鼻、大丈夫?真っ赤になっちゃってる。」


牢の中。

膝を抱えて座り込む二人。

黙りこくってしまったアラシにクロスが話しかける。

アラシは黙ったまま頷く。


「…ごめんね…こんな事になっちゃって…。」


クロスは地面に目を落とし、少し泣き出しそうな声を漏らす。

…。


「あの時。」


アラシが口にする。

クロスはゆっくりアラシに顔を向ける。


「あの時、父ちゃんがクロスと一緒に行けって言ってくれて本当に良かったと思ってる。」


「?」


アラシは足を伸ばし、ゆっくりと背を地面につける。


「あの時もし一人で祭壇に行ってたらきっとクロスと二度と会えなかった。」


「…。」


確かにそうかもしれないな、とクロスは思った。

何故か自分は追われている。

あの夜すぐに連れ去られはしなかったが、自宅にいたままなら状況は変わっていた気がする。

でも…もしあの時自分が自宅にいてあの男にすぐ見つかっていたら…もしかしたら…村の人達は無事だったのかもしれない…。

そうも考えてしまった。


「お前が生きていてくれる今がいい。だから謝らなくていいから。」


…。

心に染み渡る温かい言葉にクロスの目に一気に涙が滲んだ。

自分のせいだ。

その考えがずっとクロスの中にあった。

だが、アラシはそんな事これっぽっちも思っていない。

クロスまでいない世界の方がゾッとする。

それが本心だった。


ぐすっ。

涙で鼻をすする音が地下に響き渡る。


「…おまえ…カッコイイな…。」


泣いていたのは、見張りの屈強な兵士の男だった。


「あ、ごめん。続けて…。」


涙をこらえてはいるが次々に溢れ出してしまうらしく、グスグス音がまだまだ響く。

この人は…なんか良い人そうだ…。


「…。」


ちょっと照れて鼻をこするアラシ。


「それでさ、あの時のあの像…母ちゃんらしい…。」


「えっ…??」


クロスと番兵が同時に声をあげる。


「ああ、もう。」


アラシが勢いよく体を起こす。


「お兄さんも気になるだろうから最初から話すわ。」


盗み聞き下手ななんか良い人そうな番兵には全部話した方が良いと思ったアラシは、二人の今までの経緯を一から話した。

森の中にある村で皆が家族同様に育ってきた事。

二人はずっと幼馴染だった事。

急に村が襲われた事。

そして今日まで。


「おまえら…なんでそんな苦労してんだ…子どもなのに…。」


案の定良い人番兵は二人の今までに本気の涙を流している。

…番兵には向かないのではないだろうか…?


