悪霊転生〜取り憑かれた悪徳令嬢/無敵のMP吸収で自由自在〜
ナンバーナイン
第1話 行き先は地獄ですよ
「俺は死んだ!」
男はその体を緑の炎に包まれながら、果てしない暗闇の中を落ちていた。星々がすごい速さで通り過ぎ、遠ざかってゆく。
男は吠える。
「あと少しで殺せた!あのカスの親玉!もう少しだったのに!」
彼は生前、暴力集団の鉄砲玉だった。比類無き執念と暴力性で恐れられたが、莫大な報酬を伴う人生最大最後の仕事を、彼は成し遂げられなかった。成功すれば安泰の老後が手に入るはずだった……。
「ウオオオオ!」
彼は繰り返し叫んだ。歯を食いしばり、謎めいた炎に包まれ燃え盛る全身を掻きむしる。
『聞こえますか……』
遠くから女の声がした。頭の中に響き、男には不快だった。
「アアアアーッ!黙れ!」
『地球世界の勇士よ……私は女神◾️◾️◾️◾️……』
暗闇の中にぼんやりと浮かび上がる女の姿。輝く全身、ぼんやりとした視界の中で、しかし確かな美貌。虚空に響く神秘的な声に苦しみ、男は叫んで暴れた。しかし、逃れられるわけでもない。
『勇猛な人、あなたを異世界に連れて行きます』
「殺す!殺してやるぞ!」
『この世界は不安定。貴方もまた、見通せぬ冒険の旅を経るでしょう』
男は、彼が死んだ時に抱えた怒りをそのままにここへ落ちてきた。彼は荒れるが、超然とした笑みを浮かべた女神は動じず、お告げじみた言葉を続ける。
『それでも大丈夫です……きっとあなたなら。この世界を……そして未来を……調和……』
落ちるスピードが加速する。女の声が遠ざかっていく……。
「死ね!死ね!どいつもこいつもナメやがって!全員ブチ殺してやるぞーッ!」
全身が引っ張られる感覚を味わいながら、彼の飢えた怒りは消えない。ありとあらゆる罵りの言葉、罵詈雑言を叫びながら、彼は先の見えない暗黒の向こうへと吸い込まれていった__。
◆------------------◆
「お嬢様!お逃げください!」
盗賊の刀を盾で受けながら、騎士が叫んだ。その間忍び寄るもう一人の盗賊に気づかず、首をナイフで貫かれる。事切れて倒れた。
「そんな……だ、誰か!」
”お嬢様”はヒステリックに叫び、周囲を見回す。だが、付き添いの騎士は全て倒れ、返り血を浴びた三人の盗賊が残っているばかりだった。場所は夕暮れの山道。人はもう滅多に通らない。
「つ、使えませんわ!」
「フフフ。観念してくださいよ、お嬢様?」
汚れた身なりの盗賊たちは笑い、荷馬車の上の令嬢に近づく。
「暴れると殺しちゃいますよォ」
「お黙りなさい、この田舎者!」
彼女は腰に下げた細剣を抜き、馬車から飛び降りた。
「このヴィクトリア・ウェルスが、貴方たちのようなクズに屈することはありませんわ!」
ヒュンヒュン。剣を振り回すと、細い刀身が空気を裂いて音を鳴らす。貴族令嬢ヴィクトリアの目は高潔な決意に燃えている。必ずや得体の知れぬ悪党共を倒し、討伐の名誉を持ち帰ると。
しかしながら、彼女は知らぬ。相対している盗賊は、元は彼女の一家が支配する土地の領民であったこと。ヴィクトリアの後先考えぬ贅沢な行いのために生活に窮し、ついには盗賊とならねばならなかったことを。そしてそのような者たちは今、領内で後を絶たないのだということを。全ては彼女の人生が招いた
「へへへ……。お嬢様。習い事の宮廷剣術じゃ、無理ですよ」
「くっ……!」
悪徳令嬢は憤り、剣先を盗賊たちに突きつける。彼らはまた笑った。
彼女が視線をじっと盗賊たちに向けると、空中に映像が開いた。それは我々の地球世界でいう液晶ディスプレイのように、平面上に情報を伝えている。それは以下のような情報であった。
