決して出会えないはずの二人

@reon_0123

メリーさん

プルルル……。

突如スマホに電話がかかってきた。相手は非通知番号。出るべきではない。

だがそんな俺の意思とは裏腹に、なぜだか応答モードになる。

スマホの画面なんか押していないと戸惑いつつも、切ろうとスマホに手を伸ばす。

すると、ノイズのかかった声が流れてきた。

「あたし、メリーさん……。今、……にいるの」

か細い女性の声。儚さを感じさせるその声とその内容は、とある都市伝説を彷彿とさせる。

だが生憎と俺はもうそんな迷信を信じる年齢ではなくなった。いたずら電話であろう。

俺は通話の切れたスマホを視界に入れつつ、場所が聞き取れなかったことを理由にそう結論づけた。

ところでメリーさんって、俺がスマホを持って動き続けた場合に着いてくるのだろうか。さすがにメリーさんの方がはや――。

プルルル…。

思考を遮るように、スマホが鳴る。

相手はやはり非通知番号。そして先程同様勝手に応答モードに切り替わり。

「あたし、メリーさん……。今、……の四つ角にいるの」

音質の悪い声が部屋に響き、プツッと切れた。

聞き取れなかったものの、もし本物の、都市伝説のメリーさんだった場合、電話口で告げられた場所は徒歩五分ほどの距離にある、大きめの四つ角だろうか。四つ角と言えば、近辺ではその場所しかない。

そんなことを考えているとまたコールが鳴り、今度はワンコール目で応答モードに変わる。

「あたし、メリーさん……。今、エントランスにいるの」

今回の電話では、もう俺の住むマンションのエントランスにいるらしい。

多分、次にスマホが鳴ったときは俺の後ろにいるのだろう。

こんな状況なのに意外にも冷静な自分がいる。あまりにも現実味がないからであろうか。

ああ、そうだ。どうせなら、応答モードに切り替わる前にこちらから応答ボタンを押してしまおう。我ながらいい考えかもしれない。

そんなこんな電話がかかってくるほんの僅かな時間を楽しんでいたわけだが、なかなかスマホが鳴らない。エントランスから俺のいるこの部屋まで、そこまで時間を要するとは思えないのだが。

なぜだか俺は少しメリーさんを心配していた。

それから十分ほど経って。

プルルル……。

漸く待ちわびた電話がかかってきた。

ワンコール目の途中で、迷うことなく応答ボタンを押す。

「っ……あ、たし、メリーさん……。今、迷子なの」

相手の息を呑むような音が聞こえてきたと思えば、「迷子」という幽霊にあるまじき失態がスマホの電話口から流れてきた。

「……は?」

「ひっ……」

意図せず低い声が出てしまい、相手の女性が怯えた声をあげる。

おいおい。一応幽霊という体なんだから、俺に怯えてどうするんだ。

心の中ではそう思いつつ、女性を怖がらせる趣味など持ち合わせていないので「あ、すみません」と謝っておく。

だが、ここで通話を切られるわけにはいかない。どんな目的でこのような電話をかけてきたのか、その意図を問い詰めたい。

「こほん……。で、なぜ俺にこんな電話を?」

「え……と。迷子の電話のこと、ですか……?」

返事が返ってこない、言葉が通じないことも頭の片隅にあったのだが、そうではないらしい。

会話が通じることに安心感を覚える。

「いや、迷子の電話もですけど……。『メリーさん』を称して俺に電話をかけてきたことです」

俺がそう説明すると、相手の女性、ここではもうメリーさんとするが、メリーさんが「ああ……」と声をだす。

「私が本当に『メリーさん』ではあるんですけど……。あなたにかけたのは……」

と、その時。

プツッと電話が切れて、ツーツーとスマホが無機質な音を立てる。

今このタイミングで切れるか、普通。というか切られたのか。

……なぜなら話したくなかったから。

そう思うとメリーさんはなんとも不思議な存在だ。

電話をかけた相手の後ろに行くまで何度もコールを鳴らすのに、必要以上は話さない。どのような目的で電話をかけるのか分からないのだ。

だが、それはそれでミステリアスでいいなどと思う俺はもうメリーさんに毒されているのかもしれない。

……あ。こちらから電話をかけることはできるのだろうか。

いやいや、幽霊に自ら電話をかけるやつがどこにいるんだ。そんなやつ、幽霊が好きなやつしか――。


――そう、だから俺のこれは興味だ。未知なものに対する興味。決してメリーさんが好きなわけではない。

俺はスマホの通話履歴を開く。

が、履歴には残っていなかった。

冷静に考えれば当然なのだが、少し寂しい。はやくかかってこないかと心が落ち着かない。

そして三十分後、ついに待ちわびたその時は訪れた。

プル、と音が鳴った瞬間にスマホをつかんで耳にあてる。

「もしもしっ」

「……え、あ、あたし、メリーさん……今」

「どこにいますか?」

遮って俺から所在地を聞く。

「え、と」

メリーさんは動揺しているのだろう、言葉に詰まった。

……気持ちが先行しすぎて困らせてしまった。

「……すみません、困らせるつもりはなかったんですけど。前の電話から三十分も経っているから、ちょっと心配だったんです」

口からするすると本音が漏れる。

幽霊相手に、心配とか。

「あ、いえ、ありがとうございます……。今は、その……」

なぜかメリーさんはそこで口ごもった。

言いたくないのだろうか。自分の所在地を相手に近づけることで怖がらせる幽霊のはずなんだが。

「言いたくないなら言わなくてもいいです。それより……俺にかけたのはなぜですか?」

「さっき答え聞けなかったので」と付け加えておく。

「いえ、その……一目惚れです……」

一目惚れ。

贔屓目に見てもそこまで容姿の良くない俺に。

「人違いでは……?」

にわかには信じられなくて、そう聞いてしまう。

正直一目惚れと言われて嬉しかったとは言えない。

「人違いじゃありません。……仕事してるところもこっそり見てきたので……」

それはつまりストーカーだろうか。宙を漂う透明なストーカー。全然気づかなかった。

「……でもそれって、俺だけ見られてるの不平等ではありませんか?」

「へ……」

俺がそう言うと、メリーさんの少し間抜けな声が聞こえてきた。

考えたことがなかったのだろう。

俺が、メリーさんに出会うと考えたことがなかったように。

「姿、見せてください。言いたいことがあります」

「……」

無言の間が続く。

しばらくして、スマホの画面が暗くなった。

ああ、電話が切れてしまった。やはり、幽霊と人間は出会ってはいけない運命なのだろうか。

だが、すぐに儚さを感じさせる声が聞こえてきた。電話より、少し高い声が。

「あたし、メリーさん……。今、あなたの隣にいるの……」

俺は勢いよく隣を見た。

姿は見えなかった。

スマホは暗いまま。

そこに「いる」ことを感じた。

だからちゃんと言った。

「好きです、メリーさん。ずっと隣にいてください」

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