「だから正直、なんでクロスが狙われてるのか俺達にはさっぱりわからないんだ。」


「ひっく…おれにもわからない…。」


番兵は号泣してる。

この様子だと番兵も何故クロスを捕える命令が出たのかは知らないようだった。


「…。で、さっき言った二人で行った祭壇にあった像と俺しゃべったんだよ。」


クロスは番兵を心配しながら、うんうんと相槌をうつ。


「あれ、俺の母ちゃんらしい。俺を産んですぐ石化されたみたいだった。なんか俺の中にもぼやっと記憶があるんだよね。笑顔の人達に囲まれて…ん?あれ?」


話していくうちに少しずつ鮮明になる赤ちゃんの記憶。

あの時笑っていた人達。

あの姿。

まるでシーナと同じ…。


「それで?どうした?」


クロスは何やら考え込むアラシの顔を覗き込む。

うわっと一気に現実に引き戻されるアラシ。


「あ、いや、なんでもないよ。アイツは裏切り者だし。」


「?アイツ?」


「いや…。てか、どれくらい石化してたかわかんないけど、俺もしかしたらクロスと同じ歳じゃなくね?」


「…たしかに…。」


…。


しばらくの沈黙の後、クロスとアラシは同時に笑い出した。

何とも不思議な不思議な話。

だけど急に生きる世界が変わってしまった二人には簡単に受け入れられる話だった。

もう何が現実かわからないのと似たような感覚と言えばいいのだろうか。

何があってもおかしくないのだ。


「おれの国では人を石化する魔法は聞いた事ないなあ。拘束魔法はたくさん教えられたけど。」


「!もう死にいくかもしれない俺にその魔法を教えてよ…。」


アラシは!と閃いたように番兵に提案してみる。

もちろんこんな所で死んでやるつもりは毛頭ないのだが。


「よし!任せろ!おれが教えてやる。おれ達の鎧には拘束魔法は聞かない仕様になっているから逃げ出すことはできないしな。」


二人の生い立ちに心をひどく傷めていた様子だったが、牢から逃がす気はサラサラ無いらしい。

そのあたりはちゃんと仕事をわきまえている男である。

とはいえ、男は真剣に拘束魔法の指導を始めた。

しかも丁寧でわかりやすい。

あいかわらずクロスは真似てみても何も出来ずにいたが、アラシはすぐにコツを掴んで度々クロスを拘束しては離した。


「すごいな。おまえはおれ達より優れた魔法使いのようだ。その名前といい案外魔法の聖地ヤマトヲグナの人間の血をひいているのかもな。」


番兵はアラシに深く感心している。


「ヤマトヲグナ…。」


二人とも聞いたことのない名前だった。





兵舎。

すぐそばにある木の上にシーナの姿があった。

タカに二人の後をつけさせすぐに場所はわかった。

城ではなく外に隔離される。

そこに引っかかるものがあった。

すぐに引き渡すつもりならこんな町外れに監禁する訳がない。

猶予はあると思った。

だからこそ一読裏切ったふりをして後から二人をどうにかして助けだす、それがシーナの作戦だった。

窓から中を伺ったが、中には数名の兵士達がゆっくりカードゲームをして楽しんでいるように見えた。

二人の姿はない。

地下があるのだろうと予測できる。

じゃあどうやって二人を助け出すか。

…。

シーナは戦いで負ける気はまったくしていない。

ただやっかいなのはあの拘束魔法だった。

トップスピードでいけばやれないこともないとは思う。

が、失敗は絶対に許されない。

どうにかして成功確率をあげたかった。

故にタカを伝令に飛ばしており、最大の助っ人カルナの到着を待っていた。


ピ〜ッ


タカが戻ってきた。

カルナの姿はない。

カルナのタカに要件を伝え、すぐに戻ってきたらしい。


ピ〜ッ


しかし、すぐにシーナの元に戻ってこない。

ずっと頭上をクルクルと飛び回っている。

シーナはハッと街の方へ目をやる。


「ド派手な…女兵士…。」


街から必死に走って兵舎に向かってくる。

あれはきっとローズ王女だとシーナは思う。

血相を変えて走ってくる。

何かあったのか。


ピ〜ッ!ピ〜ッ!


タカが鳴きながらローズに向かっていった。


「いったいどうしたって言うんだ…。」


自分の命ではなく勝手に動くタカが珍しかった。

同じ…羽が生えているからだろうか?


「うわっ!」


急に眼の前に飛び込んできたタカに急ブレーキをかけるローズ。


「何?急いでるんだけど?」


タカはツンツンと足でローズにアタックする。

何か言いたいことがありそうなのだが…。


「ちょっといい?」


今度は急に輩のような男性が現れて声にならない叫び声をあげるローズ。

タカが何かをローズに伝えようとしているのを察したシーナがローズの前に飛び込んだ。


ピ〜ッ!


タカはピョンピョンと跳ね、そうそう!と言っているみたいだった。

それはなんとなくローズにも伝わった。


「ここじゃちょっと。」


シーナはローズをヒョイッと抱え上げ、先程の木の枝まで飛び上がった。

人に抱えあげられるなんて初めてでローズは困惑したが、タカは今朝のタカであるし、よくよく思い出すと昨夜少女と笑顔で話していた相手がこの男性だったのではないか?と気づくことができた。


「あなたは…昨日あの女の子と一緒に宿に泊まっていた人?」


ゆっくりと枝におろしてもらったローズは、シーナの顔を見つめて尋ねる。

シーナは正直に答えるべきか考える。

あの慌てよう。

クロス達に何かしにきた、伝令をしにきた、とはちょっと違う気がする。

タカのローズに対する関わり方が、ローズを止める為というよりも、ローズに協力を求めているように見えたからだ。

…。

シーナは静かに力強く頷いた。


「男ならちゃんと守りきってよ…。……。ごめんなさい。八つ当たりだな、これじゃあ。」


ローズは冷静になれ!と自らの頬をペチペチはたく。


「すまない。貴様…いや、君はローズ王女だよな?どうしてここへ?」


シーナはいつもの言葉使いから気をつけるようにして尋ねる。


「…あの子を…助けに…。」


「助けに?」


それは思ってもみない回答だった。

朝少し話しただけのクロスをわざわざ助けに?

国を裏切る行為になるだろうに、それを王家の人間が?

