第二章 理想の王子様、現る。(しかし、貴方も男)
第14話 第二章、一『沢崎直』
一
沢崎直にとって、恋愛とは辛く悲しいものだった。
モブ女の学生時代などキラキラとは縁遠いのは当然で、どこか遠い世界のような一軍の陽キャたちの青春を傍目に眺めることはしても、自分の元にそんな青春が舞い込むことはなかった。
大学時代にやっとのことで初めて出来た恋人も、結局相手の浮気が原因で別れた。
社会人になり、次に出来た恋人には浮気どころか二股の末、沢崎直の方が先に付き合い始めたというのに二番目の女にいつの間にか降格していて、あまりにもバカらしくて別れた。
そして、しばらく恋愛は懲り懲りだと思っていた沢崎直の凝り固まっていた心を解きほぐしてくれた最後の恋人は………。
誠実だったはずの恋人は……。
あざと女の毒牙に掛かり、裏切りの末に沢崎直を捨てた。
ゆくゆくは結婚をと考えるくらいには将来のことを匂わせる発言をしていたあの男は、ある日を境に突然素っ気なくなり、忙しいが口癖になった。デートの約束はいつも直前でドタキャンされるようになり、連絡がつきにくくなった。付き合いたての頃は、マメに連絡を返してくれる優しくて気配りが出来て真面目な男だったはずなのに……。
ある日、久しぶりに会った男は沢崎直が料理をする後姿を見て言った。
「直もさぁ、もう少し女子力って云うの?そういうの身に着けたら?」
「は?」
「……何か、色気とか、そういうの?」
確かに、化粧映えもしない地味顔で、女性にはあまり褒め言葉とは思えない質実剛健的な要素を持ち合わせたのが沢崎直という人間だ。それでも、前まではそういう真面目なところがいいと、この男も言っていたはずだ。すっきりとした性格が気分がいいと、笑顔で褒めていたではないか?
沢崎直は恋人の主張が突然変わったことに危機感を覚えた。
「女子力って何?」
とりあえず質問してみた。
かねてから、沢崎直には『女子力』という言葉の正確な意味が理解できなかった。
使う人間によって、使う用途によって、あまりにも意味が変化して具体性がないにも関わらず、共通概念のように存在し、一時期は猫も杓子も踊らされていた言葉。
「女子力は女子力でしょ?」
はい、出ました。沢崎直は心の中で両手を広げて呆れて見せた。
フリルのスカートを着れば女子力アップ。化粧がうまく出来れば女子力アップ。料理が出来れば女子力アップ。自分磨きで女子力アップ。素直で可愛いのは女子力が高い。このポーズは女子力が高く見える。女子力アップの裏ワザ。果ては、この商品を買えば女子力アップ。結局、正解はどこにある?
野菜を手際よく切り終え、片づけを済ませ、鍋でスープを煮込みながら、エプロン姿の沢崎直は、あくまでも笑顔で恋人へと振り返った。
「具体例を聴いてるんだけど?」
「……そういうとこじゃない?」
(どういうところだ?)
あくまでも笑顔でありながら、心の中で青筋を立てた。
沢崎直の心中に気付かず、男は淡々と続ける。
「可愛げとか、色気とか、そういうの。……何かさ、直って萎えるんだよ。」
沢崎直は眼鏡の下の眉間を軽く指で揉んだ。
「今のやり取りだってさ。もっと他にないの?料理だって、味が悪いわけじゃないけど、彩りとか、作ってる時のエプロン姿とか、萎えてくるんだよ。」
淡々と人を傷つけている間、男はスマホの画面から一度だって視線を上げはしない。
(……この男、特定の誰かと私を比べてやがる。)
沢崎直のはらわたはふつふつと煮えくり返った。
だが、あくまでも一定の冷静さを保ったまま、沢崎直は会話を続けた。
「で?女子力が何なの?」
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