またあした
授業も全て終わり、後は帰るだけの放課後。部活動生は急いで教室を飛び出していく。そうでも無い者は教室で雑談したり、とっとと帰ってしまったり。
俺はといえば、基本的に帰ってしまう方に属していた。まあ教室に残ろうが特にすることもないしな。偶に話しかけられたら少し話すくらい。
今日は別に一緒に話すやつもいないし、鞄を持つ。ドアをくぐって外に出て……
「待って!」
「ん?」
足を踏み出した先で、後ろから呼び止められるような声に歩みを止めた。
「どうかしたか? 響花」
「一緒に帰らないの?」
後ろに戻って、教室に顔を出して聞き直すと、響花はこてんと首をかしげながら、さも当然と言った様子で言う。
響花はさっきまでいろんな人に話しかけられており、忙しそうだった。確かに、一人だったりしたら一緒に帰ろうかなとは考えていたけれども、流石に沢山の人に囲まれているのを無理やり連れ出したりは出来ない。そう思って今日は遠慮していたんだけれども……
「良かったのか?」
「なにが? もしかして今日用事か何かあった?」
響花は真新しい鞄を手に持って、こちらを伺うように上目遣いを向けてきた。さっきまで響花と話していた女子たちは、興味深そうな目をこっちに向けてきている。「話を聞かせてね?」とでも言いたそうなキラキラ具合だ。これはもしかすると、関係を邪推されてる……?
「じゃあ行こっか」
小さな手が、目の前に伸ばされる。俺は昔と同じ様にその手を取って……「きゃー」と黄色い声が聞こえた。
……あ。
「あれ? 急に離してどうしたの?」
「いや、なんだかな? 俺たちももう高校生なわけで、手をつなぐのはちょっと、な?」
「ふうん……そんなものなのかな? でも私達は親友なわけだし、いいじゃん?」
「親友というか、それ以上の関係に思われかねないし……。俺はいいけど、響花は俺なんかと付き合ってるなんて噂、流されたらこまるだろ?」
そう説明すると、何故か少し不機嫌そうになった響花は、少し無理矢理手を取って、ぎゅっと強めに握ってきた。
「そんな言い訳はいいの。さ、帰ろ!」
繋いだ手を引っ張られ、それについていく。隣まで歩みを進めれば、今度は上機嫌になった響花がぱっと花咲くような笑顔を見せてくれる。
……はあ、これまじで勘違いされたらどうするんだろう。
靴を履き替えて、校門を出る。
「そう言えば、響花はこっちにまた越してきたのか?」
確か、小学生の時に響花が引っ越した先は結構な遠くの地域で、高校だけここに通うことなどは厳しそうなものだが。
「お母さんとお父さんは出張。だから、私だけこっちの家に戻ってきたの」
「ん? 結構危なくないか? というか、こっちの家ってまだ持ってたのか」
てっきり、向こうに拠点を移して、こっちの家は売ったのかと思っていた。やけになかなか新しい人が入らないわけだ。
「まあ危ないかもしれないけど、私がこっちに来たいって言ったから、叶えてくれたの。元々はついていく予定だったんだけど」
「それでもさ……」
「お母さんたちがこっちに帰ってもいいって言った理由の一つには、お隣が蒼真の家っていうのもあるんだけどね」
そこまで言われると、何もいう気はなくなる。それだけ、響花はこっちに帰ってきたかったのだろう。
「……まあ、じゃあ帰る方向は一緒ってことか」
「うん。一緒に帰ろって言ったのも、そういう理由もあるしね」
手を繋いだまま、家までの道を辿っていく。思い返せば、同じようにして歩いて帰ってたな。懐かしい。小学校のときは本当に最後まで、ほとんど毎日こうやってたんだよな。
……もしかすると、響花がこうやって手を繋いで来たのも、一緒に帰ろうと誘ってくれたのも、昔が懐かしかったからかもしれないな。
少し握る手を強めると、響花は一瞬呆気にとられた顔をした後、嬉しそうに頬を緩ませた。
「響花、大丈夫だよ。俺もこの町も、そんなにいうほど変わってない。響花が心配してることなんて、ほとんどないから」
安心させるように、なだめる様に言葉を発すると、今度は頭の上に大きなクエスチョンマークを浮かべた。……あれ?
「……なーんか、また蒼真が勘違いしてる」
「何を勘違いしてるんだ?」
「んーん。言わない。ここで言うのは悔しいから駄目」
「悔しいって……」
勘違いしてるのは俺の方なんだから、悔しいと思うのは俺の方じゃないのか? 変なこと言うなあ。
そうこうしながら、いろんな他愛もない話をしながら帰宅する。響花が引っ越した後転校した先の中学校の話、逆に俺が中学の時にどんな生活だったか。
「あ、着いたね。朝一人できたときよりずっと早く感じた」
しかし、俺たちは、歩いて十五分くらいのところに家がある。だから、一緒に話したりして、ゆっくり歩いてきたとしても、あっという間に着いてしまう。
俺は響花の家の前で立ち止まった。変わらない家。玄関。響花はとんとんとドアに進んでいき、そうしてこちらを振り返った。
「うーん、名残惜しいけど……じゃあ、またあしたね」
響花は手を小さく振ると少し眉を下げて、家へ入っていく。
「またあした」
ただ、俺は響花とは真逆に、嬉しさで笑みがこぼれた。「またあした」なんて言葉を、また言えるとは思っていなかったからだ。
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