それが嘘だとは思わなかったが、理由がわからなくて素直に受け入れることが出来なかった。


「うん。お父様は…王は間違ってる。このままじゃ街の数人が事故に見せかけて殺される上に、それをあの子がしたことにされちゃうの!それはおかしい!だから…あの子を逃がしたくて来た…。」


なるほど、とシーナは思った。

レムリアンから来た者にクロスを捕まえるように言われた。

そのクロスが良い交渉材料になるとウィンダム国王は思ったのだろう。


「ありがたい。だが、それは国を裏切る事にも、なる。それでいいのか?」


国の人間の力が借りれるのは本当にありがたいことだが、王家の人間が他国との約束を破るとどうなるのか?ちゃんとローズが理解しているのかは確かめたかった。

仮にも一国の王女なのだ。

責任をとらされて殺される可能性だってある。


「そんなのわかってる!でも…それでも、あの王のせいで大事な民もあの子が傷つけられるのも許せない。あたしには命を天秤ではかることなんてできない!」


ローズは真っ直ぐにシーナを見ている。

その瞳は揺るがない。

王家の人間としては不合格な答えかもしれない。

だがシーナはその心意気を買うことにした。


「了解。ローズの策を聞きたい。」


初めて家族以外に呼び捨てにされた。

でもなんだか自分を認められたような気がして、ローズは少し嬉しくなった。

そうか。

自分の意見を求められたのも初めてだったんだ。


ローズは自分が走りながら考えてきた事をシーナに話す。

ローズならば王家の人間だからこそ二人を牢から出すのは簡単だろう。

王に直接命じられたと言えばいい。

王の命令は絶対だが、兵と共に生活をしているローズの信頼は熱い。

問題はそこから。

必ず誰かがついてくる。

ローズ一人を危ない目に合わせる事は絶対にしないだろう。

だから城下町から城に入る必要がある。

それまでに王達の耳に入ればアウト。

レムリアンの人にバレてもアウト。

ただ、城内には隠し通路があり、そこからウィンダム城を抜け出すことが出来る。

王家逃亡用の隠し通路だ。


「兄貴。」


スッと他の枝に姿を表すカルナ。

シーナだけかと思ったら知らない人間がいて、一瞬立ち去るべきか悩んだ。

カルナは外には影の人間でなくてはならないからだ。


「カルナ、ナイスタイミングだ。さっそく頼みたいことがある。」


シーナが普通に話しだしたので、任務を聞く体制に入るカルナ。


「街に入ってレムリアンのヤツらがいないか見回って来て欲しい。オレもすぐに行く。」


「了解。」


カルナが持ってきた対潜入用の私服に着替え始めた。


「…そっくり。」


「ああ、オレ達双子だからな。双子はやっぱり珍しいかい?」


サラッと答えるシーナ。


自分は影として隠れて生きてきたのに、この娘にはサラッと話すのか…いや、話していいのか?

てか、誰だ?

この小娘は。

カルナはテキパキと着替えながらたくさんの?を頭に巡らせている。


「初めてお会いした…。」


初めての双子対面で、シーナとカルナの顔を何度も見比べるローズ。


「大事な弟だ。小さな頃からあまり一緒には過ごせなかったからな。こうやって会話をして一緒に任務できるのは嬉しいことだ。」


「そうなんだ…。仲良いんだね。」


「ああ、かけがえのない家族だ。」


「よく言うよ。危険な任務も、じゃ行ってきてって軽く追い出しといてさ。」


カルナは小さな愚痴をもらした。

本気で怒ってはいない。

なんとなく会話に入りたかっただけだ。

兄を取られたような気がして口を挟みたくなっただけだ。


「はは、すまんすまん。カルナは本当に器用だしオレよりすごいヤツだからなんでもこなしてくるもんだから、これくらい余裕だろなってどっかで思ってしまってるんだな。気をつける。」


シーナは笑っている。

カルナの協力があれば、絶対何とかなると本気で思えるからだ。


そんな二人を見てローズは少し心が傷んだ。

もう何年もトパーズとは会話もしていない。

王家の中でも自分は空気のように扱われている。


「どうした?」


ローズの顔が曇っているのをシーナは見逃さなかった。


「大丈夫。何も無い。」


ローズは首を振って笑顔を見せた。


「じゃ、行ってくる。」


髪型まで整えて別人のようになったカルナは木を飛び降り、秒で街まで走り抜けた。

さすが双子。

カルナもワールドレコード選手になれるだろう。


「よし。いけるか?ローズ。オレはしばらくはここにて貴様達の様子に耳を傾けておく。無事にここを出てきたのを見届けたら先に街に入って中をなんとかしておく。安心して出てこい。」