盗賊A:HP500 MP500
盗賊B:HP450 MP600
盗賊C:HP700 MP300
これは、この世界に住む者ならば誰しもができることで、『ステータスを見る』と呼ばれる。あらゆるものの情報を瞬時に、かつ正確に測る技術であり、訓練や才能次第で情報の量が異なる。ヴィクトリアは練習が甘いので、基本的な生命力(HP)と精神力(MP)の値しかわからない。
「(だから、なんだと言うんですの)」
前後にステップしながら、ジリジリと距離を詰めていく。
「
「おおっ!?」
魔法の呪文〈アクセル〉を唱えると、彼女の体が急加速し、細剣が一人の盗賊の喉を貫いた。彼は傷口を押さえて地面に転がる。
盗賊A:HP100/500 MP500
「こいつ!」
「〈アクセル〉!」
慌てて斬りかかる盗賊だったが、ヴィクトリアはまた加速して回避する。三人のうち一人が倒れ、二人になった彼らは悪態をつく。
「魔法が使えたとはな。金を持ってるだけのことはある」
「言ったはずですわ、後悔すると!行きますわよ!〈アクセル〉!」
再度加速する。狙われた盗賊は、すんでのところで反応し、ナイフの刃で細剣を受けた。隙あり。ヴィクトリアは死角に回り込んで追撃するため、呪文を唱える。
「トドメですわ!〈アクセル〉……!」
しかし、四度目の加速は起こらなかった。
代わりに、バランスを失って地面に倒れた。何が起こったか、すぐには理解できなかった。彼女の視界はぼやけ、ぐらぐらと回転している。耳鳴りの向こう、くぐもった盗賊たちの笑い声が聞こえた。
「ハハハハ……どうなるかと思ったが……」
「お嬢さん、MP切れだよ……!」
ヴィクトリアは朦朧とする意識で自分のステータスを見た。
ヴィクトリア:HP150 MP30/150
魔法は使う者の精神力を削る。〈アクセル〉が消費するMPは一回につき30。0になるような魔法行使は、体が自然に拒否する。箱入りで育ったヴィクトリアの体は、初めて味わう拒否反応を御しきれずにバランスを崩したのだった。もし、めまいや耳鳴りなどの反応を無視して使ったならば、その者は精神力が尽き、死ぬ。つまり、もう〈アクセル〉の魔法は使えなかった。
「(そんな……)」
「コイツ、どうしてくれようか?」
盗賊たちが相談するのが聞こえる。
「仲間を一人殺しやがった。もう顔を見るだけで我慢ならねえ」
「親の代からずっと、俺たちを酷い目に遭わせやがって!ここで殺してやる!」
どうしてこんなことになったのか。ヴィクトリアは奥歯を噛んだ。優しく送り出してくれた父や母の顔が浮かぶ。
「死ね!悪徳領主令嬢ヴィクトリア!死ねーッ!」
盗賊がナイフを振り降ろす。脂ぎったナイフが陽光を受けて光る。
この野盗どもさえ、いなければ。ヴィクトリアは呪った。彼らの家族、その子供たち、あらゆる血族に至るまで。
その時だった。
天から降ってきた緑色に輝く火の玉が、ヴィクトリアの頭に落ちて、その体の中に吸い込まれていった。
ナイフが振り下ろされる。
瞬間、振り下ろされる腕と交差するように、ヴィクトリアの体が跳ね起きて、盗賊の顔を掴んだ。彼は予想外の反撃を受けながら、自分の折れた歯が宙を舞うのを見つめた。未だ状況を掴めていない。
「死……ね……!?」
「死ぬのは……テメエの方だーッ!!」
蘇ったヴィクトリアは吠え、勢いそのまま、盗賊の後頭を地面に叩きつける。彼は気絶した。
最後の一人、残った盗賊は刀を握りしめ、狼狽える。
「なっ、なんだお前!?どうして復活した!?」
「なんでだろうなァ……?異世界転生、だとよ……女神がさ。ハハハハ、ウケるぜ」
