第13話 第一章、十三『身元不明のイケメン』
十三
「身元不明となって、ご家族の方が心配していらっしゃるかもしれません。そのような届け出などはありませんか?」
ご令嬢がこちらの方を心配そうに見つめながら、目の前の責任者に哀願する。
よほどの重要人物のことでなければ、そういう類の仕事は下っ端の騎士が担うんだろうなと沢崎直は確信していた。もちろん目の前の責任者の騎士の視線も雄弁にそう語っていた。
それでも相手が伯爵令嬢となれば話は別だ。責任者が無下にできない身分なのだろう。
庇護欲を掻き立てられる美貌を持ち、伯爵令嬢。彼女には手に入らないものなどないのだろうなぁと、沢崎直はそうしみじみ思った。皆が彼女を大切に扱い、彼女が何か頼めばそれを叶えるために周りが動く。そういう風に生きてきたのでなければ、この場で自分の我を通そうなんて、そんなこと畏れ多くて考えもしない。
主役女は、こういう風に生まれて生きていくのだ。
モブ女歴二十五年の沢崎直には、あまりにも境遇が違い過ぎて、嫉妬すらする気が起きなかった。
「あのー、よろしいですか?」
突然、近くに控えて立っていた壮年の従者に小声で声を掛けられる。
急な事態に、慌てて答える。もちろん小声で。
「はい?」
「何か、身元が分かりそうなものはお持ちじゃないですか?」
あくまで主人の話に割って入るつもりはないようで、小声で二人の会話は繰り広げられる。
「身元ですか……?」
室内の空気を敏感に感じて、そろそろ責任者をご令嬢から解放した方がいいと決断したのだろう。壮年の従者もやはり有能だ。
もちろん沢崎直も従者の考えに同意する。
しかし、協力は惜しまないつもりではあるのだが、如何せん手荷物一つないのが現状だ。
「……手荷物などは何もないんです。気が付いたら、ワイルドベアー?に、襲われていたりして、訳も分からず逃げ出した次第でして……。何故、森にいたのかも分かりません。」
転生したり、目覚めた状況だったりの初めの方は端折ったが、出来るだけ正直に答える。
壮年の従者は、沢崎直の全身を点検するように眺め回した。
何か見つかればこの事態から脱出できるはずだ。沢崎直も従者に協力して、その点検するような視線を受け入れた。この世界初心者の沢崎直よりも、経験値の高い壮年の従者の方が何か分かるかもしれない。
しばらく眺められた後、従者の視線が一転で止まる。
従者の視線が止まったのは、首元だった。
「そちらの鎖ですが……。」
言われて、首から下げられている鎖に手を伸ばす。どうやら首飾りのようだが、元々自分の物ではないため全くデザインが分からない。まあ、そもそも身体自体が自分の物ではないのだ。
服の中から首飾りを引っ張り出す。
すると、チェーンの先には何かの紋章のようなデザインのトップがついていた。
「……これ?」
視線で従者に確認すると、従者は力強く頷く。
そこで、初めて従者は主人の会話に口を挟んだ。
「申し訳ございませんが、少々よろしいですか?」
「どうしたの?」
急に近寄ってきた従者に、ご令嬢が視線を向ける。
責任者は近寄ってきた従者に不信の目を向けた。
向けられた視線に穏やかな目礼を返した後、二人に向かって従者は口を開く。
「あの方の身元が分かりそうなものが見つかりました。」
室内の空気にとっては救いの一言である。
従者は、二人の視線を沢崎直が掲げている首飾りへと誘導した。
「あちらをご覧ください。あの方が着けていたものです。あの紋章は、どこか名の或るお家の方の物ではないでしょうか?」
(そうなの?)
三人の視線を受けながら、沢崎直は心の中で行き場のない疑問を浮かべた。
「少々失礼。」
責任者の騎士の行動は早く、一言断ると一足飛びで首飾りの確認にやって来た。
壁際で固まりながら、身に覚えのない首飾りの確認をされる沢崎直。
これでこの事態から解放されますようにと願ってはいたが、そんな儚い願いは簡単に霧散する。
その首飾りを確認した途端、責任者の騎士の顔色があからさまに変化した。
「……これは……。」
先程のワイルドベアーの知らせの時よりも、その変化はあまりにも顕著であった。
(えっ?どういうこと?)
首飾りを持って直立不動の姿勢のまま、沢崎直は慌てていた。
だが、そんな沢崎直の事も構わず、即座に踵を返す責任者の騎士。
「失礼いたします!」
颯爽と部屋を去っていった責任者。
後には全く事態の把握できていない三人だけが、呆気にとられたまま残された。
責任者が出て行った扉を見つめながら、沢崎直は叫びだしたい衝動と戦っていた。
あんな勢いで出て行って、この先の展開が安穏としているわけがない。だというのに、沢崎直本人には身に覚えがなさすぎる。
(何でこんなことになってんだ!?とりあえず責任者よ出てこい!!)
(異世界転生って言っても、事前説明くらいしろっ!説明責任はどうなってんだ!?)
とりあえず、心の中で沢崎直は何かに向かって絶叫した。
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