からっぽ
鐸木
からっぽ
「私は空っぽだ」
外では雨が振り付ける音が響いている。雨の所為で湿度が高く、空気が重くなった教室内ではしがきを書いてみた。それはありきたりで、単調で、馬鹿馬鹿しい一言の様に思えた。でも、ノートの端に書かれたそれは、嫌に真摯な貌をしていたので、とても消す気にはなれなかった。
「今日は夏目漱石の…百二頁を…」
教師の抑揚の無い声を作業BGMに、すらすらシャーペンを走らせた。この書き出しから続けるのは難しいな、とまるで文豪にでもなった気持ちで真面目に考え込む。少し思案した後、面倒臭くなったのでペンネームを先に考えることにした。
こういうペンネームを決める時って、皆んなどうしているんだろう。二葉亭四迷とか、夢野久作とか、親からの言葉をそのまま名前にしている人もいるよな。江戸川乱歩は憧れのエドガーアランポーから…。谷崎潤一郎は?適当?うぅん…。いや、でも芥川龍之介は本名だなぁ…。
取らぬ狸の皮算用に時間を浪費していうちに、雨は上がっていた。窓の縁に溜まっていた水滴も乾いてきて、段々と雲が避けて太陽の光が刺してくる様になった。
「人物の関係性の整理を…私という人物は…」
少し空気が軽くなって、心無しか教室内の空気も明るくなった気がする。しかし、今は食後の五校時目なのでどうしてもだらけた雰囲気は抜けきれない。少しずつ喋り声が増えていく。
私も何だか、日の光が暖かいせいか眠くなってきた。時計を見ると、後二十分。十分すぎるくらい眠れるな、と確信した私はノートを閉じて、枕がわりに積み上げた。
あんなにも気に掛けていたはしがきの事は既に忘れていた。
「私は空っぽだ」
からっぽ 鐸木 @mimizukukawaii
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