37.vs流氷の天使

「ここからが本番。ロイゼンに生きる人の命なんて私には関係ない。だから……」


 メルリルの背についている六本の触手のうち二本がどこかへ向かい始める。それは想像以上に長くどうやらどんどん伸びていっているようだ。ハルト達はただその触手の行方を見ていることしかできなかった。


「まずいぞ。あっちは……!!」


 ダリアはメルリルが何をしようとしているのかを理解したようで焦っている。周りの生徒がどういう事かを聞くとダリアは答える。


「メルリルは王城をぶっ壊して中にいるやつを全員下敷きにして殺す気だ」


 それを聞いて全員が今置かれている状況をよく理解する。あの触手を止めることが出来なければ王城内にいる何十人という命が奪われてしまう。ハルトは危機が迫る中考える。どうすればあの触手を止められるのかを。


(王城にはこれまでの犠牲者が。でもどうやってあの触手を止めれば良いんだ。恐らくだが触手を二本しか使っていないのは俺達が何かをするのを防ぐ為なはず。だとしたら打つ手がない……)


 ハルトは目を瞑ってさらに必死に考える。これまでの事をふりかえりながらここで何が出来るかという事を。そしてハルトは何かを思いついたようで麻衣美に声をかけようとするがそれをためらってしまう。麻衣美達はハルトを見捨てた者達、ハルトは麻衣美達を見切った者。そこには深い深い溝があった。


 その時シノがハルトに声をかける。


「私達も好き勝手にやればいい。あの人達がしてるみたいに」


「でも……」


「今は共闘中。余計な事を考えてる暇はない」


「……シノの言う通りかもしれないな。ありがとう。シノ、朝稲、二人に頼みたいことがあるんだ」


 麻衣美は名を呼ばれ少し恥ずかしそうにしながらハルトの元へ駆け寄る。


「朝稲、能力スキルをもう一回使ってくれるか?」


「え、あ! ちょちょちょっとだけなら、いけます!」


能力スキルをシノに使ってくれ」


「は、はい!!」


「次にシノ」


「うん」


「お前はロイエルの時に使ったあのブラックホールをあの触手にやってくれ」


「違う。ラブラックホール」


「なんでも良いから早く」


 麻衣美は【フィールド】を使用しシノ以外の者も囲んだ。そしてシノは王城へと伸びていく触手に向かって指を向ける。


「ラブラックホール」


 その瞬間伸びていく触手に小規模なブラックホールが発生しその中にどんどん触手が吸い込まれていく。しかしやはり残していた残り四本の触手がハルト達に接近し始める。


 バゴォォーン!!


 バゴォォーン!!


 バゴォォーン!!


 バゴォォーン!!


 それぞれの触手が何度も麻衣美のドーム型防御結界にぶつかる。麻衣美は結界が壊れないように必死に力を振り絞り耐え続ける。そんな麻衣美に結華は治癒を行い奪われていく体力を少しばかり回復していた。しかし奪われていく体力に対して回復量が間に合っておらず徐々に減っていく。


 一方上空の触手はシノのラブラックホールで吸い込まれはしているものの抵抗されて完全に吸い込みきれていなかった。このまま行けば麻衣美の体力が限界を迎え防御結界が崩壊し全員が触手の餌食になってしまう。


「どうすれば……」


「つまりまた私の出番ってことだな」


「だからなんで先生は外にいるんですかぁああああ!!!」


 中にいる多くの生徒からツッコミをくらう。


「そりゃあ忘れられてたからだろ」


 一条先生は触手がドカンドカンと結界にぶつかっているすぐ近くに立ちながら中にいる生徒と会話をしていた。生徒は心配していたが一条先生はなぜかやる気満々で剣を触手に向けていた。


「今日の晩はたこ焼きだな」


「さすがにあれは食べれないだろ」


「お? なんだ東雲を食べたいか」


「嫌ですよ」


「断る。見とけよ」


「なんでー」


 一条先生は剣をぶんぶん振り回しながら結界にぶつかる触手に近づく。見てる生徒はあまりにも危険すぎてひやひやしていた。しかし一条先生はまったくそんな事を思っていなかった。ただ今日の晩の事しか考えていない。


「知ってるか。たこ焼きに酒は最高だ!」


 一条先生が剣を触手に向かって振る。するとドカーンッという大きな音が鳴り響いた。


「一条先生!!」


 見ていた生徒やダリア、サリアは驚いた。なんと触手の一部が宙を舞っていたのだ。


「このまま行くぞ!!」


 一条先生は次々に触手を斬り裂いていく。その度に赤い血が結界にビチャッと飛び散る。


「これで終わりか」


 一条先生が全ての触手を斬り終わりみんなの方をみていた時、その後ろではメルリルが一条先生に対して手のひらをむけていた。生徒の皆が後ろと叫んだその時メルリルから鋭い氷が放たれる。


「!!!?」


 バーン!!!!