聞こえてくるのは男の声だ。先ほどまでとは打って変わって、落ち着き払った態度。まるで別人になったかのよう。獰猛な目つきで最後の盗賊を見つめている。
「この野郎……!?」
「ビビってんのか?デカい刀持ってるくせによ」
盗賊が狼狽える理由はもう一つあった。反撃されて倒れた仲間のステータスを確認すると、このようになっていたのだった。
盗賊B:HP450 MP0/600
「(MPが無くなってる!なんでだ!?魔法を使ってもいないのに!)」
MP0は死を意味する。
神秘的な緑の陽炎を纏ってゆらめかせながら、ヴィクトリアが近づく。
「お、お前何者だよーッ!?」
やぶれかぶれに斬りかかった盗賊は、ヴィクトリアの指先から放たれた光線に眉間を貫かれ、倒れた。緑色の眩い光が周囲を照らす。最後の盗賊のステータスもまた、MPが0になって死んでいた。
戦闘は終わった。
「ビームだ……ハハハハ……!」
誰もいない夜の山に、彼女、否、彼の高笑いが響く。
元鉄砲玉の男は死に、しかし別の世界で蘇り、浮世離れした力を得た。彼は自分を無敵だと感じた。
盗賊の死体が血を流し、その匂いが獣を呼び寄せる。茂みの奥から迫る影に視線を送ると、ステータスには”ワイルドボア”、”マウンテンウルフ”の文字。すっかり暗くなった空には”怪鳥モモ”なる巨大な鳥が弧を描きながら舞っていた。それぞれが、現代地球の動物とは一線を画す怪物じみた容姿をしている。
しかし、転生者の男は臆することなく、緑の光線を放っていった。四つ目や八本足の獣がばたばたと死んでいく。光線を撃つ度に己の力を消費するのを感じるが、空から襲いかかる怪鳥の攻撃を避けて首を掴み、MPを0にしてやると、消費した力もまた完全に満たすことができた。
「最高だぜ!」
これから何をしてやろう。なんでもできる。力を吸い、吸った力でまた殺せる。世界の王にだってなれそうだ。
「ハハハ……しかし、疲れたな。眠くなって……来たぜ」
不意に、倒れるように木の根に腰掛け、腕を組んで目を瞑る。
「アーア……」
超常的な体験は疲労を伴ったとみえる。欠伸をしてしばらくしないうちに、彼は寝息を立て始めた。
そして、またすぐに目覚める。
「キャーッ!……あ、あら?」
ヴィクトリアは跳ね起きた。酷い悪夢を見ていた気がする。周囲を見れば、日は暮れ、誰もいない。あるのは死体ばかり。彼女は始め困惑し、そして徐々に、自分が窮地を切り抜けたことを理解した。
「お、終わりましたの……?」
胸を撫で下ろす。
彼女の認識はこうだ。精神力切れで窮地に陥り、まさに死にかけようとしたところ、体の内から力が湧いてきて、いつの間にか賊は死んでいた。自分は無傷。
まず思いついたのは、自分が一族の血筋に守られているということだった。人生はいつだって、両親や先祖、その偉大さに助けられて来た。今日も然りだ。
己の秘めたる力が目覚めたか、或いは祖先の霊が現れてくれたか。こういった空想的な考えを、彼女は全くバカバカしいと思わなかった。
周囲を窺い、完全な静寂に包まれているのを確認すると、恐る恐る立ち上がって盗賊の死体を蹴る。
「……クズめっ」
遺体が何も言わずにゴロリと転がるのを見て、一瞬気分が晴れたような顔をした。が、依然として恐ろしい状況に置かれていることを思い出すと、そのまま走って逃げ出してしまった。
慣れない、荒れた地面。よろけながら走る山道を、月明かりが照らしてくれる。
向かう先は港町。これからの行先を探して。
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