シーナが立ち上がり体を伸ばす。

タカもそれを真似て羽を伸ばしている。


「ここも仲良し。あんたご主人様大好きなんだね。」


ローズもグーッと伸びをしてからタカをつついた。

タカはきぇーっと怒りをあらわにし、またローズを蹴りつけている。


「こいつ、親に捨てられて仲間にイジメられて…ボロボロだったんだよ。そういうタカはオレ達ハヤブサ族からも捨てられる。でも、オレこいつと目があった時に、まだ目が死んでなくて絶対にのしあがってやるって強さを感じたんだよな。だから絶対オレのタカにするんだってずっと一緒にやってきた。だからこんなこいつの姿って本当に珍しい。オレ以外ではカルナにしか懐かないからな。…ありがとうな。」


タカの生い立ちはなんとなく自分と被るような気がして、ますますタカのことが可愛くなってしまった。

自分もそんな風に生きられるだろうか。

自分を認めてくれる誰かがいるだろうか。

ふと、シーナを見つめる。

シーナは優しい笑顔を浮かべている。

ローズはシーナの温かいオーラを感じた気がした。

心がポカポカする。

よし、絶対成功させる。


「あたしも行く。」


両手てパチンと自分の頬を叩いて気合いをいれるローズ。


「あいつらを守ってやりたいんだ。よろしく頼む。」


ローズは強く頷き木から飛び降りた。

ゆっくりと兵舎に向かっていく。






カルナは城下町で買い物をするふりをしながら周りに意識を集中する。

このあたりにレムリアンなまりの言葉は聞こえない。


ドンッ


地面に座り込んでいる全身ローブ姿の人間に気づかずに足をぶつけてしまった。


「あ、ごめん。大丈夫?」


カルナは慌ててしゃがみ込みその子に謝罪をする。


「大丈夫…。こちらこそ…ごめんなさい。」


ローブの下から見えたあどけない顔に見覚えがある。

…。

あの少女に瓜二つ…?

人間観察能力に長けており、ましてや自らが相方そっくりな双子の人間なので、この少女がクロスでないことは一目で見抜いた。

しかし…そっくりすぎる。

これが…原因か?


「こんな所で座り込んでいたら危ないよ。なにかあったのかい?」


変装モードのカルナは村でのカルナとは話し方まで別人だ。

今回はコミュ強タイプ。

シーナが見たら腹を抱えて爆笑するにちがいない。

本来のカルナはコミュ症だから。

いや?こんなことができるのだからコミュ強か。

話を戻そう。


「なんでここにいるか、わからないの。」


カルナは相手の観察につとめる。


「誰かと一緒に来たの?」


「うん、たぶんアムルと。いつも一緒だから。」


たぶん?

カルナは状況がよくつかめない。

当たりどころが悪くて記憶が飛んでしまったの?

いや、そんな強くはぶつかっていないはず…。

しかし…この子のイントネーション…。


「お嬢様ー!」


遠くからこちらに向かって叫ぶ声が聞こえると、目の前の少女の顔がパッと明るくなった。

こちらに慌てて駆けて来る身なりの良い男性。


「アムルっ!」


少女も立ち上がり駆け出す。

どうやら保護者?と再会できたらしい。


「お嬢様、心配しましたよ。今はそちらの状態だったのですね。で、あちらの方は?」


アムルと呼ばれた男がこちらに目をやる。


「ぶつかった。ブレスが座り込んでたから心配してくれた!」


まるで子どものような受け答えをする少女。

気になったのはそちらの状態。

名前はブレス…。


「そうでしたか。ご心配いただきありがとうございます。この方は方向音痴な部分がありまして、私も探しておりました。見守りくださりありがとうございました。」


アムルはカルナに丁寧にお辞儀をする。

それは使える者がよくする礼の仕方。

それにこの話し方。

レムリアンの人間。


「こちらがぶつかってしまいました。大変申し訳ございません。では、失礼いたします。」


カルナもまた深々と頭を下げ、失礼のないように気をつけながら二人から背を向けた。

レムリアンの人間がウロウロしてる。

上手く尾行できるか?