 爆発と共に煙が発生し全員の視界を悪くする。そして煙が徐々に消えていくとそこには無傷の一条先生の姿があった。全員が一体何が起こったのかと疑問に思っているとシノの隣で一条先生に対して指を向けているハルトの姿があった。


「東雲!!」


「あ、危なかった」


「今の惚れそうだったぞ」


「こんな時に何言ってるんですか!」


 二人がそんな会話をしている時ビチッという音が聞こえたあと空から血が降り注いできた。これは何かと思い空を見ると正体はブラックホールに吸い込まれていた触手だった。どうやら抵抗していた触手だったが限界を迎え完全に吸い込まれちぎれたようだ。


 そしてハルトは結界の外に出始める。結華はそれを止めるがハルトは止まらない。続いてシノもラムネも出ていく。三人は横並びになりメルリルを見つめる。


「ハルト!!! まだ危ないからこの結界の中に!」


「海斗、ここからは俺達の番だ」


「わからない。どうして私の邪魔をする? どうして」


「そんなの知らん!!」


 ハルトは強く言い放つ。


「なぁ、シノ。魔法って飛ばたり出来るのか?」


「ふふん。ハルト、魔法は創造。出来ない事は人を蘇らせる事くらい」


「んじゃ俺に頼む」


「うん」


 シノはこっそりハルトに指を向けて浮遊魔法をかけた。それを見ていたラムネがずるいと言ってハルトにつっかかる。


「私もつけてください!! その方が戦えます! 見せてやりますよ、飛行影分身!!」


「どうせどっかの家にぶつかって『ハルトさぁぁ〜〜ん、助けてくださぁぁい』ってなるのがオチだろ」


「んなっ! 失礼ですね! そんな風にはなりません! 絶対に!!」


「絶対だな?」


「絶対です!」


「シノ」


「うん」


 ハルトに言われシノはラムネにも浮遊魔法をかけた。そんな事をしているとメルリルに衝撃的なことが起こっていた。それは一条先生が切断したはずの触手六本が全て復活していたのだ。


「再生すんのかよ」


「これは……あるあるのやつですよ!!」


「そんなあるあるあってたまるか」


 一本の触手がハルト達めがけて振り下ろされる。だが浮遊魔法をかけられていたハルトとラムネは浮いてなんなくそれを回避する。シノも自身にかけ簡単に避ける。振り下ろされた触手は地面にぶつかるとタイルを砕き割メルリルの元に戻っていく。ハルト達は上に上昇していきメルリルと同じ高さまでやってきた。


「高みの見物は楽しかったか?」


「楽しいわけがない」


「変わったやつだな」


「うるさい」


 六本の触手がハルト達に入り乱れながら向かっていく。ラムネは触手に剣を突きつけながら避けメルリルに近づいていく。ハルトは浮遊にあまり慣れることが出来ておらず少し危なっかしいがなんとか避けラムネと同様に近づいていく。シノはその場に滞空した状態で少しだけ左右に動いて触手を回避していた。


 回避された触手は方向転換しハルトとラムネの方へと向かっていく。それにラムネは気づいておらずすぐ後ろまで近づいてきていた。しかしそれをハルトが火の弾を放ち撃破する。


「ハルトさん! ナイスですぅ!!」


「周りを見ろ!!」


 その時ハルトの後ろでも爆発が起こる。何かと思い後ろを向くとシノがハルトに指を向けていた。


「ハルト、周り見て」


「あ、悪い」


「ほらぁ! 人に言えないじゃないですかぁ!! 怒られてるぅ〜!」


「お前、これ終わったら覚えとけよ」


「そんな事より戦いに集中してください〜〜!!」


「お前にだけは言われたくねえよ!!」


 ラムネは迫ってくる触手を回避しては隙があれば剣を振り触手を斬り落とす。ハルトは回避をしつつ帰ってくる触手を警戒し時には火の弾を放ち触手の行動を一時止める。シノは滞空したまま回避しながらハルトやシノの補助を行っていた。


「東雲、なんだか楽しそうだな」


「ハルトくんはやっぱり……」


「もう前のハルトじゃない。俺達は知らない間に追い抜かれちまったみたいだな」


「東雲くんはどうしてそこまで何かの為に戦おうとするんだろう」


「ハルトくんの制服の匂い……」


「ハルト……私じゃだめな……。……ハルト、頑張って!!!!!!」


 ハルト達は着実にメルリルに近づいているがその度に触手が立ちはだかり思うように先へ進めていなかった。


「この触手、しつこすぎるだろ。ラムネかよ」


「理不尽な飛び火!!?」


 そんな状況をさらに悪化させるかのようにメルリルは氷の塊を放ち始めた。ハルトは迫りくる触手をどうにか避けるが避けた先には氷の塊が向かってきており回避をすることが出来ず何度か体にぶつかった。だが痛がっている暇などない。メルリルの攻撃は常時行われているのだから。ハルトは痛みをこらえ体勢を立て直す。


