第10話 第一章、十『街』
十
「うわぁ。」
馬車から地面に降りたった直後、沢崎直は目の前の景色に嘆息を漏らした。
ゆっくりと周囲を見回し、できるだけたくさんの情報を吸収しようとする。
そこは中世ヨーロッパ風と言って表現するタイプの街だった。
昨今のグラフィックが進化したゲーム画面の中の街がそのまま具現化したような、そんな印象を受ける光景だ。映画やゲームの世界を再現したようなテーマパークは数あるが、そういう場所にはどこかで偽物感が漂う。どれだけ再現しても、現代の法律や技術の縛りがあるために、そうなってしまうのだが、その街にはそういう物がなかった。圧倒的な本物感で街は存在していた。
(異世界すげー。)
沢崎直は圧倒されていた。
「まずは騎士団の詰め所に参りましょう。」
初めて見た街の光景を前に立ち尽くす沢崎直に、ご令嬢は声を掛けた。
「あっ、はい。」
ようやく現実へと意識を引き戻され、沢崎直はご令嬢の後を追い始める。
道を先導するように壮年の従者が先を歩き、続いてご令嬢、更にその一歩後を沢崎直が歩く。
道を見失わないようにご令嬢の行先を気にしてはいるが、街を歩けば歩くほど目の前に現れる見たことのないものや興味深いものの数々に、沢崎直は好奇心をくすぐられていた。
あまりにもきょろきょろとしているので、そんな彼女の様子を微笑ましく思ったらしく、ご令嬢は笑みを湛えて申し出る。
「後で街をご案内しましょうか?」
「はい。ぜひ!」
嬉しくて心からの笑顔が浮かぶ。
ご令嬢が息を呑んだ。
そして、一拍遅れて俯いた顔がみるみる赤く染まっていく。
(あっ、やばい。)
沢崎直はそこで気づく。
(私イケメンなんだ……。しっかりしないと。)
「……コホン。まずは、詰所に参りましょう。」
咳払いをして気を取り直すと、赤い顔のままご令嬢が消え入りそうな声で繰り返した。
「はい、お願いします。」
軽く頭を下げる。その一礼には、申し訳ない気持ちをたくさん込めた。
そんな二人のやり取りを、前を行く壮年の従者が物言いたげな圧力のある視線で見つめていたが、そちらにも謝罪の気持ちで一礼するのを忘れない。
沢崎直には女性を誑かす気持ちは微塵もないのだ。
(イケメンって、いろいろ大変なんだなぁ……。)
沢崎直はしみじみとそう思った。
これから、もしイケメンとしてこのまま生きなくてはならないのだとしたら、誰かイケメンの先輩に教えを乞うた方がいいのかもしれないな。でなければ、慣れないイケメン生活は無用のトラブルを生み出しそうだ。
知らない異世界の街の中で、沢崎直はイケメンの作法の必要性を感じていた。
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