カルナは再び買い物客に紛れて商品を品定めをするふりをする。






「ローズ様!」


兵舎の地下。

牢に食い入るように顔を突っ込んでいた番兵は、ローズが階段を降りてきた事に気づき、美しい敬礼をする。

牢の中には例の少女の他に少年が囚われていた事に少しビックリした様子をみせるローズ。

一人だけだと思っていた。

余計に誰かはついてくる。

一人…もしくは二人か…。


「あっ…。」


クロスはローズの姿を見て声をあげてしまった。

こんな形での再会になってしまうとは。

合わせる顔が無かった。 

アラシはクロスの反応を見て、ああ、となにやら納得した様子。


「お疲れ様。王の勅命によりこの二人を引き取りに来た。」


ローズも番兵に敬礼し嘘の任務を伝える。


「あの…。」


クロスが口を開く。


「きっと捕まえていたいのは私だけですよね?アラシは無関係なはずです。だから、アラシだけは逃してあげてください!」


「なっ!?」


突然のクロスの言葉にアラシは驚愕した。

さっきまでの感動話はなんだったんだ。


「いやっ!そもそもなんでクロスが狙われてるんだ!!俺達はずっと森の村で静かに暮らしてきたんだよ!!意味がわからねーよ。せめて理由くらい話せよ!」


クロスの言葉に同様してしまったアラシは、矢継ぎ早にローズに言葉を吐く。

相手が国のお姫様だろうが知ったこっちゃない。


「…。それをお前達が知る必要はない。」


朝と違い厳しい言葉を放つローズに、クロスの心がチクッと傷んだが、目線を合わせないローズに違和感を感じた。


「私からもお願いしますよ、ローズ様。せめて、せめて理由だけでも…この子らが可哀想すぎて…。」


横から口を挟んできたのは意外にも番兵だった。

ローズはそれを耳にするとゆっくり目線を番兵へ向ける。

番兵は自分の言葉がまずかったと瞬時に判断し、再びビシッと敬礼する。

先程より固く縮こまる体。


「…そなたは…何か聞いたのか?」


ローズは何をどう伝えたら良いのかわからず、でももしかしたらこの番兵を味方につけることができるかもしれないという淡い期待を抱いてこの言葉を吐いた。

彼が元々優しい人間なのは見ていたから知っている。

ただ王への忠誠心は強く任務には忠実な印象があった。


「…。はい、この子達の今までを話してもらいました。この子達は何故自分達が拘束される立場にあるのかまったくわからないでいるし、わたしが話を聞いていてもどうしてそんな事になっているのか…すみません…。」


ローズは牢の中の二人に目を向ける。

少女は申し訳なさそうな顔で顔をあげる。

少年からは激しい怒りと少しの期待。

…。

やっぱり自分の信じた道を行きたい。


「あたしの計画に協力してほしい!あたしに騙されたと言って良いから!」


ローズは力強く番兵に口にした。

番兵は、一体何事か?と一瞬怯んだが、すぐに何かを悟ったように口をキュッと結び、声を出さずに大きく頷いた。

上に聞かれてはまずいと思ったからだ。


「…ありがとう。」


一瞬ローズは泣きそうになったが、すぐに行動の説明を始める。


「承知いたしました。わたしは強引で有名な男。絶対に他の者はついてこさせません。」


城までの案内を一緒に来てくれることを承認してくれた。

番兵の資格を得られるくらいに魔力、実力ともに認められた男。

彼に口答え出来るのは王国精鋭団の兵達くらいだ。


「ほ…本当なのか…?」


アラシは最後に確認する。

本当に自分達を逃がすために来たのか?


「うん。外には色黒外人さんもいる。君達の仲間でしょ?」


シーナだ。

アラシの顔が緩む。


「ありがとう。絶対にこの恩は忘れない。」


アラシは一気に目の前が開けたような感覚がして、はやく駆け出したい衝動にかられていた。


「それは脱獄に成功してから言って。ここから先は出たとこ勝負だから。」


おーっ!

とアラシと番兵が声をあげそうになり、ローズにシーッと静止させられた。


「あ…ありがとう。」


クロスもやっと口にする。

自分のせいで王家の人間であるローズや優しい番兵に迷惑をかけてしまうことに複雑な気持ちを抱いていた。


「一緒に生きるって約束した。絶対成功する。」


アラシは満面の笑みをクロスに向ける。


「さぁ顔に力を入れて。一世一代の大芝居頼むよ。」


ローズが皆に目をやる。

絶対に二人を逃す。

番兵も守りきる。

ローズはキュッと拳を握りしめ前に歩みだす。

番兵は二人に拘束魔法を緩くかけて後に続く。

クロスとアラシは顔を見合わせて激しい緊張感を共有しながらゆっくりと足を進めた。


ウィンダム城大脱走劇の始まりである。


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ツイン・ソウル〜承〜 愛子 @aki1985

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