第6話

        六

 

「ごめんなさいごめんなさい。」

 女性の悲鳴が響く中、沢崎直は一瞬で女性から距離を取ると、平身低頭精一杯に謝った。

「何もしてません。何もしてません。すみません。」

 身を縮こまらせ、とりあえず何度も頭を下げる。

 抵抗の意思がないことを示すために、両手はしっかりと上げている。

 一定の距離が開いたことで、ようやく落ち着いてきたのか、女性の悲鳴が徐々に尻すぼみになる。

 完全に女性の悲鳴がなくなったところで、沢崎直は少しだけ顔を上げて女性の顔を窺った。

「……あ、あのー、大丈夫ですか?……お怪我とか……、痛むところとか……。」

「……えっ?」

 悲鳴とは打って変わった小さな声で、女性は尋ねる。

 沢崎直は縮こまったハンズアップの姿勢のまま、出来るだけ穏やかな声で女性を刺激しないように続けた。

「……そのー、こちらで、倒れているのを見かけて、あのー、お声掛けをさせていただいた次第でして……。驚かせてしまってすみません。……お具合はいかがですか?」

「………。」

 女性は自分の身体と、目の前の人物を交互に何度も見比べた。

 その間、沢崎直はじっとして待っていた。

「……助けてくださったのですか?」

 ようやく女性の声色が警戒色を解き始める。

 それでも、まだ警戒して距離を取りながら沢崎直は頷いた。

「……はい。一応、そういうことになります。その、多分。」

 女性はその言葉にふわりと微笑んだ。

 沢崎直もようやく胸を撫で下ろす。誤解される恐れは今のところなくなったようだ。

「お怪我とかは大丈夫ですか?」

「はい。ありがとうございます。」

 女性はその場から立ち上がる。そこで、何かを思い出し恐怖に顔を引きつらせた。

「ワイルドベアーは!?どうなりました?近くにモンスターがいたはずです!」

「ワイルドベアー?」

 首を傾げる沢崎直。

 女性は一気に距離を詰めて、沢崎直の襟首を掴んで揺さぶった。

「大きなモンスターです。私は、アレに襲われて!」

「あっ!」

 そこでようやく思い至る。

(さっき、無我夢中で倒したクマさんのことか……。)

「まだこの辺りにいるはずです!急いで逃げなければ!」

 女性が切羽詰った様子で沢崎直に声を掛ける。

「こちらです!こちらに私の馬車がありますから!お早く!」

 急かされて、沢崎直は素直に女性の後を追う。

(……何か迷子からは脱出できそうかも!?)

 少しだけ軽くなった気持ちのおかげで、沢崎直の足取りは軽くなっていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る