 ラムネは触手と氷の塊を同時にどうにかするために理解出来ない行動を取り始める。


「ラムネトルネード!!!!」


 剣を回転させるとかそういう事ならまだ理解出来るがまさかの自身が回転するというスタイル。しかもなぜかその攻撃は迫りくる触手を斬り裂き氷の塊を砕くということに成功していた。ハルトは思わず「それでいけんのかよ」と思った。


「無理やり行くぞ!!!」


 ハルトとラムネは半ば強引に近づき出した。その間ハルトとラムネに近づいてきている氷の塊と触手に関してはシノが離れた所から何回も魔法を放ち近づかせないようにしていた。


「行きますよぉ!!! ハルトさぁぁぁぁああん!!!」


「あぁ!!!! 行けぇ!!!!」


 ラムネは力を振り絞り剣をメルリルに振り下ろす。しかしメルリルがとっさにラムネの剣の目の前に氷を生成し勢いを落とさせ少し後ろに回避をした。そしてそのままラムネの一太刀は空振りに終わってしまう。だがここからが本命である。


「囮作戦第二弾だ!!!!」


「また私を騙したんですかぁあああああ!!!!!」


「おらぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!!!」


 ラムネがメルリルに剣を振っている隙にしれっとさらに上に移動していたハルトはメルリルの頭上から炎のビームを放った。その炎のビームはメルリルを巻き込み地面へと一直線にオチていく。そして大爆発を起こした。麻衣美の防御結界は再び砕け散ってしまった。


 大爆発を起こした地面には倒れたメルリルの姿があった。


「……私はまだ……、死ねない。だから……」


 メルリルは前進から血を流しながらも立ち上がる。既に触手も翼も焼け焦げ使い物にならないというのに。


「ラムネ、剣貸してくれ」


「良いですけど」


 メルリルは口から大量の血を吐き出す。ふらつきもしていた。それでもまだ戦おうとしていた。そんな様子を見ていた生徒達はなんだか複雑な気持ちになっていた。


「会いたいよぉ……普通に暮らしちゃだめなの……もうわけがわからない!!!!!」


 メルリルは血を吐き出しながらも大きな声を出す。そしてハルト達に指を向ける。するとメルリルの頭上には大きな氷の塊が約二百五十個ほど現れる。その場にいた多くの者が今目の前にある光景を見て絶望した。既に麻衣美の防御結界は崩壊しておりその攻撃を防ぐすべがない。だがそんな絶望的な中たった三人だけはなんとも思ってはいなかった。


 そこには短い間にもかかわらず生まれた信頼があったからである。


「死ねぇ!!!!!!!!」


 メルリルの氷の塊が一斉に放たれた時ハルトが剣を持った手を頭の横ほどまで持っていき勢いよくメルリルめがけて投げつけた。その剣は放たれた氷の塊を掻い潜り近づいていく。


 ドクン


 ドクン


 全員の視線がそのひとつの剣に集まる。


 ドクン


 ドクン


 そして剣は静かにメルリルの体に突き刺さった。その瞬間に氷の塊は姿を消した。


 

 メルリルは心の中でこれまでのことを振り返りながら世界に別れを告げる。

 ねぇ? お母さん、お父さん見てる? 私頑張った。凄く頑張ったんだ。あの日離れ離れになってからずっとお母さんとお父さんの事を考えてきた。でも、その度に辛くなる。だから考えないようにした。それでも辛い。もう嫌になっちゃうよ。だけど今はなんだか身も心も軽くなった気がする。これが自由? なのかな。ねぇ、お母さん、お父さん、またどこかで会お。今度は本当のわたしと。




 ひらけた土地に静寂な時間が訪れる。


 メルリルの体は綺麗な光となって空へと消えていった。ハルトとシノとラムネは地面に降りメルリルがいた場所へと歩いていく。ハルトはそこになにかがあることに気付きしゃがみこんだ。落ちていたのは名前が掘られた小さな一枚の板だった。そこには、【レイリック、メルリル、ローナ 永遠の愛】と刻まれていた。


 ハルトはその一枚の板を握りしめたあとコートの内ポケットの中にしまった。そして剣を拾い立ち上がる。


「大丈夫?」


「……あぁ」


「ハルトさん……心貸しますよ?」


「……そうさせてもらうよ」


 ラムネはハルトを少しの間だけ抱きしめる。しかしすぐにハルトがラムネを引き離す。


「……お前、力強すぎ」


「うっかりなんですよぉ! それにハグしたのに引き離すなんて酷いですよぉ! もう……」


「まぁ、ありがとうな。元気になったよ。んじゃ行くか。王城に」


「勿論ですぅ〜〜!!!」

「うん」


 そして三人は夕陽に照らされながら王城に歩いていったのだった。






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