弐
都会から離れた場所にあるその町は、全体的にあまり賑わってはおらず、駅の傍にある商店街もほとんどの店がシャッターを閉めている。人気がないのをいいことに、黒崎は道の真ん中を軽やかな足取りで進み、そんな黒崎の横に、不機嫌そうな顔で富樫は並び歩いていた。
「この商店街を抜けた先に坂道があって、登りきるとお寺があるんだってさ。今回はそこの墓場でお絵描きだよ」
「え、坂道」
嫌そうな富樫の呟きに、黒崎は頷くだけ。
頭の後ろで手を組んで、変わらぬ歩調で黒崎は進む。坂道に恐れなどないとばかりに。
「……その、セグウェイの貸し出しとかないんですか?」
「ここは日本だよ富樫くん。どこかの国みたいなことはしてないと思うし、見た感じあれは足使った方が速いね」
「適当に言ったのにやってる所ではやってるんですね」
適当かーい、などと笑う黒崎は本当に楽しげで、富樫とさほど歳の変わらぬ不真面目な学生のように見えるが、これでも一応、成人はしていた。
二十歳の黒崎と、学生の富樫。
二人は歳の離れた友人、とかではなく、単なるバイト仲間。これから縁もゆかりもない寺に行くのも、本日のバイト場所がそこだからだ。
富樫は絵を描き、黒崎は彼を護る。
それが彼らの役割だが、その中に、黒崎が富樫をおんぶする、というのは含まれていないので、富樫は自力で急な坂道を登ることになる。
「そこにコンビニあるけれど、エナドリ売ってそうじゃない? 今の内に買っとく?」
「けっこうです。若いんで、いりません」
「オレも若いよ? 高校生の君より歳は食ってるけど」
「……ボクはまだ中学生です」
「……ああ、本当に若いね」
若い若いと笑い混じりに何度も黒崎が口にすると、富樫は何も答えなくなり、そうして二人はコンビニを素通りする。
電車の中同様、現地住人からも怪訝な視線を向けられながら、商店街を進んでいくこと十分。車でもそのまま進めるコンクリートの坂道を前にして、ほんのり途方に暮れた顔をする富樫を黒崎は笑い、丸まってしまった彼の背中を思いきり叩いた。富樫の背中は瞬時に伸び、べほっ、なんて変な声をもらす。
「若いから大丈夫、でしょう?」
「……」
黒崎は先に坂道を登っていき、少し送れて、富樫の足音が聴こえてきた。最初はすぐ後ろから、けれど徐々に、足音は遠ざかっていき……。
「とーがーしーくーんー」
黒崎が頂上に着いた時には、富樫はまだ坂道の半分くらいの所にいた。
「エナドリー、買えば良かったねー」
富樫からの返事はない。ちぇっ、などと呟き、黒崎はその場にしゃがみこんで、腹ポケットからスマホを取り出し、こっそりストップウォッチで計りながら、富樫が登りきるのを待つ。五分を過ぎた辺りで止めた。
遅れて頂上に着いた富樫は、地面の上に仰向けに倒れ込み、荒い呼吸を繰り返す。黒崎は手早くスマホを腹ポケットに戻し、富樫の両手首を掴んだ。
「
ゆっくりゆっくり、黒崎は寺の方へと富樫を引き摺っていく。
「牛の仏様でもいるのかね」
富樫の学ランが地面に擦れて嫌な音を立てるが黒崎は構わず、そうして、開放されている寺の門をくぐった。
たのもー、たのもー、などと大声で黒崎が叫べば、慌てた足取りで僧侶、おそらく住職と思しき中年男性が駆け寄ってきた。
「何ですか貴方は!」
「あ、どうも。──
「……うちの若い者から、昼に来るとは聞いていましたが……随分と若いですね」
住職は胡散臭そうな目で黒崎を見てくる。そうされても文句は言えないだろう。
二人のバイト先である怪画蒐々会という名前も、黒崎の見た目や言動、そして行動も、何一つとして信用できる要素はなかった。
ちなみに、依頼人は住職ではなく、この寺の若い僧。住職がどれだけ経を唱えても解決しないから、ネットで調べて連絡してきたのだ。若い僧は現在お堂の掃除をしている。
黒崎は一度立ち止まり、辺りを見回した。
「墓場でお絵描きしてくるよう言われてるんですけど……どこです?」
「……左手に進んでもらえれば」
「ありがとうございます。上から聞いた話では、確か、墓の上でお供え食ってる美女がいるとか」
「牛ですよ」
牛ですか、と繰り返し、黒崎が住職に視線を向ければ、すぐに目を逸らされた。
「胴体はふくよかな女性の身体で、首から上が牛の顔なのだと、目撃した者達は口を揃えて言っています」
「はーん、じゃあ雌なんですかね。……牛乳とか売ってます? なんか飲みたくなりました」
「商店街にあるんじゃないですか」
「じゃあ、帰りに買おうかな。ほらほら富樫くん、牛乳の為に働かないと」
「……ち、がう」
否定の言葉を口にすると、富樫は黒崎の手を乱暴に払い除け、背中の汚れを払いながら立ち上がり、黒崎を睨みつける。
「生活と、将来の為です」
「細かい細かい」
黒崎は墓場へと足を動かし、富樫もついてくる。
怪訝な視線は黒崎の視線に刺さったまま。
「……本当なんですか、絵を描くだけで墓場の問題が解決するというのは」
「何も問題がなければそうなりますよ。オレ達もこれで飯にありついているのです、頑張ります。主に富樫くんが」
富樫の盛大な溜め息が後ろから聴こえても、黒崎は特に訂正をしなかった。
──怪画蒐々会。
二人がバイトとして雇われているそこは、字面の通り妖怪や幽霊などの怪異の絵を集めており、それと共に、人に害をなす怪異を成敗・除霊する団体でもある。
その方法というのが、対象の絵を描くこと、それだけ。
たったそれだけのことで、対象の怪異は力を失くし、紙の中に閉じ込められ、好事家のコレクションにされる。
「なので、心配しないで、ゆっくりお茶でも飲んでてください」
「……」
住職からの返事はなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます